第112話 心を乱せ
一瞬の魔力切れの隙を狙われ、『聖炎』によって身体の自由を奪われた環と黒。
「これでぇ、わたくしめの邪魔を出来る方はぁ、誰もいらっしゃらなくなりましたぁ」
菜々水は勝ち誇るでもなく、ただ淡々と事実を語る口調でそう告げる。
「……最初から、これが狙いでしたのね」
「はいぃ。貴女様方の妨害がある中でぇ、『聖炎』の
睨みつける環の視線を意に介した様子もない。
「光さんを逃したのも、わざとだと?」
「いぃえぇ、それは流石に計算外と申しますかぁ。魔力量勝負という貴女様の戦法を前にしてはぁ、そうせざるを得なかっただけでございますぅ」
「……ならば、大局的にはやはりこちらの勝利ではないか? もはや天ケ谷は、お主の視界の内には現れんようにするじゃろ」
「んふふぅ」
黒の言葉に、ニンマリと嬉しそうに笑う菜々水。
「わざとでこそないもののぉ、なぜあっさり見送ったとお思いでぇ?」
「……まさか」
「失礼ながらぁ、いくらなんでもぉ? 即席の解呪魔術如きでぇ? 『聖炎』の全てを除去出来ると思われるのはぁ、心外でござますぅ」
嫌な予感を覚える環を前に、菜々水は笑みを深めた。
「未だ、『繋がって』おりますればぁ。この距離でもぉ、勇者様を
「……ですが、その難易度は距離と正比例して極度の集中力を必要とするはず」
そう指摘しながらも、環は表情に焦りを滲ませる。
(マズいですわね……『聖炎』、思ったよりも
差し当たり、現状で取れる手段を検討。
「魔王、出来るだけこの方の心を乱すようなことを言って時間を稼ぐのです! 有効射程範囲がどれくらいかは不明ですが、光さんの足ならそう遠からず抜けられるはずでしてよ!」
「無茶振りが過ぎるのぅ……!? 」
そして、それが最善……というか、他に取れる方法がないと判断した。
「じゃが確かに、口しか動かぬ今出来るのはそれくらいか……!」
苦笑を浮かべた後、黒も決意の表情となる。
「えーと……ば、バーカ、じゃ!」
「貴女、舐めてますの!?」
少し思案した様子を見せた後に出てきた黒の言葉に、環が吠えた。
「そちら系統で攻めるなら、せめて……『ピーッ』! 『ピーッ』! 『ピーーーーーッ』! 『ピーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ』! 『ピーーーッ』! くらいはおっしゃいなさいな!」
「お主、放送コードに引っ掛かる言葉を口にするのに躊躇なさすぎじゃろ!?」
放送出来ない罵声語を連発する環に、黒が驚愕の目を向ける。
「じゃ、じゃが、これなら流石に多少は心も乱されよう……」
次いで、希望を宿した視線を菜々水に向けた。
「はぁっ……! 勇者様の存在を感じますぅ……!」
だが、薄目になった菜々水には環の言葉が届いている様子さえない。
「……奴の気を引くには、やはり天ケ谷関連のことを喋るのが最適なのではないかえ?」
その様子から、黒はそう判断したようだ。
「なるほど、光さんの面白エピソートということですわね!」
「別に面白である必要はないと思うが……」
「……? 光さんに、面白以外のエピソードなどございまして?」
「コヤツ、なんと澄んだ目で言い切りよるんじゃ……」
キョトンとする環に、黒は畏怖の目を向けていた。
「それでは、とっておきの光さんエピソードを披露しましてよ!」
一方、環は自信満々の表情でそう宣言する。
「先日、授業中に光さんが居眠りしていましたの。それで、寝言で何と言ったと思われます? 『むにゃむにゃむにゃむにゃスフレ』ですって! そこまで何を言っているのか全く聞き取れなったのに、『スフレ』だけめちゃくちゃハッキリとした発音でしたの! ほほほ、おかしいでしょう? ほほ、思い出したらまた笑えてきましたわ! ほほほほほほほほ!」
「前から薄々思うとったが、お主って割とセンスが独特じゃよなぁ……」
一人笑う環に、黒が半笑いを浮かべた。
「さぁこの爆笑エピソード、集中力を乱さずにはいられませんでしょう!」
引き続き、環は自信満々であるが。
「勇者様ぁ、徐々に
菜々水には、一切届いた様子がなかった。
「くっ……まさか、これで乱れないとは……なんという精神力なのでしょう……」
「妾的には、『案の定』以外の言葉がないのじゃが」
「そう言うなら、魔王がやってみなさいな!」
「ふむ……よかろう」
そう返答した後、黒は少しだけ思案した様子を見せ。
「以前、ヨーイチと共に天ケ谷の家に行った時の話なのじゃが……」
「ちょ、ちょっとお待ちなさい魔王! 兄様が光さんの家に!? そんなの初耳でしてよ!?」
「まぁ、お主が転校して来る前の話じゃからな」
「詳細を求めます! 事の経緯からお話しなさい!」
「お主、いくらなんでもこの場面でブレが無さ過ぎんか!?」
なんてやり取りも我関せずで、菜々水は焦点の合わない恍惚の表情で『聖炎』を揺らめかせていたのだが。
『……え?』
その背後から忍び寄る人物の姿を目にして、環と黒の疑問の声が重なった。
「しーっ」
件の人物は口元に人差し指を当ててそう言いながら、スマホ片手に菜々水の後ろに立ち。
「去年、文化祭でメイド喫茶をした時の光」
「んほぉ! メイド服の激レア勇者様でございますぅ!?」
菜々水の目の前にスマホを持っていくと、一瞬で菜々水の目の焦点が合った。
「はぁっ……少し際どいスカートも素敵でございますぅ……!」
「ちなみに、ロングスカートバージョンもあるぜ」
「はわわわぁっ! 清楚可憐でございますぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
「これは、女子が悪ふざけして着せたら滅茶苦茶しっくりきちゃった執事服」
「はわぁっ……! 新機軸ぅ……! 新たな扉が開かれましたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「光もふざけて顎クイとかしたら、女子同士でマジ恋が始まりそうだった」
「わたくしめにもぉっ……! わたくしめにもぉぉぉぉっ……! い、いえぇ、それは恐れ多くございますねぇ! わたくしめはぁ、ただただ勇者様の周囲を漂う空気ですがゆえぇっ……! ただただ素敵な構図に、昇天する想いでございますればぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「次は、この写真を撮ってるのがバレた時のやつ」
「少し怒った風でありつつも照れ照れなところが最高でござますぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
「でも、この後でちゃんとポーズも取ってくれたんだ」
「萌え萌えキュンにございますねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
彼女の意識は完全にスマホの画面に釘付けとなっており、『聖炎』もほとんど引っ込んでいる。
そして、そのスマホを操作する人物は。
「……兄様」
最初の『聖炎』で一般人と共に無力化されたと見なされていた庸一であった。
「なぜ……なぜですか……!? なぜなのですか……!?」
庸一を見る環の目は信じがたいものを見ているかのように大きく見開かれ、声も動揺に震えている。
「なぜ……!」
そして。
「なぜ、光さんの写真をそんなに撮ってらっしゃるんですのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」
「お主の第一声、ホントにそれでえぇんか?」
血を吐かんばかりの環の叫びに、黒が率直な感想を述べた。
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