第119話 光の決意

 光の恋に、気付き……だからこそ変わったのだと、語る菜々水。


「それはぁ、変わるはずでございますねぇ」


 ゆったりとした口調、そう続ける。


「前世の頃にはぁ、全ての人類の向けられていたぁ、貴女様の愛がぁ」


 なんとなく、どこか誇らしげにも見えるその表情。


「今やぁ、たった一人にだけぇ」


 そっと、庸一の方へと目をやって。


「向けられているのですからぁ」


 再び、目の前の光へと視線を戻す。


「ふっ……確かに」


 光が、納得したように笑う。


「私は前世の頃、人類を平等に愛していた……あぁ、本当に平等に」


 それが、『勇者』だったから。


「でも……今は、うん」


 一つ、頷き。


「私の愛は、とても不平等だ」


 少し恥ずかしそうに、はにかんだ。


「ですがぁ、それで良いのですねぇ。それがぁ、自由なのですねぇ」


「うん……それが、いいんだ」


 お互い通じ合った様子で、光と菜々水が微笑みを交わす。


 その後、どこか心地よい沈黙がしばらく続いて。


「………………えっ、と」


 それを破ったのは、気まずげに手を挙げる庸一だった。


「ようやく良い雰囲気になったとこで、こんなことを尋ねるのはすげぇ気が引けるんだけど……ただ気になっちゃったんで、一つだけ確認させてもらっていいかな……?」


 歯切れの悪さは、バツの悪さがそのまま表れているのだろう。


「もし、俺の勘違いだったら申し訳ないんだけど……今の話の流れ的に、さ」


 そっと、その視線が光へと向けられる。


「光って……その……」


 ごにょごにょと、歯切れの悪さは更に増していき。


「好きな、人……いる、のか……?」


 滅茶苦茶今更ながらの疑問を、口にする。


「えっ……?」


 それに対して、光は少しだけ驚いた様子を見せた。


「まぁそうじゃろうなとは思うとったが、まだそんなとこに疑問抱く段階だったんじゃな……」


「兄様ですもの」


 外野にて、黒が呆れ顔となり環が微苦笑しながら囁き合う中。


「……うん」


 光は、照れくさそうな顔で頷いて。


「いるよ、好きな人」


 庸一の目を真っ直ぐ見ながら、微笑んだ。


「ほぅ? どうせ日和るじゃろうと思うとったが……」


「まぁ、ここで否定してしまえば実質詰みですものね……思ったよりハッキリと言いましたわね、とは思いましたけれど」


 当人同士が真面目な顔をしている中、完全に他人事でコメントしている外野陣。


 一方で。


「あっ、ふーん? そうなんだ? へぇ? あぁ、まぁ、そうだよな。普通の女の子なんだもんな、好きな人の一人くらいはいるよな。うん、当たり前だ当たり前だ」


 庸一がどういう感情から言っているのかは不明だが、早口に捲し立てる様から滅茶苦茶動揺していることだけは事実と言えよう。


(……あれ?)


 そんな庸一を見て、光はふと思った。


(この反応……もしかして、普通に脈ある・・・んじゃない?)


 そう考えると、急に胸がドキドキしてくる。


(い、いや待て! これっていつもの勘違いパターンじゃない!? 環が前に言ってたことが確かなら、庸一にとって私は憧れのミュージシャン的立ち位置のはず……つまり、単に好きな芸能人の熱愛発覚に動揺しているだけ的なやつでは!?)


 頭の中の冷静な自分が、そう囁いてくる。


(そうだ、環の反応を見れば……!)


 今の庸一の反応が恋愛的なものであれば、環が激烈に反応しているはず……と、環に目を向けるも。


「何か?」


 環は、アルカイックスマイルで首を小さく傾けるのみ。


(くっ……判断がつかない! 今は、泳がせているモードなのか!? それとも、勘違いしている私を嘲笑っているモードなのか!? ……魔王の方はどうだ!?)


 続けて、黒の顔を見る。


「くふふ」


 しかし、黒もまたニマニマと笑うのみであった。


(駄目だ、こっちも判別がつかない……! ていうか魔王って確か庸一が過去に誰のことを好きだろうと最終的に自分を選べば構わんってスタンスだし、最初から当てにならないか……! くっ……どっちなんだ!? 脈は、あるのか!? ないのか!?)


 『アリ』『ナシ』の文字が脳内をグルグルと回り、知恵熱で目も回り始めていたところで。


「……いや、違う」


 ふと、光の頭の中でカチリと何かが噛み合うような感覚があった。


「違う……そうじゃないだろう、私。そのために、ここに来たんじゃないか」


 その表情は、完全に冷静さを取り戻したものである。


「今日はもう、決めてたじゃないか」


 そう……菜々水の一件で、頭から吹き飛んでいたが。


「言うんだ、って」


 今日の目的は、最初から『告白』だったのだ。


「ふっ……菜々水の件で色々あったせいか、逆に吹っ切れたような気がするな。なんだか清々しい気分だ」


 そう考えると、菜々水に感謝したい気持ちである。


「庸一」


 そして、想い人へと呼びかける。


「聞いて欲しい話があるんだ……うん。私の気持ちを、聞いて欲しい」


 ハッキリと決意を宿した顔で告げる、光に。


『………………えっ!?』


 黒と環、それに菜々水が少し遅れて驚きの声を発した。


「ま、まさか光さん……! 、いくんですの……!?」


「コ、コヤツ、正気か……!?」


「それは本当にぃ、勇気なのでございましょうかぁ……!?」


 それは、あまりに突然に思える光の決意に驚いたから……では・・なく・・


「ノーおパンティーですのに……!?」


「パンツ握っとるのに……!?」


「おパンツを手にしながらの告白はぁ、何かしらの刑法に抵触するのではございませんかぁ……!?」


 戦々恐々とする彼女たちの囁き声は、既に告白に向けて集中している光の耳には届かなかった。





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申し訳ございません、次回更新は1回スキップして7/24(土)目処とさせてください。

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