第12話 決意する姫
十三歳の誕生日、城を出ることはできなかった。
父上は三年前と同じく、大々的な生誕祭を開いたのだ。主役であるわたしが欠席できるはずもなかった。
いつもは来ない侍女たちがわたしを磨き上げていき、無言のままあっという間に飾り立てられた。
エスコートはクロードがしてくれた。
十歳までの生誕祭は常に一人での入場だった。誰かにエスコートされるのは初めてだ。
今まで誰からも声をかけられなかったのに、なぜか招待客がひっきりなしに挨拶に訪れ、ダンスに誘われた。
ダンスは学ばなかったからと断れば、せめて二人で話をと誘われる。
クロードが穏便に断ってくれたけれど、さすがに変だ。
呪われた姫と遠ざけたくせに、なぜこんなに男性招待客が手のひらを返したように寄ってくるのか。
現に、婦人方はわたしを睨みこそすれ、近寄っても来ない。
クロードの袖を引いてその疑問を口にすると、彼はわたしの腰に手を置いてにっこりを微笑んだ。
「姫、俺がエスコートした理由、わかりますか?」
「ええと……私が社交界デビューできる年になったから、かしら」
デビューは十二歳。本当なら去年だった。
「当たらずも遠からず、です。……あきらめてないんだよ、あの人は。俺がだめなら他の男と番わせようとしてるんだ」
笑顔のまま告げてくる内容に、顔がこわばるのが分かる。
つまり……このパーティは見合いなのだ。道理で男ばかり、しかも見目好い若い男ばかりなわけだ。
「……もう帰りたいわ」
「あら、もう帰るの」
不意に耳元で声がした。――聞き覚えのある、張りのある女の声。
驚いて振り向く前にぐいと腕を引っ張られた。クロードの胸に顔を隠すようにして抱き寄せられたのだと気が付いて、震える手でクロードの上衣を握り締める。
これは、あれは……。
「お許しを、姫。――誰だ、貴様は」
クロードが詰問する。ダメ、だめだ。クロードから離れなきゃ。
でも、クロードはがっちりわたしを抱え込んでいて、びくともしない。
「いい人ができたみたいねえ? 姫。ふふ、あと二年。あなたのきれいな顔が歪むのが早く見たいわ」
悪寒が走る。クロードが息を飲むのが聞こえる。
「貴様が――魔女か」
「大正解。ってあの変わり者から聞かされてるんでしょう? ふふ、三人で足掻くといいわ」
周囲の音が聞えなくなる。まだ何かクロードと喋っているのが聞こえるけど、頭に入ってこなかった。震える足に力を込めて立っているのがやっとだ。
「ヤドリギの魔女によろしくね、姫様」
高笑いをする女の声を最後に、わたしは意識を手放した。
◇◇◇
「お師匠様」
「抜かったわ。わしが少し席を外した間を狙われた」
「申し訳ありません」
「お前の落ち度ではない。……して、首尾は」
「はい、滞りなく。――姫には申し訳ないことをしました」
二人が話しているのが聞こえる。目を開ければ、魔女ミストとクロードが立っていた。
「クロード……ミスト様」
「休んでおれ」
「すまない、姫……」
「いいえ。……わたしの方こそ、申し訳ありません」
今回の大々的な生誕祭が決まった時、囮になると言い出したのはわたしだった。
派手好きな魔女のことだから、宴に紛れ込んでくるかもしれない。魔女の正体をつかむチャンスにもなる。
読みは当たったけれど、わたしは思ったよりもあの魔女に恐怖を抱いているらしい。声を聴いて震えあがり、意識まで失うなんて。
「クロツグミの魔女。それが呪いをかけた魔女の名じゃ」
「クロツグミ……」
わたしが気を失った後、何があったのだろう。
呪いをかけた魔女が知れたということは、死の呪いを解除する手掛かりがえられたということ。
あの魔女の高笑いが脳裏によみがえって、思わず身震いすると、肩に手が置かれた。クロードの手だった。
「城を出る準備は進んでおるか」
「はい。ただ、王宮内にピートが集めてくれた書物も持っていきたいのですが」
「それはわしがなんとかしよう」
クロードが言っているのは、兄様がくれたあの鍵の部屋の蔵書だ。わたしと兄様とクロードしか知らないあの場所は、本当に様々な魔法や魔術、魔女や伝承に関する書物で埋め尽くされている。
持って行かない選択肢はなかった。
「クロード。父上は何か言っていましたか?」
「いいえ、何も」
そうだ、父上も母上も何もしない人だ。
わたしの処遇にしたって、周りがそうすべきだと奏上すれば、うなずいてしまうに違いない。
わたしの意思など関係なく。――それが王族の務めだから。
「――ミスト様」
「なんじゃ姫よ」
「クロード様」
「……様付けはよしてください、姫」
肩に置かれている彼の手に手を添えて、顔を上げる。迷っている暇はない。
「今すぐわたしをここからお連れください」
「姫?」
クロードの驚く声に、わたしは彼の手を握る。震えそうになる唇を嘗めて続ける。
「おそらくこのままここにいれば、近いうちに意に添わぬ者と否応なく娶せられましょう」
「クロード、どういうことじゃ」
怪訝そうな魔女ミストに、クロードは今日の宴の真の目的を語った。ヤドリギの魔女は聞き終えた途端に深くため息をついた。
「わかった。善は急げじゃな。……クロード、その秘密の図書室へ案内せい」
「わかりました。姫、しばらく一人になりますが、決して誰も入れませぬように」
「ええ」
二人が扉から出ていくのを見送り、両手で顔を覆う。
色々な思いが千々に浮かんでは消えていく。その中に家族への思いはやはりなかった。
ただ、鍵をくれた兄上、最近よく顔を出していた弟、すぐ下の妹には少しだけ申し訳ないとは思う。
王族の義務を果たさず逃げたと詰るだろうか。
それでも。
それらすべてを捨てても、わたしは生きたい。――彼と。
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