3.不安と疑い

 長髪の男は暫くスピーカーを睨んでいたが、小さく溜息を吐くと開いたままのドアから出ようとした。

「お、おい、」

 慌てて声をかける。また、あの嫌な音を聞きたくはなかった。

 長髪の男は足を止めて俺を振り返る。

「大丈夫だ、もう放送は止まっている。廊下に出ただけで死にはしない」

 そう云うと長髪の男はぺたぺたと素足を鳴らして教室から出た。思わず目を瞑って顔を背ける。が、あの嫌な音はしなかった。恐る恐る目を開いて廊下を見ると、男は床に膝を付きキョウコの死体を観察している様だった。

「……何をやっているんだ」

 まだ教室から出るのは怖い。中から廊下を覗き込む様にしながら怖々声をかけた。

「死体を調べている」

 キョウコから目を離さずに男は答える。

「……何でそんな冷静なんだ。お前は何者だ」

「そうだ! お前何なんだよ! ここから出ようとしたそいつをお前は止めたよな!? 死ぬって知ってたのか!? 殺されるって! 分かってたのか!?」

 俺の問いに被せる様に、キョウコと云い争いをしていた三人の内の一人が喚いた。

「そ、そうだよ……スピーカーの奴とグルなんじゃないだろうな。何か、妙に冷静だし……」

「マジかよ! お前も人殺しなのか!?」

 残りの二人が順に云う。他の奴らもその発想に至ったらしく、怯えた顔で長髪の男を見ていた。

 長髪の男は呆れた様に溜息を吐くと漸く死体から顔を上げてこちらを向く。

「どう思おうと勝手だけどな、こんな状況で何の説明も無いまま部屋を出るのは悪手だと思ったから止めたまでだ。それと俺は……別に何者でもない。ただの人間だよ」

 途中、僅かに云い淀みながら男は云った。それから、

「死因は銃殺だな。弾は頭部に残っているみたいだ。監視カメラの下に筒が見える。多分あれが銃身だ。教室内にも同じ様な物がある。ルール違反で処分ってのは、まあ、そう云う事だろう」

 と続けて云った。全員の視線が教室内を彷徨い、一人があ、と声を漏らして教室の隅を指差す。残りがつられてその方向を見ると確かに監視カメラがあり、その下には黒い筒状の物が口をこちらに向けていた。カメラがゆるゆると首を振るとその筒も一緒に動く。

「至る所にあるのだとしたら、恐らく3Dプリンターでも使ったんだろう。耐久性は落ちるだろうが、ここに居る全員を殺すくらいなら充分だな。形状からしてライフルか何か…まあそれは良いか。一先ず服だな」

 長髪の男はそう云うと誰かの返事を待つ様子も無く歩き出した。

 皆呆然としたが、俺は何とか立ち直ると歩き出した男に声をかけた。が、止まらない。話す価値も無いと云われた気がして少し腹が立った。

 廊下に足を踏み出そうとして、キョウコの死体が目に入る。恐ろしい。目を閉じて足を踏み出した。ええいままよ!

 ぺち、と間抜けな足音がして、何も起こらない。恐る恐る目を開けて生きている事を確認すると、俺は男のあとを小走りで追った。この男について行った方が良い気がした。さっき三人の男が云っていた様な疑いが無い訳では無いが、何となく……強いて云うなら好奇心が勝ったとでも云おうか。知り合いの居ないあの空間に全裸で居るくらいなら、頼りになりそうなこの男について行った方が何とかなりそうだと思えたし、疑わしい人間を一人でうろつかせるのは怖かった。

 教室に残った奴らも気になるが、まあ、女が八人に男が五人なら、無体な事をする男は居ないだろう。……多分。

「おい、どこに行くんだ」

 追い付いて男に声をかけるが答えてくれない。むっとしてその肩に手を置く。

「おいっ」

 立ち止まって、は~っと溜息を吐かれた。クソデカ溜息に腹が立つ。

「玄関だよ」

「でも、開かないんじゃ、」

「大抵校舎内の案内図みたいなもんがあるだろ」

 成程。

 俺の納得を見て取ったのか男は再び歩き出した。慌てて俺も歩き出す。ここは三階だったらしく、階段を二回降りた。途中見付けた窓に手をかけてみたが接着でもされた様で、クレセント錠を動かしても窓は動かなかった。そしてその度に男に置いてかれそうになり、慌ててあとを追うのだった。

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