4.更衣室
生徒用玄関の正面には掲示板があった。トロフィーの取り残されたケースや大きなゴミ箱もある。そして掲示板の一角に、所々掠れた校舎内の案内図があった。
長髪の男はちらりとそれを確認すると、来た方とは反対側に向かって進み始めた。
「今度はどこに行くんだ」
俺は殆ど見られなかった案内図に後ろ髪を引かれながら男を追う。
「更衣室だ。服がありそうだろ」
そんな適当な。そもそも鍵がかかっていたら入れないだろうに。
そう思いながらついて行くと廊下の突き当たりにぶつかった。大きな扉が閉まっている。恐らく体育館だろう。その右手にはピンクと水色にそれぞれ塗られたスペースがあり、その隣がトイレの様だった。
長髪の男は水色のスペースへと入って行く。男子更衣室と掠れた表札が付いていた。鍵どころか扉も無い更衣室って。一応壁が衝立の様になっており入口から中は見えない様にはなっているが、果たして意味はあるのだろうか。
「ああ……」
そう云えば。俺が通っていた中学校も確かこんな構造をしていた気がする。ここも中学なのだろうか。小学校は更衣室自体無く、教室で皆着替えてタオルを引っ被り向かいのプールまで歩いたな、と余計な事まで思い出した。
そうしている間に男が中から出て来た。服を着ている。黒っぽいジーンズに黒いシャツ、靴下まで黒で、更に手首に巻かれたヘアゴムの飾りまで黒だった。……ヘアゴム? この男の私物だろうか。私物まであるのか。
俺は慌てて男子更衣室へと入った。蓋の無い正方形が胸くらいの高さまで積み重ねられたタイプのロッカーが、入って右手壁一面に並んでいる。更衣室と云うより荷物置き場と云う感じだった。どことなく懐かしい。中学校と云うのは、どこもこうなのだろうかと思った。
ロッカーの幾つかに衣類が入っている。長髪の男は服を着慣れた様子だったから、恐らく本人の物だろう。と云う事は、俺の服もどこかに――あった。急いで身に付ける。黒いTシャツとボクサーパンツ、穿き古したジーンズ、グレーのパーカー、紺の靴下に白かったスニーカー。だが、ここに来る前に持っていた筈の鞄はどこにも無かった。
そこではたと気付く。ここに来る前? ここに来る前、俺はどうしていたっけ。確か次の日は会社が休みで、夜の街をぶらぶらしていて……人通りの無い場所を歩いていた時に、後ろから首をがつんとやられたのだ。思い出した途端に首がずきずきと痛む気がして思わず手をやる。
「って……」
恐らく内出血して青痣になっているのだろう、触ると確かに痛かった。
他の人間も似た様な状況でここに連れて来られたのだろうか。皆の話を聞くべきだろう。最低限自己紹介は必要じゃないか。兎も角ここに服がある事を伝えよう。そう思って更衣室を出ると、女子更衣室から長髪の男が出て来る所だった。
「……何で女子更衣室なんかに、」
「服がある事を確認した。あと鍵とか無いかと思って」
無かったけど、と男は云う。そうか、とだけ答えた。
「そうだ、あんた名前何て云うんだ。あ、俺はサカノキアマネってんだけど」
「……シシジョウドウシ」
「歳は」
「あー……最近数えてないけどまだ三十には届かない筈」
「何だそりゃ。でも、多分俺と同じくらいだよな。俺は二十五だから」
返事は無し。何だよコミュ障かよ。溜息。
「取り敢えず最初の教室に戻ろう。そんで、服があった事教えてやろうぜ」
「勝手にしろ。俺はこの辺りを調べる」
歩き出した俺に付いて来てはくれず、男――シシジョウは云う。
「単独行動は要らぬ誤解を招くぜ。あんた、ただでさえ疑われてる感じなんだし、先ずはみんなと打ち解ける方が先じゃないか。調べるのもみんなで協力した方が絶対早いし」
シシジョウは眉を潜めて暫し考えている様子だった。数秒ののち、小さな溜息が聞こえて来る。
「分かった、行こう」
歩き出したシシジョウを、俺はほっとしながら追いかけた。
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