異世界からＪＫ転生した元妹が、超グイグイくる。

第118話 友へ

　パンツを頭から外しながら、手を差し伸べてくる光を。

「貴女様はぁ……」

　菜々水は、信じられないものを見るような目で見上げる。

「わたくしめがぁ……恐ろしくはないのですかぁ……？　わたくしめへのぉ、怒りはないのですかぁ……？　あれだけやってぇ……今だってぇ、すぐにでも貴女様を上書き（・・・）出来るというのにぃ」

「あぁ……これは、私からの信頼の証さ」

　菜々水に対して、光は微笑んでパンツを掲げてみせた。

　防護魔具であるそれを外している今、光は『聖炎』に対して完全に無防備な状態だ。

「良いこと言うとる場面なんじゃろうけど、パンツ外しただけなんじゃよなぁ……」

「絵面的には、力強く握られたおパンツが『信頼の証』と言っているように見えますわねぇ……」

　一応邪魔するつもりはないようで、黒と環のツッコミも控えめなものである。

「菜々水殿……いや」

　そこで言葉を止めて、光は軽く首を横に振る。

「菜々水」

　そして、呼び方を改めた。

「一つ、提案があるんだ。今度は……この世界では、私のことを信仰対象とするんじゃなくてさ」

　口調も、それまでより砕けたものとなる。

「私と」

　少し空いた間には、若干の緊張が感じられた。

　そして。

「友達に、なってくれないかな？」

　そう、申し出る。

「………………友達ぃ？」

　まるで知らない言語でも耳にしたかのように、菜々水は不思議そうにその単語をオウム返しに口にする。

「君の気持ち、本当に……少しは、わかると思うんだ。私だって、記憶を取り戻すまではずっと何か（・・）が足りないような空虚を抱えてて……魔王と出会って、記憶が蘇って。魔王がもう敵じゃないってわかって、ホッとすると同時に……正直、愕然とした気持ちもあったんだ」

　光の笑顔に、少しだけ苦味が混じる。

「なら（・・）、私は何をすればいいん（・・・・・・・・・・）だ（・）？　ってさ」

　恐らくそれは、当時を思い出してのものなのだろう。

「でも、いつの間にかそんな馬鹿な考えはどこかへ飛んでいった」

　そんな苦さも、すぐに消え去る。

「友人たちと過ごしているうちに、気付いたんだ」

　光は、庸一、黒、環と順に顔を見回して微笑みを深めた。

「何でもいい（・・・・）んだって、さ」

　その手は、菜々水に差し伸べられたまま。

「この世界では、私は……私たちは、何の役割にも使命にも縛られていない。ただただ、自由に生きればいいんだ」

　力強い口調には、自信が感じられた。

「君も同じ結論に達するのかはわからない。だけど……一人で見つけるの辛いなら、一緒に探そう。友達と、一緒にさ」

「勇者様ぁ……」

　掠れるような、菜々水の声。

「いえぇ……光、様ぁ……！」

　その声に、徐々に力が戻っていく。

「正直わたくしめと致しましてはぁ、光様は友人としては距離を置きたいタイプでござますぅ……！」

「この流れでそんな答えになることある！？」

　慈愛に満ちた微笑みを浮かべていた光が、一瞬で珍妙な女の顔に戻った。

「ふふぅっ、冗談でございますぅ」

　そんな光に向けられる菜々水の笑顔は、憑き物が落ちたかのようなものだ。

「わたくしめとぉ……お友達にぃ、なってくださいましぃ！」

　そして、ついに光の手を握り返す。

「あぁ！　これで、私たちは今から友人だ！」

　再び表情を改めた光が、力強く頷いた。

「光さん……良かったですわねぇ、ようやく新しいお友達が出来て」

「んんっ……！　高校になってから新しく出来てないただけ、と繰り返してきた身としては返す言葉がないけども……！　ここは普通、菜々水に友人が出来たことの方を喜ぶ流れじゃない……！？」

