第100話 フラグ立てたいガールVS絶対フラグ折るマン

 庸一との間にフラグが立っていない問題。


 問題認識自体が正しいのかはともかくとして、その問題に対して一晩考えた末に光が出した答えは。


「庸一、私とのフラグを立ててほしい」


 と、どストレートに伝えることであった。


 元とはいえ、勇者の身。

 小細工は弄さず正面突破というわけである。


 なお、他に何も案が浮かばなかっただけとも言う。


(さて、もはや告白とも取れる私のこのアクションに対して環は……)


 光は、チラリと環の様子を伺う。


「………………」


 だがどうやら静観する構えのようで、少なくとも現時点で邪魔をしてくるようなことはなさそうだった。


(やっぱり……私のことは、『泳がせている』んだな)


 昨夜、環本人から聞いた通りの戦略。

 それに乗ることになるとわかってはいても、動かねば状況が動かないというのも確かな事実だ。


 だが、光は気付いていない。


 環はそもそも光のこの言葉を告白どころかアプローチとしてすら認識しておらず、「また珍妙なことを言ってますわね?」とでも言いたげな目で見ているだけであることを。


 一方で。


「フラグ……?」


 庸一は、一瞬不思議そうな表情を浮かべたものの。


「あぁ、わかった」


 すぐに、微笑んでそう返した。


「ホントに!? いいの!?」


 ぶっちゃけすんなり通るとは思ってなかった光は、大きく目を見開く。


(えっ、ていうかこれ、もしかして私の告白に対してオーケーってこと……!? 私ちゃん大勝利の流れなのか……!?)


 ドクンドクンと、心臓が大きく高鳴っていく。


 が、しかし。


「黒」


『ん?』


 なぜか黒に水を向けた庸一に、光と黒の声が重なった。


「光主演の映画を撮ってやることって、出来ないかな?」


「んんっ……?」


 続いた言葉に、光はますます首を捻ることになる。


「別段、構わんが……とりあえずハリウッドのスタジオでも押さえれば良いか?」


「早い早い早いデカい! 話が早すぎる上にデカい! 魔王、君のその理解の良さは何事だ!? えっ、なぜスマホを取り出す……?」


「Hello? This is sh妾じゃe. ah……」


「怖い怖い怖い! どこに電話してるんだ!?」


「まぁ、冗談じゃが」


「君が言うとシャレにならないんだよねぇ!」


 というか恐らく、やろうと思えば本当に出来るのだろう。

 暗養寺家とは、そういう存在である。


「ちゅーかヨーイチよ、なにゆえ急に映画っちゅー話になったんじゃ?」


「そ、そうだ庸一! なぜそんな話に!?」


 次いで、二人で庸一に疑問をぶつけた。


「や、つまり光は自分がイベントの主役になってみたいって話なんだろ? だったら、映画でも撮ればその欲求も少しは満たされるんじゃないかと思ってさ」


 どうやら、昨日の光の話をそんな風に理解していたらしい。


「お気遣いは嬉しいんだけど、微妙に認識がズレてるんだよなぁ……!」


 小声で言いながら、光は悔しげに拳を握る。


「……あぁ、なるほどな」


 そんな光を見て、庸一は何かを察した様子であった。


「やっぱ、作り物の思い出じゃ虚しいもんな。そんじゃ、不良退治にでも行くか? 夏休みは浮かれてる奴が多いから、ちょっと探すときっとすぐに沢山釣れるぞ~」


 特に察せてはいないようであった。


「ちょっと惹かれるところがあるのは否めないけど、今回はもうちょっとバイオレンスじゃない方向がいいんだよねぇ……! 例えば……」


 例えば……とは言ってみたものの、具体的なアイデアは浮かばず。


「……一緒に遊びに行くとか?」


 結局、そんなフワッとした提案となった。


「それはいつもやってるじゃんか」


「じゃなくてぇ……!」


 ムムムと、光は一瞬躊躇する。


 だが、しかし。


(ここは……踏み込む!)


 己の胸の内で、勇気を奮い立たせた。


「よ、庸一と……君と二人きりで遊びに行きたいんだっ!」


 そして、早口で言い切る。


「俺と二人で……?」」


 一瞬、怪訝そうな表情になる庸一。


「あぁ、もちろんいいぜ」


 だが、すぐに何かに納得した様子で頷いた。


「虫取りか? 秘密基地でも作るか? それとも、ザリガニとか釣っちゃう?」


「なんでそんな小学生男子が遊びに誘ってきたみたいな対応なんだ!? 高校生の男女二人がザリガニ釣ってる絵面とかシュールすぎるだろう!」


 謎のお誘いに、光は思わず叫ぶ。


「や、環と黒は一緒じゃないっていうからてっきりそういう方向かと」


「確かに二人はそういうのしないと思うけどぉ……! 私だってしないんだよねぇ……!」


「兄様、わたくし兄様とでしたら喜んでザリガニも釣りましてよ! 近所のドブ川も、兄様と一緒なら素敵なオーシャンビューに早変わりですわぁ!」


「ふむ……ザリガニを、釣る? よくわからん遊びじゃな。一度やってみようではないか」


「君たちの方は食いつかなくていい!」


 横から口を出してくる二人に対して、しっしっと追い払う仕草。


「そういうのじゃなくて……もっとこう、おしゃれなカフェでおしゃべりしたり……映画見たり……おしゃれなカフェでスイーツ食べたり……あと……おしゃれなカフェでなんかしたり……」


