16.今度は二人
「でも、どうして今更? もう十年以上経つんだよ」
サガノが云う。
そうだ、カトウユリが死んだのは中学一年の時だった。
「私が全てを話したのは、カトウさんが……ユリちゃんが亡くなってすぐでした」
スドウが涙を拭いながら云う。
「……最近妻が亡くなったと云っていた。それを機に会社を人手に渡したとも」
少し考える様な素振りをしながら、シシジョウが答えた。
「そう云えば、ユリちゃんが亡くなったショックで奥さんが倒れられたと聞いています」
はっとした様子でスドウが云い、シシジョウは納得した様子だ。
「多分、これまでは妻の看病と仕事で復讐どころじゃなかったんだろ。妻が死んだ事で、自分には何も残ってないと思った。それは何故か。娘が虐め殺されたからだ」
「ちょっと待ってよ。カトウは事故死だった。警察がそう云っていた」
サノがシシジョウに云い返す。
「お前がカトウの父親なら、そう云われて納得するか。自分の娘がトラックに撥ねられて死んで、裏では虐めがあって、レイプまでされて。自殺じゃなかったと断言出来るか」
ぐ、とサノが黙り込む。俺達も、誰も言葉を発せなかった。
暫く無音が続く。それを打ち破ったのは、ササキの叫ぶ声だった。
「おい! しっかりしろ!」
それは、イトウとキリシマに何かがあった事の知らせだった。俺達は顔を見合わせ戸惑った。その間に、シシジョウが弾かれた様に走り出した。俺達は慌ててあとを追う。
「シシジョウ! みんな!」
足音に気付いたササキが悲痛な声を上げる。三人は職員室の向かいにある職員用トイレの側に居り、イトウとキリシマが倒れもがき、ササキは二人の間でおろおろとしていた。
シシジョウがササキと場所を交代し、イトウの脈を計る。それからキリシマの脈も計り、酷く難しい顔をした。
「どうしようも無い。……水が大量にあれば胃洗浄って手も使えたが、気付いた時点で時間が経ち過ぎていたし、ここじゃ何も出来ない」
タジマとアベが、わっと泣き出した。
「酷い! こんなの酷過ぎるよ!」
アベが叫ぶ。
「私達確かに酷い事したよ。でも、だからって、十何年も経ってこんな……こんな……」
タジマが顔を覆って震える声で云った。
「それはお前らの都合だろ」
ぴしゃり、シシジョウが切って捨てる。
「あの男はその十何年、恨みを抱えて生きてきたんだ。絶望して、憎んで、妻だけが心の支えだったかもしれない。けれどそれも失った……お前らの所為で」
また俺達は黙り込む。イトウとキリシマの苦し気な呻き声だけが聞こえて、ササキは話が分からず俺達の顔を見回していた。
「何の話だよ……それより、二人を助けないと……」
「無理だ。水も薬も無い、医療道具も無ければ医者も居ない。助け様が無いんだ」
「そんな……!」
ササキが絶望の表情を浮かべる。おろおろと倒れる二人を見て、泣きそうな顔をした。それからがっくりと項垂れる。
「ユカ……アカネ……」
ワダが、ふらふらと二人の元に行く。シシジョウはワダに場所を譲ってやり、彼女は二人の元に膝を付いた。そして二人の手を握る。
「マナミ……?」
キリシマがワダに気付いて虚ろな顔を彼女に向ける。タジマ、ナカマ、アベも二人の元に駆け寄り、手を握ったり、頬に触れたりした。イトウにはもう、反応する余力も無い様だった。
「私も居るよ。ユウコもミホも居る」
ナカマが励ます様に声をかける。
「わた、私……死にたくない……」
死にたくないよ……と、消え入りそうな声が聞こえてきた。
「大丈夫、大丈夫だよ……あたし達がついてるよ」
「マナミぃ……うっ」
キリシマがワダの名前を呼ぶ。直後、喉の奥でごぼごぼと音がして、一層苦しそうにキリシマがもがいた。
「アカネ!? アカネ!」
ワダがキリシマの名前を叫ぶ。シシジョウが口を開いた。
「気道に吐瀉物が詰まってる」
「どうしたら良い!?」
ワダが切羽詰まった声を出す。
「……横向きに寝かせろ」
タジマとアベが協力してキリシマの向きを変える。ごぼっと音がして吐瀉物が彼女の口から出て来た。ごほごほと咳込んで呼吸が戻る。が、苦し気なのは変わらなかった。
「ユカ!?」
今度はナカマが悲痛な声を上げた。シシジョウはイトウの側に膝を付いて、呼吸を確認する。そして静かに首を左右に振った。彼女の息は止まってしまったのだ。
タジマとアベ、ナカマが嗚咽を漏らす。ワダは泣くまいと必死に涙を堪えている様だった。
「ユカ……死んじゃったの……?」
キリシマが消え入りそうな声で云う。ワダが、キリシマの手を握るその手に力を込めた。
「大丈夫……大丈夫だよ……」
それは、自分に云い聞かせている様にも聞こえた。
「マナミ……怖いよ……嫌……」
力無いキリシマの声。どんどん小さくなっていき、最後にひゅっと呼吸音がして、……静かになった。シシジョウがキリシマの呼吸を確認する。首を、横に振った。
「アカネ……ユカ……」
とうとう、ワダも声を上げて泣いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます