[ 3 ] 生き胆事件

第11話 折り入って相談


 サムザ公国は旧魔導王朝の西南に位置し、険しい山々に挟まれた広大な台地を「Lの字」型に塞ぐようにして横たわっている。


 都市のなかを大小さまざまな山脈や丘陵が走り、戦時下には天然の要害として機能した。

 守るに易く、攻めるにかたい。

 いくら史上最強の魔女に守護されているとはいえ、伝統的に軍事力の乏しいサムザが過去一度として隣国の侵攻を寄せ付けなかったのは、それゆえである。


 で、あるからして当然のことながら都市開発は困難を極めた。

 雨季に暴れる河川を整え、平地を確保するため多くの山々を切り崩すこと200年。

 いまでこそ先進諸国と肩を並べるほど発展したこの国だが、サムザとは本来、王朝の南方を守護するためだけに作られた人工の国家なのである。


 そんなこの国の片隅に、かつての面影を残す古い町がある。

 ニュールブラン市のはずれ。

 大きく右へとカーブする広い通りに、いま一台の馬車が走っていた。


 乗っているのは魔女メイルゥ。

 そして向かい合わせに従者のダンテ・ブラックが座っていた。


 御者の軽快な手綱さばきに合わせて馬車は穏やかに加速してゆく。

 客車の窓に流れるのはさびれた町並みだ。


 興味深そうなブラックの視線に気づいたメイルゥは、暇つぶしに持ってきた分厚い錬金術の本をパタンと閉じた。


「お気づきかい?」


 ブラックは一度おのれの雇い主の顔を見ると、うなずきながら車窓へと視線を戻す。


「……やけに木造の建物が多いな」


 彼の言うように通りを挟んだ両側には、びっしりと隙間なく建物が並んでいる。

 いずれも民家のようであるが、そのすべてがいまでは珍しい木造建築なのだ。

 さびれているとはいえまだまだしっかりと建っている。

 よほどの職人たちが作り上げたものらしい。


 すると魔女は満足気に彼の疑問に答えた。


「ここは炭鉱住宅っていってね。むかしは一発当てようと鉱山労働者が国中から集まってきて、そりゃ賑やかだったもんさ」


「炭鉱住宅……」


「鉄の精練が始まってから山も丸裸になっちまったが、その頃はまだ木材も豊富でね。残念だがもうこんな立派な木造の住宅街を作ることは不可能だね」


 そう言ってメイルゥはふと寂しそうな表情をした。

 このあたりにはルツの力も弱いのか、きょうの彼女は老いた姿だ。


 ブラックは客車前方にある窓ガラスをコツコツと軽くノックし、御者に速度を少し緩めるようにと指示を出した。


「……ここの鉱山からは精霊石は出なかったのか?」


「出たよ。ちょっとだけだがね。でもすぐに掘り尽くしちまって事業をもとに戻したが――もう時代はどこもかしこも精霊石だった。誰も石炭なんか見向きもしない」


「それで閉山か……」


 メイルゥは無言で首肯した。


「これから会いにいくのは、その元締めみたいな男でね。ルブラン子爵という。かつてはこの辺一帯を治めていた大領主さ」


「ルブラン……」


「そう。いまじゃニュールブラン市なんて野暮な名前になってるけどね、あたしにゃまだサムザ公国ルブラン領ってほうが通りがいいわさ」


「……その男が例の件に絡んでいると?」


 ブラックの新たな問いにメイルゥは言いよどむ。

 先ほどまでの饒舌はどこへやら。

 ただ一言「……まだ分からん」とつぶやいたきり口を閉ざした。



 ――じつは閣下に、折り入ってご相談があるんです。



