9.知っている?
まずは最初に目覚めたこの教室から調べる事になった。
ちらりと廊下を見ると薄暗い中、キョウコの死体が壁にもたれる様にされていた。血溜まりの中に寝かせておくのは可哀想だと思ったのだろう。服を着せるにも血が邪魔だったのかもしれない。
真っ先にカーテンを開けた。陽が射し込む。日中だと云う事が分かった。別れる前にアベから腕時計を借りていたので時間を確認すると、九時を回った所だった。
「あの……私、お手洗いに行きたいんですけど……」
陽光の眩しさに目を細めていると、スドウがもじもじとしながら云った。
「あ、あたしも行きたい。行って来て良い?」
「でもさー、水道死んでるってスピーカー野郎が云ってなかった? 流せないと匂いとかやばくね」
サガノ、ササキの順。確かに、真夏ではないからまだマシかもしれないが、多少は臭うだろう。しかし、云われると俺もトイレに行きたい気になって来るから不思議だ。それに、いつまでもは我慢出来ないだろう。脱出までどれだけかかるかも分からない。
「……貯水槽が屋上にあれば、廃校になってどれくらいかにもよるがトイレくらいは大丈夫だろう。飲むのはマズいかもしれないが」
シシジョウが云う。トイレに反対しないのは、シシジョウも人間だからだろう。もしかしたら今も我慢しているのかもしれない。
「ここ三階だし先ず屋上開くか確認しない? まあ、駄目でもトイレは行くけど」
「賛成。俺も何かトイレ行きたくなってきた」
またサガノ、ササキの順。そう云う訳で、一先ず五人で屋上に向かった。が、屋上に出るドアには鍵がかかっている様だった。がたいの良いササキががんがんとドアを押すが開く気配が無い。
「くそっ」
と毒づいたササキがドアを蹴ると、金属のドアが若干凹んだ様に見えた。怖い。
「トイレ行ってみりゃ貯水槽があるか、水があるか分かるでしょ。行こうよ。そろそろ限界」
サガノが云うので、今度はぞろぞろとトイレに向かった。それぞれ男子トイレ、女子トイレに入る。
シシジョウが個室に入ろうとするのを見て、ササキが
「何? でっかい方?」
と笑って云った。シシジョウは小さく舌打ちをすると、
「知らない奴の隣でする気になれないだけだ」
と云って個室に入って行った。まあ、気持ちは分かる。
「見せられない様なナニしてんのかね」
肩を竦ませながらササキが云うので、さあ、と首を傾げるに留めておく。俺達は並んで小用を足した。水は……流れた。
その水音に紛れて、ササキが小声で声をかけてくる。
「サカノキってさあ……もしかして、B市の中学通ってなかった?」
「え……」
どうして知っているのだろう。確かに俺の通っていた中学はB市にあった。俺の顔で正解だと分かったのか、ササキはやっぱりな、と一つ頷いた。
「覚えてないか。同じクラスだったんだけど」
「……ササキって苗字、小中高と誰かしら居たからな。悪い」
「そっか。ま、俺もサカノキアマネって名前がちょっと珍しいから覚えてただけだしな」
そう云えば、皆出身はB市近隣だ。もしかして……全員同じクラスだった、とか。いや、それだとクラスの約半数が集められた事になる。それだと流石に覚えている奴が居る筈だ。けれど俺は、誰の事も知らない。でも、同じ中学だった、とかなら有り得そうだ。五クラスもあれば知らない奴は多い。もしかしてそれが共通点で、シシジョウだけ他校だったのだろうか。B市近隣は田舎だから、中学は少なくて他市から通う奴も結構居たのを覚えている。だが学区を考えると、シシジョウも同じ中学であるべきだろう。どうなっているんだ?
「俺、実はキムラも知ってんだよね。中学ん時に同じ学年でさ、クラスは違ったけど、幅きかせてる感じでちょっと有名だったんだよ。名前は知らないけど、金魚のフンが居てさ。多分、それがミヤジマ」
「何でみんなが居る時に云わなかったんだ。それが共通点かもしれないのに」
訝しみながらササキに訊いてみる。するとササキは、手洗い台に向かいながら口を開いた。
「何か、怖くてさ。みんな同じ中学だとしたら、その時にあのスピーカーに恨み買う様な事したって事だろ。でもそんな心当たり無いからさ……知らない内に人の恨み買っちまったのかなって。まあ、全然違う理由で集められたのかもしれないけど」
後姿なのでそう云うササキの顔は見えないが、途方に暮れた様な背中をしていて、俺は声をかけられなかった。
個室からシシジョウが出て来る。まるでタイミングを見計らったみたいだった。
シシジョウは他の個室の中を見てからササキの隣へ行き、洗面台から水を出すと、両手で器を作って水を掬い匂いを嗅いで、少し顔を顰めて手を洗っていた。俺も慌てて並んで手を洗う。手洗い台は三つで丁度だった。
トイレから出ると丁度サガノとスドウも出て来た所で、サガノがひらりと手を振り笑顔を見せる。
「水出て良かったねー。でもちょっと変な匂いだったかも。マジで飲まない方が良さげだね」
そうだな、とササキが笑顔で応じる。俺はササキの云っていた事を考えるので精一杯だった。
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