「おしゃれなカフェ以外の持ち札が壊滅的に少ないですわね」


「その少ない持ち札も、めちゃくちゃイメージがフワッとしておるぞ」


 懸命に絞り出した光の案に対して、二人がそうコメントする。


「でも、そういうとこならそれこそ普通に女友達と行った方が……」


 言葉の途中で、庸一は「あっ」と何かに気付いたような声を上げた。


「あぁ、わかったよ……付き合うから、一緒に行こうな」


「今、何を察した!? 一応言っておくけど、一緒に行ってくれる友達がいないからってわけじゃないからね!?」


 慈しみの目を向けてくる庸一が何を察したのかは明白であった。


「じゃあマジで、なんで俺なんだ……?」


「んぅっ……!? ゲームオーバーか不名誉かの二択しかないのか……!?」


 ここで下手なことを言えば、それこそ告白そのものになりかねない。


 先程は一瞬成功かと浮かれたが、光とて今ここで告白した場合の成功率の低さは自覚していた。

 というか、この流れだと最悪ネタ扱いされるような気さえしていた。


 しばし、葛藤した結果。


「……すみません、見栄を張りました……高校になってから新しい友だちが出来てないので、一緒にオシャレなカフェに行ってくれる人がいなくて……だから、一緒に行ってください……」


 元勇者は、名誉よりも利を優先した。


 いつもの『高校生になってから』のくだりをわざわざ挟んだのはせめてもの抵抗であるが、それによって何かが守られたのかは不明である。


「あぁ、任せろ! 一緒にパンケーキ食べような! 写真も撮ろうな!」


 この選択によって庸一からの好感度が上下どちらに変化したのかは不明だが、哀れみゲージが大幅に上昇したことだけは確かと言えよう。



   ◆   ◆   ◆



 他方。


「……良いのか? なんだかんだ、二人で出かける算段を立てよったが」


「兄様がご承諾された以上、お好きにすればよろしいのでは?」


 小声で尋ねた黒に、環は表情を変化させることなくしれっと答える。


「フッ……妾の時と同じ、『あえて泳がせ玉砕させる』方向で継続中かえ?」


「気付いていましたのね」


 小さく片眉を上げる環ではあるが、そこまで驚いている様子はない。


「気付かいでか。ま、お主にどういう意図があろうと妾の行動は変わらん」


「でしょうねぇ。そして、それはわたくしも同じです」


「じゃが、お主がデートまで許すとは少々意外じゃったな」


「兄様がデートと認識していなければ、デートにはなりませんことよ」


「それはそうかもしれんが……くふふっ、足元を掬われても知らんぞ?」


「そっくりそのままお返ししますけれど? というか、貴女の方こそ簡単に許して良いんですの?」


「お主じゃろうが天ケ谷じゃろうが、他の女がどう動こうといちいち動揺する妾ではない。仮に途中で他の女の元に行ったとて、最後に妾の隣におればそれで良いのじゃ」


「寛大ですこと」


「くふふ……そう言うっちゅーことは、お主の方は内心穏やかとは言い切れんようじゃな?」


「……否定はしませんわ」


 ここにきて初めて、環の感情に少しだけ揺らぎが生じた。


「わたくしが、あえて光さんを泳がせているのは事実ですが……」


 言葉を探すように、環は一度ずつ左右に視線を彷徨わせる。


「客観的に見た場合」


 そして、そんな言葉と共に語り始めた。


「光さんが、最も可能性がある・・・・・・


「ほぅ?」


 思ったより冷静な評価を意外に思い、黒は片眉を上げた。


「実際、既に一度フラれた妾と、妹としか見られていないお主では分が悪いと言わざるをえまいな」


 転生云々が設定ではなく事実であると知った今、黒も同じ評価だ。


「唯一異性として見られているアヤツは、スタートからして大きくリードしておる」


 とはいえ。


(妾は、もうスタート・・・・には立ったと思うておるがな)


 その言葉は、内心だけに留めておく。


 尤も、環も同様の分析をしていることだろうが。

 告白によって、黒は庸一から女性として意識されるようになっているのだと。


「それだけでなく、エルビィ・フォーチュンが相手となれば相当な不利を強いられることになります。無論、諦める気など毛頭ございませんが……正直に申し上げて、勝ち筋が見えない」


「そこまでかえ……?」


 自分の想定よりもかなり高い評価に、黒は軽く目を見開く。


「あれは、兄様の理想のような方ですもの……強く、優しく、気高く、正しく、まさしく人々の光となれる人」


 環の目は、懐かしげで……同時に、どこか儚げな色も宿しているように見えた。


 それは、恐らく

 環自身、彼女に対して庸一と似たような感情を抱いているからなのだろう。


「ですが」


 ふいに、環の瞳から感傷的な色が全て消え去った。


 見つめる先には、庸一と光。


「大丈夫、友達って多いか少ないかで価値が決まるもんじゃないから」


「ウン……ソウダネ……」


「安心してくれ、俺たち……ズッ友、ってやつだろ?」


「ソレハ、トドメノ言葉ダネ……」


「……?」


「で、でもフラグはたぶん立ったはずだからセーフ!」


「急にどうした……?」


 必死に慰めようとしている庸一に対して死んだ目で返答していたかと思えば、光は己を鼓舞するように叫ぶ。


「天ケ谷光さんが相手なら、ぶっちゃけどうとでもなるかなって気がしているのですわぁ」


「まぁ、そうじゃな」


 強さも優しさも気高さも正しさも感じられないその姿に、黒もノータイムで同意するのだった。

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