　ほろりと本気で少し感動しているらしい環に、光がぐぬぬと呻く。

「さて、菜々水さん」

「はいぃ」

　そんな光からは速攻で興味を失った様子で、菜々水へと目を向ける環。

　菜々水は穏やかな表情で返事する。

「いかなる罰をも覚悟しておりますぅ。皆様を拘束しぃ、貴女様の大切なお兄様を傷つけましたことぉ……心より、お詫び申し上げます」

　最後はいつもの間延びもなく、菜々水はやはり清々しい表情で頭を下げた。

「誰がそんなお話をしているんですのよ」

「……はいぃ？」

　けれど呆れ気味の環の言葉に、不思議そうに顔を上げる。

「ま、思うところが全くないかと言いますとノーですけれど……それは、兄様が選択された末のこと。わたくしは口を出さないと、前世の頃より決めているのです」

　それから環は、ふっと少しだけ悲しげに笑った。

「この平和な世界でくらい、もっと穏やかな選択をしていただきたいという想いはありますけれど」

「……すまん」

　バツが悪そうに頬を掻く庸一。

「良いんですのよ、それもまた兄様の魅力ですもの」

　そう言いながら、環は微笑みを深めた。

「それはともかく」

　そして、再び菜々水へと向き直る。

「わたくしとも、なっていてだけるのでしょう？」

「はいぃ？　何にでございましょぉ？」

　澄ました顔で手を差し出す環に、菜々水はポキュッと首を傾げた。

「くっ……この流れなのですから、察してくださいまし！　お友達に、ですわよ！」

　頬に少し朱が差した環が改めて突き出す手を、菜々水はしばらくポカンと眺めた後。

「はっ……はいぃ！」

　大きく頷いてから、固く手を握り返した。

　次いで。

「妾と友人となる栄誉、授けてやっても良いぞ？」

「はいぃ、謹んで拝受させていただきますぅ！」

　鷹揚に手を差し出す黒の手もまた、握り返し。

「俺もいいかな、菜々水」

「あ、のぉ……」

　けれど、庸一に対しては少し躊躇した様子を見せた。

「本当にぃ、よろしいのですかぁ？　わたくしめはぁ、貴方様をあんな目にぃ……」

「気にすんなって」

　おずおずと尋ねる菜々水の肩に、庸一は裏表のない笑みと共に手を置く。

「さっき環も言った通り、俺自身が選択したことだ。その結果に何が起ころうと、俺自身の責任でしかない」

　言葉通り、実に軽い調子である。

「それに……まぁ、俺だってさ」

　それから、少し照れた様子を見せながら頬を掻く。

「俺なりに……君も救えれば、と思っての行動だったんだから。君が救われた以上、もう何も言うことはないよ」

　そんな庸一を、菜々水はしばらくポーッと様子で見つめ。

「あっ……！　はいぃ、そういうことであればぁ……！　よろしくお願いいたしますぅ……！」

　それから、赤くなった顔を俯けながら慌てた様子で庸一の手を握り返した。

『……んんっ！？』

　そんな菜々水の様子に、環と光が同時に反応する。

「菜々水さん？　すこーしだけ、お話があるのですけれど？」

　とても綺麗な笑みと共に、環が菜々水をスッと自然に抱き寄せた。

「菜々水、もちろん恋に生きるっていうのも一例ではあるよ……！　世の中、素敵な男性が沢山いるからね……！　そう、他のところにも沢山……！」

　そして、光が至近距離から小声で捲し立てる。

「ま、妾的にはそれはそれでアリじゃがな」

　一人、黒だけは楽しげに笑っていた。

「はいぃ？」

　そんな三人が、何を言っているのかわからない……といった様子で首を捻った後。

「あぁ」

　ポン、と菜々水は手を打った。

「ご安心くださいぃ……そういうの（・・・・・）ではございませんためぇ」

　クスリと笑う。

「わたくしめはただぁ、庸一様の真っ直ぐな志を眩しく感じぃ、己の狭量さに恥じ入っていただけでございますためぇ」

「そ、そう……」

　嘘の感じられない言葉に、光がホッと安堵の息を吐いた。

「……嗚呼」

　そんな光を見て、菜々水は目を細める。

「今ぁ、ようやくぅ、理解致しましたぁ」

　何か、眩しいものでも見るかのように。

「貴女様がぁ、変わられたのはぁ」

　クスリと、小さく笑う。

「恋を、されているからなのですねぇ」

　尊いものを見つめるその表情に、あれだけ光の変化を拒絶していた姿はどこにもなかった。