第104話 フラグ、立つ

「恥を忍んで、みんなにお願いがある」


 夏休み中、一同を呼び出した光はそう話を切り出した。


「お主にまだ忍ぶ恥とかあったんじゃな」


「とっくに恥なんて概念捨て去っているものだと思っていましたわよね」


「君たちは私のことを何だと思ってるんだ!?」


『珍妙な女』


「一瞬の躊躇もなく声が揃うほどの共通認識なの!?」


 叫んだ後、光は自分を落ち着かせるために小さく深呼吸。


「夏休みの宿題を、手伝ってほしいんだ」


 そして、改めて本題を切り出した。


「何かと思えば、そんなことですの?」


「お主、もっと恥じるべきものがあると自覚するが良いぞ」


「ははっ……宿題を計画的に進めようとするの、ちゃんとしてて偉いな」


 つまらなそうな表情となる環と黒、庸一だけが苦笑気味にフォローしてくれる。


 このようなリアクションも、予想済みだ。


 実のところ、光の目的は宿題を手伝ってもらうことそのものではない……手伝ってもらわなければだいぶ困ったことになるのも事実ではあったが。


(ふっ……環と魔王はわざわざ自分から私に教えようとはしないだろうし、今回も庸一が私に教えてくれる流れになるのは必然。まずは、こうして日々の小さなイベントからフラグを立てていくんだ……!)


