第10話 城を出る姫

「魔女の予言が外れたことがないのは、何か強制力が働くからなのかしら」

「強制力……」


 本から顔を上げて何気なくつぶやくと、向かいのクロードも同じように顔を上げた。

 わたしは『十五歳の誕生日、城で死ぬ』と予言されている。

 誕生日の夜に茨姫の呪いが心臓に達して死ぬのだから、それは分かる。

 では、その日を城以外で迎えたら?

 どうやっても城にいられないようにしたら?

 何らかの力が働いて、わたしは城に戻されるのだろうか。


「それは……わかりません」


 そう、わたしたちは視点を変えることにしたのだ。

 死の呪いそのものではなく、魔女の予言を回避できないかどうか。

 死の呪い自体は生まれた時から掛けられていた。十年の間、茨は育ち続けていたが、魔女ミストの言うような急激な成長を遂げなかった。

 茨姫の呪いをかけた魔女自体が、茨の成長を抑えていたのだろう。年に一度、わたしの誕生日だけに成長するというのも、一般的な茨姫の呪いではないと魔女ミストも言っていた。

 ならば、十歳の誕生日にやってきた魔女が告げた予言の内容さえ回避できれば、わたしは生きられるのではないか、と。

 ……もちろん、城を出て茨が成長しないことが前庭なのだけれど。

 誕生日のその瞬間に城にいなければ、予言は外れたことになる。


「ねえ、お師匠様に魔女の予言をしてもらって実験するというのはどうかしら」


 もうじき誕生日の一か月前だ。賓客が来るということで父上には特別に塔への滞在許可をいただいている。名目上は大魔術師のお友達が、弟子の様子を見に来るということになっているが。

 クロードは眉根を寄せて首を横に振った。


「だめだ。それにどんな予言をしてもらうんだよ」

「例えば……そうね、十二歳の誕生日、わたしはヤドリギの魔女の住処で風邪をひくだろう、とか?」


 くすくすと笑いながら他愛もない予言の内容を作って見せる。


「誕生日は忙しくて城から出るなんて無理なのにそれが叶うのだとしたら、魔女の予言の強制力があるということにならない?」

「もし本当に強制力とやらが働いて、一人でお師匠様の家に飛ばされたりしたらどうするんだよ。……迎えにも行けないんだぞ」


 エメラルドの瞳がわたしを睨む。どうやら聖誕祭の前ということで、また宮廷魔術師の雑用を押し付けられているらしい。道理で目の下に隈ができているわけよね。


「試すというならやってみてもよいが、あまり面白くない結果となろうぞ?」


 不意に窓の方から声がした。驚いて顔を上げると、窓の外にヤドリギの魔女が浮いていた。


「お師匠様」

「ちと早かったかのう」


 よっこいせ、と開けた窓から魔女は部屋に降り立った。

 そもそも王宮付近は幾重にも結界が張られていて、魔女は入れないはず。わたしの塔の周りにも念入りにかけたはずなのに。


「不思議そうな顔をしておるな、姫よ。今回は正式に王宮の客人として招かれたでの、王宮の結界を通れるんじゃよ」


 登城の手続きなどよく知らないからそういうものなのだろう、と納得しかけた私に、クロードは首を横に振った。


「嘘ですからね。王宮魔術師だった時にいくつも抜け道を作ってるんです」


 その説明の方がしっくり来て、おもわず笑ってしまう。国として考えれば危険な話だけれど、そのくらい魔女ミストを信用しているもの。


「それでお師匠様、面白くない結果、というのは?」

「それはな、わしは『十二歳の誕生日に姫は城にいない』という予言をしないからじゃ」


 どういうことだろう、とクロードと顔を見合わせると、ヤドリギの魔女は肩をすくめた。


「魔女の天気予報は外れん。それは『どうなるかを知っておる』からじゃ。そうならない未来を口にすることはない。十二歳の誕生日を城で迎えることを『知って』織るのに、それに反することを予言するわけなかろう?」

「はあ……」

「じゃが、姫の呪いは呪いじゃ。魔女が残した言葉は予言ではなく呪い。その条件がそろった時に発動する呪いと考えてよかろうの。実際はもう少し複雑じゃが」

「え……じゃあ、十五歳の誕生日に姫が城にいなければ、予言は成就されないんですか?」

「予言ではないと言ったであろうが。呪いは発動せぬかもしれん。じゃが、茨姫の呪いが解けるかどうかは分からん」


 ヤドリギの魔女の言葉にクロードは悔し気に口を閉ざす。


「……ミスト様」

「なんじゃ、急に改まって」

「それなら、一度試してみませんか?」

「ん?」

「今年の誕生日を城で過ごさなかった時、茨姫の呪いは進まないのかどうか」


 意を決した言葉に、ヤドリギの魔女は目を見開き、くつくつと笑い出した。


「豪胆な姫じゃな……そなたらの予言が成就しそうじゃぞ?」

「お師匠様?」


 うんうん、とうなずいてヤドリギの魔女はにやりと笑う。


「問題はどうやって王を説き伏せるかじゃの。勝手に連れ帰っては追っ手がかかろうし、姫も毎日の公務や課題もあろう。生誕祭への参加もある」

「それなら、わたしがいなくても問題ありません。形だけのものですもの」


 むしろありがたい。ほとんど会話のない会食で砂を食む苦痛から逃れられる。弟や妹と多少の行き来があったとしても、公式の場で会話することは許されていないもの。


「ふむ……よかろう。直前と直後の二週間、我が家へ招こう。誕生日の前日から翌日までじっくり紋様を観察させてもらうぞ」

「はい」


 クロードと顔を見合わせて微笑む。これで半歩でも一歩でも進めることができれば、と願わずにはいられなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る