第11話 覚悟する騎士
北の地での二週間はあっという間に過ぎた。
姫の魔力量と茨の様子はお師匠様が毎日確認していた。俺が見ることは叶わなかったが(当然と言えば当然だ)、誕生日のその日でさえ、大きな変化はなかったらしい。誕生日に城を離れることで呪いを回避できることは確実となった。
城に戻ってからも成長しないかどうかは、戻ってからの観察事項となった。
それ以外は、姫は楽しく日々を過ごされたようだ。
お師匠様と共にキッチンに立つこともしばしばあった。姫がせずとも俺がするのに、と言ったのだが頑として聞き入れてくれなかった。
食事の後で、手料理を俺に食べてもらいたかったのだとはにかんで言われた時にはくらりと来た。お師匠様がいなければ抱きしめていたかもしれない。
お師匠様は積極的に姫を外に連れ出した。お師匠様が忙しいときは俺が付いていく。
ピクニックに行くと決めた時はお弁当まで作ってくれた。もったいなくて手が震える。
ひらけた草原の美しさに言葉を忘れ、キレな空気を胸いっぱいに吸い込み、お弁当を食べた後は草むらに寝ころんで空を見上げる。
声を上げて笑う姫を見たのは、初めてだった。笑い転げる彼女は、年相応の少女に見えた。
「このままここで暮らしたいわ」
本心だったろう。
俺もうなずいた。もしこのまま呪いが解けず、城に戻れば呪いが進むのなら、このままここにいればいい。どうせ死ぬ命だからと放置しているくらいなら、ここにいて命をつないだ方がずっといい。
「このまま時が止まればいい」
心から思った。
城に連れ帰って、また陰鬱とした軟禁生活には戻らせたくない。
でも、城に戻る日はやってきた。
城にはお師匠様も同行することになった。戻った直後の紋様を確認するためだ。
部屋にたどり着き、姿見の前に立った途端、お師匠様は姫の服をはぎ取った。そして、目の前でそれは生き物のように蔓を伸ばした。
「……どうもこの塔と姿見に原因がありそうじゃのう。城に入っただけで育つなら、塔に入る前に育ち切っておろう。姫が姿見を見た瞬間に動き始めたように思う」
「姿見を変えるか壊すかしますか?」
割る者を探して握れば、姫は首を横に振った。壊したところで、加賀美を通さずに自分の目で見れば一緒なのだ。おそらく。
「ともあれ、これで時間が稼げる。呪いをかけた魔女を見つけられればよし、見つけられねば時間をかけて解くしかないが、これも時間の問題じゃ」
「よかった……」
姫はそっと目を伏せる。お師匠様に服を着せられたところで俺は彼女の体を救い上げ、ソファに運んだ。
潤んだ目で俺を見あげてくる姫のこめかみにキスを落とすと、涙がこぼれて筋を作った。
時間稼ぎとはいえ、姫が生き延びられる可能性はぐんと上がった。城から、塔から逃げてしまえばいい。子供を産めるようになったからと男をあてがおうとする家族など捨ててしまえ。
俺もあの家を捨てる。
もともと捨てられたんだ、いまさら利用価値ができたからと呼び戻されてたまるものか。
「あとは陛下たちを説得できれば問題はあるまい。そなたらは城を出る準備を進めておいてくれ」
「わかりました。猶予は三年あるとみていいのでしょうか」
「いや。……早手回しで進めておいた方がよかろうの。よからぬことを考える者が出ても困る」
よからぬこと、と言われて俺は眉根を寄せた。
姫は公務と言われれば黙ってついていく。その先に男が待ち構えていたりしたら……怒りが殺意に変わる。
「これ、思いつめるでない」
お師匠様の声にふっと力を抜く。
「ええ。……これ以上姫を利用させはしません」
今後は姫を一人にしないようにしなければ。公務とて教育係が付き添って何が悪い。そうでなくとも俺以外の男と一緒にいるところを思い浮かべるだけで殺意が沸くというのに。
「うむ、わしからも陛下には太い釘を刺しておく。それから、城から外へ逃がす件、ほかに一切漏らすでないぞ」
「友人に協力を仰いでもいけませんか」
ピートやフィリップに協力を頼もうかと思っていたが、お師匠様は厳しい顔を崩さない。
「今のままなら陛下が許可をくれれば簡単に外に出られよう。が、生き延びられるとわかってからでは利用価値の高い姫を手放しはせぬだろう。どこぞの貴族に娶せようとするに違いない。情報はどこからでも漏れると思っておけ。フィリップや姫の仲の良い兄弟にも、一切漏らしてはならん」
確かにそうだ。
城に入りさえしなければ生き延びられるのが確実なら、遠方の領主に娶せて子を作らせようとするかもしれない。親としても見殺しにせずに済み、良心も傷まない。
そう諭されれば姫は頷かざるを得ない。
「しかし、お師匠様」
「それに、陛下が許可を下さらなければ、姫を誘拐することになる。その場合、お前は大罪人となる。……極刑も覚悟せねばならん」
お師匠様の厳しい声音に、言葉を飲む。
その程度の覚悟はとうにできている。姫を逃すことができたのなら本望だ。
「姫を手に入れるためなら厭いません」
そう言い放ち、息を飲んだ姫に柔らかく笑って見せる。
大丈夫、必ず俺が助ける。
そのために必要ならなんだって捧げる。俺の命も、姫のものだ。
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