 という魂胆なわけである。


「そんじゃ、学校行くか。緩い方の自習室ならクーラーも効いててちょうどいいだろ」


 進学校である小堀高校には、自習室が二つ存在する。


 元は単純にキャパの問題で二つ作られたそうだが、いつの頃からか『厳しい方』『緩い方』という呼ばれ方で区別されるようになったそうだ。

 『厳しい方』が私語厳禁な一方、『緩い方』は過剰に煩くしなければ会話も許される雰囲気なのである。


「わたくしは、兄様の方針に従うまでです」


「妾も別に構わんぞ」


 環と黒も頷き、学校に行くことが決定する。


「感謝する、みんな!」


 笑顔で礼を言う裏では、「絶対にフラグを立ててみせる……!」という決意を漲らせている光であった。



   ◆   ◆   ◆



 そうして、学校を訪れた一行だったが。


「おっと、こんなところで奇遇だね?」


 校門を通ったところで、聞き覚えのある声。


「っ!? 来い、天光ブレード!」


 声の主の顔を見た瞬間、光は木刀を呼び出し臨戦態勢となる。


「やっ、ボクだよ」


「貴女は……」


 そんな光を気にした風もなく、親しげに手を振る少女は……。


「……どなたでしたかしら?」


「いやそれ絶対覚えてるやつ! ていうかそのネタはもういいよ!」


 フィフル・サシナこと浦紫央里のリアクションに、環はポンと手を叩いた。


「あぁ、光さん方向の方でしたわね」


「その不本意な呼び方もやめていただきたいんだけど!?」


「私の名前から即座に不本意な呼び方だと判断するのはどういうことなんだ!?」


 瞬く間に、光へと延焼していく。


「アンタ……ウチの制服なんて着て、今度は何を企んでるんだ? まさか、こんなところでやり合う気じゃねぇだろうな?」


「んぅっ……! 相変わらずの寒暖差ぁ……!」


 真剣な表情で尋ねる庸一に、紫央里は呻いた後に小さく深呼吸。


「企んでるなんて心外だなぁ、センパイ・・・・方?」


 イタズラっぽい表情を顔に戻し、クスリと笑った。


「もしかして……マジで、小堀高校ウチの一年なのか……?」


「そういうこと。生徒手帳も見るかい?」


 未だ警戒を解かないままの庸一に、紫央里はウインクを送る。


「あっ、ちなみに企みとか何もないっていうのもホントだよ? もう魔王様の復活も望んでないし」


「そうなのか……?」


 眉根を寄せる庸一だが、確かに少なくとも表面上敵意の類は感じられなかった。


「センパイ方を見かけたからちょっとご挨拶を、と思っただけ」


 頭から信じたわけではないが、庸一も一旦警戒レベルを少し落とすことにする。


「しかし、同じ学校だったとは……」


「私の方は、記憶を取り戻す前からセンパイ方のこと知ってたけどね」


「そうなのか?」


「『厨二ーズ』の方々は、たぶんこの学校で知らない人がいないレベルだと思うよ?」


「ぐむっ……」


 思った以上に広まっているらしい悪名に、庸一としては呻くしかない。


「私までその珍妙なくくりに入れるのはやめてもらいたいんだが……」


 他方、光はげんなりとした表情で物申す。


「おや? むしろ天ケ谷光については、魂ノ井環と同レベルで最も珍妙な女だと伝え聞いているけれど?」


「心外にも程があるんだが!?」


「わたくしの方こそ心外なのですけれど」


 叫ぶ光の隣で、環が迷惑そうに眉根を寄せた。


「いや百歩譲って、このメンツからの印象ならわかるよ!? 私もまぁ、色々やらかしてるからね! 環はこれで意外と常識人なところもあるしさ!」


 光の猛抗議は続く。


「でも、対外的にはさ! 絶対私の方がまともじゃないか! 環は、所構わず兄への愛を叫ぶ女なんだよ!? しかも、その相手は実のところ兄でもないときたもんだ!」


「えー? でも、君だって所構わず木刀とか帯刀してるし」


「んんっ……困ったな、ちょっと否定しきれない客観的な事実が来ちゃったぞ……!?」


 手にした木刀を指さされ、光がぐぬぬと呻く。


「光さん、いい加減お認めなさいな。貴女は珍妙な女なのです」


「一度認めれば楽になるであろうぞ?」


「なぜ優しい笑みを向けてくるんだ……!」


 とそこで、光はハッと何かに気付いたような顔となった。

 そして、勢いよく庸一の方を見る。


「ま、まさか……庸一まで、私のことを珍妙な女だと思っていたりはしない……よね……? 私は珍妙な女じゃないよね? ね?」


 恐る恐るといった様子で尋ねてくる光に対して、庸一は。


「………………はい」


「声ちっちゃ!? めちゃくちゃ間が空いたし目ぇ逸らしながらし、それくらいならもう普通に珍妙な女だってハッキリ言ってくれないかな!?」


 庸一の答えに、光は頭を抱えた。


「いや、ほら、良い意味でだぜ? なんか女の人って、『面白ぇ女』とか言われるの好きみたいじゃん?」


「それは私の場合とは意味合いが違うんだよねぇ! 私、インタレスティングな女じゃなくてファニーな女だと思われてるもんねぇ完全にぃ! あと庸一は、『良い意味で』って言葉を過信しすぎてると思う!」


 光、だいぶ涙目である。


「もうこの際だ、全部言っちゃって欲しい! 庸一は私のことをどう思っているんだ!?」


「えーと……」


 迫ってくる光に圧倒されながら、庸一は苦笑気味に頬を掻く。


「まぁ、その、面白いところはあるよな」


「微妙な言い回しの気遣いが余計に私を傷つける……!」


「でも」


 そして、それを微苦笑に変化させた。


「優しくて、正義感が強くて、真っ直ぐで、格好良くて……素敵な女の子でもあるってこと、ちゃんと知ってるから」


 これを直接伝えるのは、流石に恥ずかしったけれど。


「俺の、憧れの人だよ……前世の頃から、ずっと」


 以前……『前世の頃に』憧れていたと伝えた時より、もう一歩踏み込んだ言葉を口にした。


「庸一……」


 光の目に、先程までとは違った種類の涙が浮かぶ。


「えへへ……ありがとう、そんな風に言ってくれて嬉しいよ」


 こうして、チョロチョロしく機嫌を治した光である。



   ◆   ◆   ◆



 そして、その内心では。


(っしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!)


 天に両手を掲げる己の姿をイメージしていた。


(立った! フラグが立った! むしろ今のとか、ワンチャン告白判定でもいいんじゃないかな!?)


 と、喜色満面なのだが。


 光は、気付いていなかった。


 私のことどう思ってる? という本来告白に次ぐレベルのカードを、珍妙な女だと思われているかどうかの確認で切ってしまったという事実に。



   ◆   ◆   ◆



 そんな光を、半笑いで眺めていた黒だったが。


 ──ボンッ!!


「ふぁっ!? 魂ノ井、お主ついにボンッしおったな!? 今のはボンッのラインを超えおったというか!?」


 突如何かが燃え上がるような音が響き渡り、真っ先に環の顔を見る。


「失礼ですわね、今のはわたくしのボンッではありませんわよ。光さんも、別段燃え上がってございませんでしょう?」


「む、言われてみれば……」


 確かに、デレデレと浮かれ顔を浮かべる光に危害が加わった様子はない。


「まぁ、ボンッしそうになったのは事実ですけれど……今のボンッは、あちらで燃え上がっている方のボンッでしてよ」


「は……?」


 環が何を言っているのかわからないまま、黒は環が手の平で指した方に目を向ける。


 すると。


「ちょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉい!? マジで人が燃え上がっておるではないか!?」


 見知らぬ女子生徒の全身が燃え上がっている様が見えて、思わず叫んだ。


「きゅ、救急車! いや、先に消防車か!? や、消火器を探しに行くべきか……!」


「少し落ち着きなさいな、魔王」


「落ち着いておる場合かや!? お主、マジで他人の命とかどうでもえぇと思っとるんか!?」


 珍しく取り乱した黒が、環へと詰め寄る。


「その問いに対しては肯定を返しますけれど……とはいえさしものわたくしも、マジの人体発火だったらちゃんと対応致しますわよ。ほら、よく御覧なさい」


「んあ……?」


 再度指し示され、やや間抜けな相槌と共に黒は再び女子生徒の方へと目を向けた。


「明らかに、普通の炎とは異なりますでしょう?」


「む……? た、確かに……?」


 全身が炎に包まれていながら、女子生徒は呆然とした表情で佇んでいるだけで少しも苦しんでいる様子はない。


 というか、そもそもそんな状況を詳細に確認出来ること自体がおかしいのだ。

 炎は僅かに青みを帯びた半透明のもので、確かに普通の炎とは異なるものであるようだ。


「『聖炎』、か……久々に、嫌なものを見てしまったね」


 紫央里が、苦笑気味に肩をすくめる。


「あれは、魔術の一種。自身を傷つけることはございませんわ」


 一方の環も、そうは言いつつ何か思うところがありそうな表情だった。


「ゆ……」


 そんな中、当の女子生徒が小さく口を開く。


 彼女の表情は、何か信じがたいものでも見たかのようで。


 その目から、つぅと涙が流れ出した。


 そして、今度は大きく口を開き。


「勇者様ぁっ!!」


 肺腑の空気を全て吐き出したかのようなその大声が、ビリビリと大気を震わせた。


「ん……?」


 ここに来てようやく、唯一ボンッに反応することもなく浮かれ顔をキープしていた光も女子生徒の方に目を向ける。


「……貴殿は」


 そして、少しだけ目を見開いた。


「パナシィ・イーヴ殿か!? 勇者教、大司教の!」


 天ケ谷光のイベントフラグ……オン。

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