 ニュールブラン市警の新米刑事ゾーイ・ストランダーはだしぬけにそう言った。

 それは彼女がメイルゥとの「なれそめ」を緊張しつつも熱っぽく語ったあとのことである。

 おかわりをした二杯目のコーヒーには、甘い茶菓子も付いてきた。


「聞こう」


 メイルゥの言葉はいつものようにシンプルだった。

 このところコーヒー道楽と並行してハマっているのが菓子作り。

 作り置きのスコーンを片手に、どっかと椅子に腰を落ち着けている。


 その女傑然とした雰囲気にゾーイはまたぞろ頬を染めた。

 しかしいつまでもポーっとなっている訳にもいかない。


「は、はいっ。じつは……先日の捜査の件なのですが」


「捜査? どっちの?」


 どっちのとは、ひとつはレナードが個人的に追っている錬金術師ゴドーの件。そしてもうひとつは獄中にて謀殺されたとみられる誘拐犯の件である。


 後者はそもそもメイルゥがシーシーと共に捕まえた悪党の一員で、彼らの顧客とされる貴族たちの情報を語るまえに口封じをされている。

 そのときの被害者たちのことといい、メイルゥにとって幾重にも気掛かりとなっていた。


「もちろん誘拐犯の件です」


 ゾーイはテーブルのうえにいくつかの資料を並べ始めた。

 なかにはメイルゥが港湾施設でボコボコにした悪党どもの写真もある。


「ほんとは部外秘なんですけど……」


「だろうね。あんたの上司のほら、レナードって言ったかい? 悪いとこ見習ったね」


 魔女の鋭い指摘にゾーイは思わず苦笑する。

 こめかみのあたりをポリポリとかいて、冷や汗を一筋。


「じつはいま警部補も大変で……」


「ん?」


「こないだの弾丸と精霊石って持ち出し不可の証拠品だったんですよね」


 メイルゥはルブラン美術館でヴィンセントに見せられたふたつの証拠品を思い出した。

 弾丸と精霊石。

 いずれもせむしの男――ゴドー・フォンブラウンを自称していた謎のゴーレムの屋敷から発見されたものだ。

 精霊石のことはメイルゥのあずかり知ることではなかったが、弾丸に関しては自らの手で放ったものである。

 しかしブラックの機転により、メイルゥへの疑いはいまのところ回避されている。


「なんか相当うえのほうから圧力が掛かったらしくてその……いま謹慎を」


「バカな男だねぇ……」


「ええほんとに」


 ゾーイの言葉には実感がこもっていた。

 しかしメイルゥは「でも」とすぐさま声を掛ける。

 うつむきがちだった新米刑事は、ハッとなり顔をあげた。


「でも見どころがある。いまどきああいう男は珍しい」


「……はいっ」


「いい返事だ。さあ話を続けよう。コーヒーも三杯目となると胃に悪いからね」


 遠まわしの催促だったが、ゾーイには正しく伝わったものか。

 上司を褒められニコニコとして彼女が手にしたのは、いくつかの写真。

 だがそれらを確認した途端に表情が沈んでいく。


 それもそのはず。

 写真はいずれも女性の遺体を写したものだった。

 白黒に浮かび上がる彼女たちの身体には無数の傷がある。

 打撲や擦過傷、深い切り傷。

 そして一番目立ったのは、腹部にある手術跡だ。

 というよりも乱暴に切り開かれたあと、ぞんざいに縫い合わせただけのように見える。


「こいつは……」


「いまサムザ国内で不審死を遂げている若い女性が急増しています。いずれも住所不定の流入民という共通点があり、年齢も12歳から20歳ごろまでに集中しているようなんです」


