第103話 デートの表・裏

「いやぁ、面白かったなぁ」


 映画館を出た庸一は、晴れやかな表情である。


「まさか、途中で出てきたエイリアンの子供と落ち武者が最後に繋がる伏線だったとは……なっ?」


「え? う、うん。あれは感動的なシーンだったよね」


 水を向けてくる庸一に頷きながらも、光は内心疑問を覚えていた。


(おかしいな、手を繋いだはずなのに何のリアクションもない……ははーん? さては……)


 実のところ、光が握っていたのは環が使役する霊の手だったのだが。


(照れ隠しで、あえて普通に振る舞ってるんだな!)


 明かりが点いて庸一が立ち上がると同時に霊が消えたため、光はその存在に気付いていない。

 普段であれば実際に触れておきながらこの見落としはありえないのだが、それだけ光がこの『デート』に浮かれている証左と言えよう。


「さて……カフェも映画も終わったけど、どうする? 解散するか?」


「あ、いや、実はもう一つ行きたいところがあって」


「ザリガニ釣りか?」


「それはもういいって……」


 冗談めかす庸一に、光は苦笑する。



   ◆   ◆   ◆


 もちろん、そんな二人を遠くから見つめるは四対の瞳。


「……今のもボンッ、かえ?」


「いえ、別に?」


「ほぅ?」


 これまでと同じパターンかと思いきや否定され、黒は片眉を上げる。


「仲良く映画の感想や冗談を交わすなど言語道断、などと言うかと思うたが」


「ほほほっ、嫌ですわ魔王ったら。そんな程度でボンッしようとする方なんているわけないではありませんの」


「いたんじゃよなぁ……さっきまで妾の目の前に……」


 自分のことを全力で棚に上げる環に、黒は半笑いとなる。


「むしろ」


 しかし実際、今までと違って環はスッキリとした表情だった。


「進展があったと一人浮かれているであろう女のおめでたい思考を想像しながら眺めるだけで、ご飯三杯はいける気分ですわぁ!」


「お主、マジで恋愛が関わると性格最悪じゃよな……」


 とはいえ環の機嫌が良いに越したことはないので、とりあえず放っておくことにした黒である。



   ◆   ◆   ◆



「動物園とは、正直意外なチョイスだったな」


「そうかな?」


 入園ゲートをくぐりながら、庸一と光はそんな会話を交わしていた。


「これで、前世の頃から動物には好かれるタチなんだけど……前世じゃ、動物と触れ合う機会なんてほとんどなかったろう?」


「まぁ、野生動物も普通に警戒対象だったしな……旅をしてりゃ、触れ合えるのなんてせいぜいが馬くらいか?」


「うん。だから、平和の象徴みたいなこの空間が好きなんだ」


「なるほどな」


「あっ、触れ合いコーナーだ! 行ってもいいかなっ?」


「あぁ、もちろん」


 声を弾ませる光が指差す先へと足を向ける。


「おぉっ、ウサギさんと触れ合えるのか!」


「早速何匹か寄ってきたな」


「よしよーし、良い子だねー」


 しゃがみ込み、光は近寄ってきたウサギをそっと抱き上げた。


 すると、もう一匹のウサギがピョンと跳ねて光の腕の中に飛び込む。


「ははっ、自分も抱っこしってほしいってさ」


「こらこら、順番だぞー?」


 最初、そんな光景をを微笑ましく見守っていた庸一だったが。


 ピョン。


 ピョン。


 ピョンピョン。


 ピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョンピョン!


 触れ合いコーナー中のウサギが大挙して押し寄せ、光に群がっていく。


「ちょっ、流石にこんなには無理……! タ、タッケテー!」


「ウサギの群れに襲われてんな……」


 ついにはウサギに埋まって手しか見えなくなった光から、庸一が苦笑しながらウサギを引き離していく。



   ◆   ◆   ◆



「……あれもお主が操っておるのか?」


 そんな光景を遠目に指差しながら尋ねれば、環は首を横に振る。


「わたくしが操っているのなら、あんなヌルいアタックではなく頸動脈を狙いにいきますわよ」


「視点が暗殺者じゃな……」


 軽く肩をすくめる環に、黒は半笑いを浮かべた。


「……魔王」


 そんな黒へと、環は何か思うところがありそうな目を向けた。


「なぜ貴女の時は妨害しなかったにも拘らず今回は妨害しているのか、疑問に思っているという顔ですわね?」


「そんなに顔に出ておったかの?」


 そう言いつつも、黒はポーカーフェイスを保つ。


「貴女の時とは、状況が異なります」


 他方、庸一たちの方に視線を戻す環の表情にも変化はなかった。


告白後・・・の妨害など、むしろ不確定要素を増すだけ。ですから、密かに藁人形するに留めておいたのです」


「出来ればその手前で留めておいて欲しかったんじゃよなぁ……あと、お主らの業界では藁人形に釘を打ち付ける行為を『藁人形する』っちゅーんか……?」


「それに……実際問題。フラグという言葉はともかくとして、一緒に出かけたりして親密度を高めていくという光さんの行動は正攻法です。そして……『勇者』は、正攻法に滅法強い。好感度稼ぎを下手に放置すると危険ですもの」


「ふむ……?」


 黒も頷きはするが、今の話にはどこか語られてていない部分があるように感じられた。


「……と、いうのは建前かもしれませんわね」


 環が、フッと小さく笑う。


「魔王も、薄々気付いているでしょう? わたくしの愛は、少々歪んで・・・おりますの」


「うむ、濃厚に気付いておるし盛大に歪んでおると思っておるぞ」


「だからこそ、わたくしは光さんの真っ直ぐさが恐ろしく……」


 光を見る環の目には。


「愛おしくも、あるのです」


 確かに、友愛の色が宿っているように見えた。


「ま、好きな子にイタズラしちゃう心境の亜種のようなものですわねぇ」


 そう言いながら、環は肩をすくめる。


 もしかすると、それは。

 光に庸一を取られることを危惧しているだけではなく……庸一に光を取られてしまう・・・・・・・・・・・ことに対しても、ほんの少し嫉妬のような感情があるということなのか。


「ゆえに! 好感度継続、もしくは今以上に下げた状態での告白に光さんを導くべく暗躍するのですわぁ!」


「結論がガチ過ぎて普通にドン引きなんじゃが?」


「ふふっ……ですから申しましたでしょう? わたくしの愛は少々歪んでいる、と」

 

 と、環はウインク一つ。


「うむ、まぁ……うむ……えっ、ちょい待てお主、まさかとは思うが今のを『ちょっとした小悪魔系のエピソード』的にまとめたとでも思うておるのか!? 流石にそれは無理筋が過ぎるぞ!?」


 結局のところ、環がどこまで本気で言っているのか計りかねる黒であった。



   ◆   ◆   ◆



 その後も、動物園でしばらく過ごし。


(なんだかんだ、今回はかなり距離を縮められたんじゃないか……!?)


 確かな手応えを感じる光。


「チィッ! 結局ボンッ出来ませんでしたわね……!」


 悔しげに爪を噛む環。


「お主、結局ボンッしたかっただけなんじゃないかえ……? ちゅーかこれ、妾は一日何を見せられとったんじゃ……?」


 徒労感に苛まれた感じの黒。


「いやぁ、今日楽しかったな!」


 普通に楽しんだ様子の庸一と、四者四様の様相を呈することになった『デート』なのだった。

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