14.仲間割れ

「何だってんだよ、畜生!」

 不意にキムラが叫んだ。

「出て来いよスピーカー野郎! 何がしたいんだよテメーは!」

 キムラは叫びながら手近なスピーカーを睨み付ける。全員の視線が、自然とそのスピーカーへ向いた。

 ざざ、と僅かなノイズが聞こえる。

「私が何をしたいのか、気付いている者も居る様だがね。……ああでも、アレで死ぬのは想定外だったよ」

 笑いを含んだ声。話し合ったらどうだい、と云って、スピーカーは沈黙した。

 アレ、と云うのはホルマリンの事だろう。

 俺は隣に立つシシジョウに、

「ホルマリンを嗅いだだけで、本当に死ぬと思うか」

 と小声で訊いてみた。俺にはホルマリンについてなんて、人体に有害だ、程度の知識しか無かった。

「……余程濃い濃度を思い切り吸えば分からない。試した事が無いからな。水槽の蓋を開けたのがサトウだって話だから、中で気化していた分を思い切り吸い込んだのなら、有り得るかもしれない」

「そうか……」

「んな事どうでも良いんだよ! 何で俺達はこんな事させられてんだ!? なあ! シシジョウ、お前探偵役だってんなら、教えてくれよ」

 俺達の会話が聞こえていた様で、キムラは大層怒りながらそう怒鳴った。

 自然と、全員の視線が今度はシシジョウへ向く。針の筵とはこの事だろうと思った。が、シシジョウは少し面倒臭そうな顔をするくらいで堪えた様子が無い。鋼のメンタルか。

「……カトウユリ、と云う名前に憶えは?」

 何人かが、あからさまにぎくりとした様子を見せた。俺だってつい下を向いてしまったし、似た様な反応をした者も何人か居る。狼狽えた者も居る様だった。

 窺い見ると、キムラはぽかんとしていた。

「カトウ……ユリ? 誰だよ、それ」

「お前以外は心当たりがありそうだ」

 キムラが皆を見回す。最後にミヤジマに視線を留めた。

「……お前も知ってんのか」

 ミヤジマは答えない。怒ったキムラがミヤジマの襟首をがっと掴んで持ち上げた。

「訊いてんだろ! 俺が! 答えろよ!」

 キムラが怒鳴り散らす。口の端に泡が付く様な勢いだった。

 ミヤジマはひっと喉を鳴らして怯えて目を瞑り顔を背けながら、慌てて口を開いた。

「寧ろダイチは覚えてないのかよ! あの時の子だよ!?」

 あの時、と聞いた途端にキムラは動きを止め、襟首を掴んだ手から力が抜けていった。考え込んでいる様子だ。キムラの手から逃れたミヤジマが、苦し気に喉を押さえながらキムラを睨む様に見る。

「覚えてない……」

「ダイチはいつもそうだよな。自分が踏み躙った相手の事なんて一っ欠片も覚えちゃいない」

「……何だと?」

 ゆらり、キムラもミヤジマを睨む。

「云わせてもらうけど!」

 ミヤジマが大きな声を出した。

「正直、付いてけないよ。中学の時からずっとそう思ってた。でも、怖くて何も云えなかった。……でも、こんな状況でまで金魚のフンやってられない。俺はもうお前には従わない」

「……勝手にしろ!」

 キムラが怒鳴って、どこかへ行こうとする。

「鍵は置いてけよ。代わりに水と食料、お前の分持ってけ」

 良くこんな状況でそんな事が云えるな、と思った。云ったのはシシジョウだ。鋼メンタルじゃなくてオリハルコンメンタルか。彼は肩に引っ掛けていたリュックを下ろすとペットボトルと携帯食料を二つずつ出して、床に置いた。

 キムラは少し考えた様子だったが、にやりと嫌な笑みを浮かべてシシジョウを見た。

「どうせ人数分あるんだろ。死んだ奴の分も寄越すなら鍵は置いてってやるよ」

 今度はシシジョウが考える番だった。全員を見回して、一人一人の目を見てから、小さく溜息を吐いて水と携帯食料が三人分入ったリュックを置き、代わりに先程床に置いたペットボトルと携帯食料を手に取った。左腕で抱える様にして全部を持っている。

「これで良いか」

 キムラは鼻を鳴らすとシシジョウの側へ行き、鍵を押し付けリュックを拾い上げ、

「俺は視聴覚室居る。玄関が開いたら教えに来い」

 来なきゃ殺す、と云い捨てて、キムラは生徒用玄関を去って行った。

「……あたし達の分も、あるんだよね」

 イトウが恐る恐る訊いて来る。俺ははっとして、肩にかけていたリュックをおろしてチャックを開けた。サガノとササキも同じ様にする。皆がわっと寄って来て、リュックの中身はほぼ空になった。俺達も自分の分を取る。ササキが残った一人分を、スドウに渡した。

「そう云えば……」

 不意に、アベが顔色を変えた。

「ねえ、備品壊したら、処分じゃなかった……?」

「えっ、でもキムラ生きてるよね。どういう事?」

 シシジョウがはっとして、水と食料を落し鍵だけ握り締めて走り出した。途端、破裂音が聞こえた。

 スピーカーからノイズが聞こえる。

「一人になってくれて助かったよ。他の人を巻き込みそうだったからね」

 数秒、抑えた笑い声が響いてからスピーカーが切れた。

 シシジョウは少し先で足を止めて虚空を睨んでいた。

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