第110話 VS勇者
『聖炎』の真の力が、『洗脳』であると環は語り。
「なんと……! つまり、ここにいる全員が……?」
呆けた様子で立ち尽くす人々の間を駆けながら、黒は驚愕の表情を浮かべていた。
「そういうことになりますが、それはどうでも良いのです」
しかし、環は冷めた口調でそう断ずる。
「どうでも良いてお主……」
「恐らく、それは
獣道を駆け上がりながら、環はそう述べ。
「お察しの通りでございますぅ!」
朽ち果てた神社へと辿り着いた環と黒を歓迎するかのように、、菜々水は両手を広げて待ち構えていた。
「わたくしめの『聖炎』はぁ! 万が一ぃ……億が一ぃ……兆が一ぃ……否ぁ、本来ありえぬことではございますがぁ! もしも
一方の光は、環たちに背を向けたまま……かと思えば、ゆっくりと振り向いてくる。
「完っ全ん!
菜々水に両手で指し示される光の目は、どこか虚空を見つめているかの如く虚ろなものだった。
「超特化型ゆえ、対象にだけは埒外の威力を発揮するということですのね……!」
「はいぃ! 勇者様を除けばぁ、少しでも魔術耐性がある相手には一ッミリも役に立たずぅ! 前世ではぁ、終ぞ一度も使うことはございませんでしたぁ!」
「勇者馬鹿だとは思っておりましたが、ここまでだったとは……!」
光の様子を見て、環が歯噛みする。
「しかし特化っちゅーが、他の者も普通に影響受けとったよな……?」
「魔力もない一般の方なら、余波を浴びる程度で十分ということでしょう」
「……っちゅーことは、ヨーイチも?」
「残念ですが……その可能性が高いですわね」
小声で確認し合う黒と環。
「お主の魔法的なやつで、洗脳を解くことは出来んのか?」
「『聖炎』は、秘奥中の秘奥……わたくしとて、すぐに対応するのは難しいと言わざるをえません」
「……ならば」
ふと、黒が何かを思いついた表情となった。
「
すなわち、ツッコミへの欲求による自我の浮上。
「……それもまた、難しいと言わざるをえないでしょう」
だが、ゆっくりと環は首を横に振る。
「なぜじゃ? 妾が言うのもアレじゃが、アヤツのツッコミ魂も妾に負けず劣らぬものじゃと思うが?」
「はい、光さんのツッコミ魂は確かなもの。それは間違いございません。ですが……」
そこで少し間を空け、環は口惜しげに握っていた拳から人差し指を立てた。
「光さんという最大のボケ要員が欠けてしまっている以上、ボケ力が圧倒的に不足しておりましてよ!」
「チィッ! そうじゃったわ!」
ズビシと光を指す環の意図をようやく察し、黒も顔を歪める。
「わたくしたちのボケなど、所詮はまがい物……!」
「本物の珍妙さには遠く及ばぬ……!」
二人、無念に顔を俯ける中。
「……メーデン」
光が、口を開いた。
「先程から、何を珍妙なことを言っているんだ?」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!? 光さんから真顔で珍妙扱いされるとか、二度の人生を通じて最大の屈辱なのですがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
平静な口調で言う光に対して、環は血走った目で吠え。
「……って」
次いで、素の表情に戻る。
「喋った……? 『聖炎』に出来るのは、意思を奪って身体を操ることまででは……?」
「はいぃ、そこも勇者様専用カスタムですがゆえぇ」
環の疑問に、菜々水が嬉しそうに答えた。
「それに……そこにいるのは、まさか魔王か? なぜ君が魔王と……?」
「……これは」
徐々に目のピントが合っていく光の言動から、環は何かを察した表情に。
「わたくしめはぁ、
そう言いながら、菜々水は光をうっとりと見つめる。
「やはりぃ、
至近距離で喋っているにも関わらず、光には菜々水の声が届いている様子もなく。
「メーデン、まさか魔王に洗脳されているのか……? 君ほどの魔術師が……」
光は、静かに闘志……否、殺意を燃やすのみ。
「おのれ、卑怯なり魔王……! 私一人でどこまでやれるかわからないが、刺し違えてでもお前を倒してみせよう! 破魔の力よ、我が拳に!」
「っ! お待ちなさい光さ、いえ、エルビィさん!」
環の声に反応することもなく、光がグッと沈み込むように足へと力を込めた。
「避けなさい、魔王!」
「は?」
環の必死の叫びに、しかし未だ黒の危機感は薄く……ゆえに。
「はぁっ!」
「っ!?」
地面を爆発させるかの如き光の踏み込みを前に出来たのは、ヒュッと短く息を吸うことだけだった。
(これ、死っ……!?)
直感的に、そう悟る。
死を間近に感じたがゆえか未だ魔力で目が強化されているがゆえか、辛うじて光の動きを視認することは出来たが……それだけ。
身体は、ピクリとも動かない。
……かに、思われたが。
「我が力よ」
口と右手が、
「押し潰せ」
引き続き、口が勝手に動く。
「むっ……!」
光が後ろに大きく跳び退ったかと思えば、一瞬前まで光がいた場所に巨大なクレーターが生じた。
その様は、まるで見えない巨大な拳で地面を殴りつけたかのよう。
そこまで認識して、黒はようやく状況を理解した。
(助力には感謝するが……今のが当たっとったら、天ケ谷が死んどるじゃろが! 加減せんか!)
そして、
「ふむ……加減か。出来なくもないが……」
自身の目が勝手に動き、光の姿を捉える。
「アレを相手に半端なことをしておると、死ぬぞ?」
それはつい今しがた、黒もその身を以てこの上なく理解した。
(……じゃとしても)
それでも。
(我が友を傷つけることは、許さぬ)
ハッキリと、己の意思を貫く。
「くははっ」
自身の口が、勝手に笑い声を上げた。
「……貴女、もしや」
そんな様を呆然と眺めていた環が、ハッと我に返った様子を見せる。
「魔王……エイティ・バオウが表に出てますの!? あぁもう、次から次へと! わたくしの二度目の死に場所はここかもしれませんわねぇ……!」
「案ずるな」
頭を抱える環に、尊大な声が返した。
「
「ま、まさか協力してくれるということですのっ?」
魔王の言葉に、環は目を見開き裏返った声で尋ねる。
「魔術においては妾と互角の腕を見せた貴様じゃ、出来ぬとは言わせぬぞ?」
「あぁもう! 会話が成り立ちませんわねぇ!?」
ニマリと笑う魔王に対して、環は苛立たしげにガリガリ己の頭を掻いた。
「ですが!」
それから、表情を引き締める。
「そういうことなら、感謝致します! わたくしは、わたくしの役割を果たしましてよ!」
「うむ」
こうして環は、かつて対峙した宿敵と肩を並べ。
「メーデン……せめて君だけでも、救ってみせよう!」
かつて肩を並べた戦友と、対峙した。
「ちなみにじゃが、アレは別に倒してしまっても構わぬのだろう?」
「もちろん構いませんことよぉ!」
「構わんことはなくないかえ!?」
プラス、ツッコミ一名。
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