13.また一人


 階段を上がって行く。理科室と視聴覚室に向かった面子が騒いでいるのが廊下にも聞こえて来たが、俺には気にする余裕も無かった。シシジョウはどうだろうか。

 重苦しい雰囲気の中、開錠する音がやけに響いた。シシジョウがそっと扉を開ける。中々入らないのでどうしたのかと思う。サガノとササキも同じ事を思った様で、戸惑っているのが空気で分かった。スドウの様子は読めない。

「……特に何も無さそうだな」

 そう呟いてシシジョウが家庭科室内へ入って行く。そこで、職員室の様な仕掛けが無い事を確認していたのだと気付いた。

 恐る恐る俺達も中へ入った。ぐるりと見回す。棚の中には調理器具が取り残されていて、ミシンの置かれた棚もあった。。多分引き出しを開ければ食器なんかもあるのだろう。刃物もどこかにあるかもしれない。銃相手では意味の無い物だが。

 俺達は手分けして家庭科室を調べた。けれど、特に何も見当たらない。疲れてきた頃、がちゃりと音がした。室内を見回す。シシジョウが教室の前部に設置されたホワイトボードの脇にあるドアを開けた音だった。準備室か。そう云えば入った事が無い。

 ドアの周辺を調べてからシシジョウが中に入って行くので、俺もあとを追った。中には食器類の入った棚や埃を被ったトルソーなんかが置かれている。手分けして中の見えない棚を開けていくと、防災リュックが四つ出て来た。試しに一つ開けてみる。携帯食料がひのふのみ……八個。500mlの水のボトルが……同じく八本。シシジョウがもう一つを開けると、中身は全く同じだった。

「これが、どこかにあるって云う食料か」

「たったこれだけ? って事はそんなに長期戦を想定はしていないのか」

「ま、小さな中学から出るだけだからな。そんなもんだろ」

「こっちは何かあった?」

 シシジョウと俺が話していると、サガノが家庭科室から顔を出した。

「水と食料が」

 答えると、サガノの表情が少し明るくなる。が、近くに来てリュックの中身を見ると、あからさまにがっかりして見せた。

「なーんだ。カロリーメイトか」

 しかもプレーン、と云って肩を落とす。チョコが好きなんだけどな、とも云った。

「手分けして持って行こう。数からして食料もペットボトルも一人二つだな」

 キョウコの分が余るけれど。とは云えなかった。

 シシジョウがリュックを一つ肩にかけ、もう一つを手に持つ。俺も同じ様にしようとしたら、サガノが一つ持ってくれた。

 準備室を出て家庭科室に戻ると、シシジョウの手にあるリュックをササキが受け取った。スドウは一人何も持たない事を申し訳無く思っているのか、それとも……カトウユリの事でまだ何か思っているのか、ただ俯いていた。

 階段を下りて生徒用玄関前に行く。先程と同じ様に、既に皆揃っている様だった。

 キムラは思った以上に苛ついた顔をしており、ミヤジマは酷く疲れた顔をしていた。二人と同じグループだったワダ、ナカマ、アベも顔色が悪い。

 サノは何故かジャケットを脱いでおり、手に持っていた。オマケにサノの左腕はシャツが捲り上げられ、スラックスは何か液体を拭ったらしく濡れていた。そして顔色が悪い。特に酷いのは女三人だった。……あれ、サトウが居ない。

「……何があったんだ」

 問うと、まずキムラが口を開いた。

「視聴覚室に入ったら、暗幕みたいなカーテンが閉まっていて真っ暗だった。何かが足に引っ掛かったと思ったら部屋の中にあったプロジェクターが動いてAVが流れ始めた」

「お、俺がカーテンを開けて、ダイチがプロジェクターを壊したんだ。そしたらプロジェクターの下から図書室の鍵が出て来たよ」

 酷く苛々としたキムラの言葉を継いで、ミヤジマが話す。他には何も無かったとも。キムラの手の中には確かに鍵が一つ握られていた。

「こっちは準備室にある水槽に何か液体が張ってあって、蓋がされてた。その蓋をサトウが開けてくれたんだけど、そしたら変な臭いがして具合が悪くなったんだ。でも、中に鍵が沈んでいるのが見えて……サノが取ってくれた」

 ワダが説明してくれた。サノが手の中の鍵を軽く掲げて見せてくれる。タグには体育館の文字。

「……サトウは」

 恐る恐る問う。

「……最初は目が痒いとか、喉が痛いとか云ってた。その内咳とか出て……頭痛がするって云い出して、苦しいって云って、倒れた。……じきに息が止まった。多分、臭いからしてあれはホルマリンだ」

 タジマがわっと泣き出した。イトウとキリシマがその肩を抱いて宥めるが、二人の目も濡れていた。サノが鼻を啜る。

「腕は洗ったか」

 シシジョウがサノに問う。サノはこくりと頷いた。

「ホルマリンなら触るのもほんとは良くないからね。理科室には水道が備え付けられてたし、幸い水が出たからすぐに洗ったよ。……水槽の蓋も閉めてきた」

 サトウの体は理科室へと移動させたそうだ。

 また一人死んだ。

 俺達はただただ沈黙した。時折誰かの嗚咽が聞こえた。

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