「……あのさらわれそうになった姉妹もその条件に?」


「はい。合致します」


 メイルゥは写真一枚一枚を丁寧に眺め、その痛ましさに表情をゆがめた。

 犯罪者が謀殺されたのは因果応報。

 しかし彼女たちに一体どんな咎があるというのか。

 やりきれない思いだった。


「閣下はここ最近、火の精霊堂へ流入民の遺体が投げ込まれる頻度が高くなっているのをご存知でしょうか?」


 ゾーイの問い掛けにメイルゥはあることを思い出した。

 それはサラと一緒に「あの子」の墓参りをしたときのことである。

 世話になった精霊堂の若い衆が、敷地内に無断で遺体を放置され憤慨していた。

 あのときは特に考えもしなかったが、確かに遺体は女性で全身に傷を負っていたように記憶している。

 しかしあの精霊堂はサラマンダーを守護精霊としているため火葬である。

 もはや確かめようもない。


「まさか……証拠隠滅のために火の精霊堂を選んでるのか」


「私も閣下とおなじ結論に達しました」


 それから……と。

 ゾーイはさらに証拠写真を追加する。

 今度は腹部のアップだった。

 しかも切り開かれた様子のよく分かる画角で撮影されており、そこにはあるべきはずの臓器がなく、ぽっかり空洞になっているのが確認できた。


「腎臓や肝臓、あと遺体によっては胆のうや膵臓なんかも切除されてます。手術というよりその――料理? みたいな感じでざっくり臓器が取られてて……」


「むかしから精がつくからって熊や猿の肝を食うって話はあるが、それはちょっとねぇ……」


「私もまさかとは思ったんですけど、その――警部補が……」


 ゾーイは上目遣いにメイルゥのご機嫌をうかがう。

 魔女はあごをしゃくって「話してみなよ」と無言で示唆した。


「錬金術では外法げほうとされているらしいんですが、あるそうなんです。その――人間の生き胆を食らって若返りをする方法が」


「なんだって?」


「特に若い女性がいいそうで、隣国ではむかしから貴族の間で高値で売買されてたとか」


「世も末だね」


「警部補が言うには、その悪習がいまになってサムザ国内の貴族に伝わったんじゃないかって」


 恐る恐る説明するゾーイ。

 対してメイルゥは呆れたようにして一服つけた。

 燃えたマッチが一瞬にして消し炭となり、憧れのひとの指は大丈夫かと、ゾーイは気が気ではない様子。


「これだけの情報でそこまで推理したのかい?」


「はい……半分がた警部補のアドバイスですけど……」


「大したもんだ。ひょっとしてもう黒幕の目星もついてんのかい?」


「えっと……黒幕かどうかはまだ。ただ絶対に調べないといけない人物はいるそうです。じつはきょう、そのことを閣下にお尋ねしようと」


「誰だい」


 メイルゥの目が妖しく光る。

 まるで獲物を狙う獣のように冷ややかで鋭い。

 ゾーイはごくりと生唾を飲んだ。


「デニス・ルブラン。ご存知でしょうか?」


「ご存知もなにも……ルブランったらつい最近までこのあたりの領主だった名家だ。ついでに言ったらニコラス三世、桑樹王の妃シエナを輩出した家柄だよ」


「えっ、ちょ、大物じゃないですかっ」


「と言ってもいまじゃ公家との交わりも皆無だしね。あたしも現当主には会ったことはおろか、どこにいるのかも知らないんだ」


「警部補が言うには、たまに貴族絡みの事件があると、ルブランという名の子爵が手を回してくると。でも所在まではつかめてないって」


「ふむ」


 メイルゥは紙巻きの吸い殻をもみ消すと、荒い鼻息をした。

 怒っているというよりも、これまた呆れているようだ。


「ちょいとこの話、あたしに預けてもらっていいかい?」


「え?」


「じつは近々会おうと思っていたんだよ、ルブランにね。いまウチのはしっこいのに居場所を探させているところさ――」


 流れゆく馬車からの景色を眺めて、メイルゥはゾーイとのひと時を思い出していた。

 ジョニーに探させたルブラン子爵邸はもう間もなくのはず。


 魔女はしたくもないため息を幾度かすると、読みかけの錬金術の本をまた開いた。

 ページに挟まれたしおり代わりのものさしが語りかける。


 閣下、働きすぎですよ――と。

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