17.思考

 俺達は暫く動けなかった。ワダと、タジマ、ナカマとアベの四人が随分と泣いていたし、泣き止んだあとも憔悴し切っていて、とても玄関の鍵を探しに行ける状態じゃなかったし、そんな彼女達を置いていくのも気が引けた。シシジョウですら何も云わず、近くの壁に寄りかかってじっとしていた。

 どれくらいそうして居ただろう。ワダがすん、と鼻を啜って立ち上がる。

「行こう」

 放心状態のタジマ、ナカマ、アベが、ぼんやりとワダを見上げる。

「……早く連れて帰ってやろうよ」

 タジマ、ナカマ、アベの虚ろだった目に徐々に生気が戻る。再び涙が滲んで、三人はそれを手で拭い、ワダに続いて立ち上がった。そうだね、頑張ろうね、と云い合っている。

 彼女達の回復を待っていた様にシシジョウが図書室へ向かって歩き出し、俺達はそのあとについて行った。

 図書室の書棚には殆ど本が残されている様だった。埃と黴の臭いに混じって古い紙とインクの匂いがする。

「そう云えば、ここはお前らの通っていた中学か」

 ドアに仕掛けが無いか確認しながらシシジョウが問うてくる。俺達はそれぞれ首を傾げたり、周囲を見回したり、図書室内を覗き込んだりした。

「更衣室は確かあんな感じだったよな」

 俺が皆に問うと、大体が頷き返してくれた。

「あまり特徴が無くてはっきりとは断言出来ないけど、多分あたしらの出身中学だと思うよ」

 サガノが云うと、やはり大体の奴が頷いた。

「確か、二、三年前に廃校になったって聞いています。B市にはもう一ヶ所中学があって、そこと統合する形になったとか……」

「あ、何か聞いた気がするな。中央と統合したとかって。あっちの方が校舎が新しいし駅に近いから、そっちにみんな通う様にしたんだっけ」

 スドウの言葉にササキが返す。俺は大した距離ではないが地元であるB市から離れて久しいし、地元に帰ったり両親と連絡を取る事も殆ど無かったから知らなかった。いや、もしかしたら聞いていたかもしれない。真面目に聞いていなかったから覚えていないだけで。

「図書室では誰が何をした」

 シシジョウの問いに、黙ったまま顔を見合わせる。お前か、あんたか、とその顔が云っていた。

「……あたし達だよ。書棚の反対側からカトウに向かって本を押して落とした事が何度かある」

 ワダの答えに、シシジョウはそうかとだけ返すと図書室の中へ入って行った。俺達も室内へ入る。これまでと同様に、手分けして室内を探す事になった。奥には書庫らしき部屋があり、鍵はかかっていなかったのでそこも調べる事にする。図書室以上に埃っぽいそこにはシシジョウが率先して入って行き、何となくシシジョウとセット視されている俺も皆の視線に促される様にして入った。

 調べている最中、図書室の方から何度かどさどさと本を落した様な音と小さく悲鳴や悪態が聞こえて来て、何か仕掛けがあったのだろうかと少し気になった。シシジョウはその音に一瞬手を止めはするものの、ちょっと眉を顰めるだけで書庫を調べるのをやめなかった。

「……本当に、玄関の鍵なんてあるのかな」

 突然攫われて、カトウの受けた虐めの追体験みたいな事をさせられて、人が何人も死んで。俺は気が弱っていた。つい手を止めてぽつりと呟いてしまう。

「……そう思って探すしか無い。殺す事が目的なら、攫った時点で殺せば良かった。そうしないで、多分人を雇って十何人も攫って、おまけに廃校を改造してまでこんな事をしているんだ。あくまでも目的はお前らを苦しめる事で、死んだら死んだ程度の考えなんだろう」

 お前ら、と云われてはっとした。本当に、シシジョウは巻き込まれただけで、虐めには一切関与していないのだとしたら。それでもしここから出られないと云うのなら。それは、あまりにも酷過ぎる。

「ごめん……」

 絞り出す様な声に、我ながら驚いた。シシジョウはちらりと俺を見ると、ふん、と鼻を鳴らして探索に戻った。

 シシジョウは最初からあまり動じていなかった。だから始めはスピーカーとグルなんじゃないかとも思ったが、それにしては行動が変だと思った。キョウコが教室を飛び出すのを止めようとしたり、サガノがスピーカーに反抗するのを止めたり、しなくても良い事を随分としている気がする。苦しめる為にすぐに死なれては困るから、と云われれば反論に困るが、サノがホルマリンに腕を突っ込んだと聞いて手を洗ったか訊くだとか、キリシマが吐瀉物を喉に詰まらせた時に横向きに寝かせろと云ったのだとか、スピーカーとグルなら俺達に対して遣わなくて良い気を遣っている気がした。

 カモフラージュかもしれない。けれど俺は、何となくシシジョウを信じたいと思っていた。ストックホルム症候群だとか、リマ症候群だとかの可能性も頭を過ったが、シシジョウに助けられたのは事実だ。信じたって良いじゃないか。

 書棚の隙間や本が入れられた段ボールなんかを確認しながら、ふと最初に死んでしまったカミヂキョウコの事を考えた。何も知らないまま死んでしまった。連れであるサガノも、彼女を連れて帰ってやりたいだろう。

 次にサトウタダオミの事を考えた。ササキとサノは、きっと彼を連れて帰ると云うだろう。彼はちょっと重たそうだが、ササキのがたいなら一人で抱えられそうだ。

 最後にキムラダイチの事を考えた。ミヤジマは、彼を連れて帰ろうと云うだろうか。だとしたら、しかし、あの体格を一人で抱えるのは骨が折れるだろう。シシジョウは手伝いそうにないから、俺が手伝う事になりそうだ。あんな奴だけど、こんな所に置いてけぼりは可哀想だと思う。

「何だこれ……高枝切狭?」

 不意にシシジョウが声を零し、俺は思考の海から浮上した。

「高枝切狭?」

 鸚鵡返しにする。シシジョウの方を見ると、棚の影から棒状の先端に確かに鋏が付いている物を引っ張り出して見せてきた。

「……一応、持って行くか?」

「……そうだな」

 俺が訊くと、シシジョウが頷いた。他に目ぼしい物が無かった書庫から出て、図書室を調べていたみんなと合流する事にする。

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