第99話 転生者たち

「イベントスチル獲得数の格差が酷い」


『は?』


 無事に黒を救出し、暗養寺家の宿泊施設へと戻ってきた一同。


 共用スペースに集まってさて話し始めようとしたところで、光の開口一番の言葉に疑問の声を揃えた。


「あぁ、イベントスチルって言ってもわからないかな? 実は、私は乙女ゲーなんかも結構やるんだけど」


「急に何のカミングアウトなんじゃ……」


「イベントの専用イラストをゲットすること、もしくはそのイラストそのものを『イベントスチル』と呼ぶんだ」


「別段、そんな説明は求めていないのですけれど……」


「それで、大抵はアルバム機能みたいなのもあってさ。イベントを起こして表示された個別イラストは後でアルバムでも振り返れるようになってるんだ」


「とりあえず喋りきろうという気概を感じるな……」


 周囲の声に反応することもなく、光は淡々と言葉を続ける。


「そんな感じでさ。こう、ここに私たち三人分のアルバムが並んでいるとするだろう?」


 トン、トン、トン、と両手で宙に三つの枠を描く光。


「ここが、環。先日の救出イベントとかお宅訪問イベントとかを筆頭に、色々とイベントがあったな」


 左の枠に当たる部分を指しながら、環の方を見る。


「ここが、魔王。林間学校での覚醒イベントや、今さっきの救出イベントとか、こっちも沢山だ」


 今度は右の枠に当たる部分を指しながら黒の方を。


「一方で……」


 最後に、真ん中の枠に当たる部分を指し。


「ここ! 私だけ! イラストすっかすか! 全然埋まってない! これまでに発生したイベント数に差がありすぎるだろう!」


 光は、激しく嘆きの声を上げる。


「……と思うんだろうが、どうだろうか?」


 かと思えば、スンッと真顔になって一同に問いかけた。


「お主、情緒大丈夫かえ……?」


「というかこれはわたくしたち、何を聞かれているんですの……?」


 黒と環が光に向ける目は、珍妙な生物を見るそれである。


「そこで問いたい。君たちは、どうやってイベントを起こしているんだろうか? もうこの際、私メインならなんでもいいんだけど……出来れば私も救出イベントがいいな」


「コヤツ、ゲームに脳が侵食されておるのか……?」


「本当に光さんは光さん方向からブレませんわねぇ……」


 ジト目を向けてくる二人にも構わず、光は真顔のままだ。


「……というか」


 そんな中、環がふと表情を改めた。


「仮に、貴女が誘拐されるようなことがあったとして……何やら、兄様が助けに向かわれる前提で話していませんこと?」


「えっ!? いや、流石に来てくれるだろう!?」


 環の言葉に、光は弾かれたように庸一の方を見る。


「まぁ、うーん……」


「めちゃくちゃ微妙な反応!?」


 そして、庸一が言葉を濁すと大きく仰け反った。


「ちょっと待って、私の好感度ってそこまで低かったの!? イベント云々抜きにして普通にショックなんだが!?」


「や、そういう話じゃなくてさ」


 庸一は、苦笑気味に頬を掻く。


「光が拐われる場面が想像出来ないっていうか……どっちかっつーと、俺のことを光が助けてに来てくれるってパターンの方が全然あり得るんじゃないか?」


「むっ……」


 庸一の言葉に、光はようやく平静さを取り戻した様子だ。


「なるほど、私は強くなりすぎてしまったというわけか……」


「格闘漫画のラスボスみたいなこと言ってますわね……」


「言うてお主らの前世を鑑みれば、そこまで立場も変わらんのではないかえ?」


 ふっと笑う光に、環と黒がそれぞれそうコメントする。


「そんなことより」


 それから、環がパンと手を叩いた。


「あれ……? そんなことよりって、私の悩みはまだ解決してないんだけど……」


「知りませんわよ、フラグとやらでも足りていないんじゃありませんの?」


「なるほど、フラグか……確かに一理あるかもしれないな。私は、結果だけを追い求めて積み重ねを疎かにしてしまっていたということか……イベントを得んと欲すれば先ずフラグを立てよ……昔の人は良いことを言うな」


「めんどいからもうツッコミは入れんぞ?」


 ブツブツと呟き思考に入った光に、黒が半目を向ける。


「そんなことより」


 とそこで、再び話題を改める環。


「正直、先程は驚かされましたわね……」


「あぁ、まさか『五人目』がいるとはな……」


 すぐに何の話題か察し、庸一も頷いた。


「お主ら……あと、妾もか。前例があるんじゃし、別段不思議なことでもないんじゃないのかえ?」


 一人、黒は疑問顔である。


 なお、光は思考に没頭しているらしく恐らく話を聞いていない。


「まぁ、そうなんだけどな。前世で死ぬ時、俺たち四人はすぐ近くにいたから……てっきり、俺たちだけが転生したのかと思ってたんだよ」


「確かに、転生魔法は今際の際で生み出せた奇跡のような魔法。範囲指定などしている余裕はありませんでしたし、思っていたより範囲が広かったということなのでしょうね。少し離れた場所でエルビィさんの最後の一撃に巻き込まれて命を落としていたと考えれば、辻褄は合うでしょう」


「なるほどな……」


 環の推測に、庸一も納得して頷いた。


「けど、なんで今になって動き始めたんだろうな?」


「最近記憶を取り戻したような口ぶりでしたし、これまでは記憶が戻っていなかったのでしょう。わたくし然り光さん然り、兄様を除いた転生者は何か……恐らく、前世を強く想起させる何かが記憶を呼び起こすトリガーになっているのではないかと推測されます」


「妾も、そのきっかっけ的なもんがあったら前世の記憶が蘇るっちゅーことかえ?」


「貴女の場合は、既に特殊ケース。魔王の人格ごと記憶を封じているので、ちょっと読めませんわね」


「ほーん?」


 興味があるのかないのか、黒は微妙な反応だ。


「浦さんも、最近何か前世に関連する何かに出会ったってことか」


「……それについては、わたくし一つの仮説を立てておりまして」


 と、環は人差し指を立てる。


「前回の、魔王復活」


 そして、真剣な表情でそう口にした。


「あの時の魔王の魔力は、かなり遠くにまで拡散していたはずです。元魔族であれば、それに反応した可能性は十分に考えられるでしょう」


「……つまり、他にも記憶を取り戻した魔族がいるかもしれないってことか?」


 環の言いたいことを察して尋ねると、環は小さく頷く。


「今回は、相手が光さん方向の方だったのもあって暴走しただけでしたけれど……もし明確に敵意を持っている者が記憶に目覚めていれば、少し厄介かもしれませんわね」


「妾がまた狙われるっちゅーことかえ?」


「それも可能性の一つです」


「うーん、こりゃ自衛のためにやっぱ黒もちゃんと魔法使えるようになっとくべきかもなー」


 今回の件はじいやさんにも油断があったのかもしれないが、そもそも転生者が相手では普通の人間は分が悪いだろう。


「……ちなみに、じゃが」


 やや重い空気の中、黒がふと何かを思いついたような表情に。


「お主らの味方サイドっちゅーか、魔族とやらではなく他の人間が転生してる可能性はないんかえ?」


「皆さん魔王城の道中の戦闘で命を落とし、魔王まで辿り着いた時点でわたくしとエルビィさんだけになっていたので可能性は薄いのではないかと」


「お、おぅ、サラッと重いのぅ……」


 何でもないことのように言う環に、黒はやや引き気味である。


「……あー、けれど」


 とそこで、環は何かを思い出したような表情に。


「勇者教」


「勇者教……?」


 一言だけの環の言葉に、黒が眉根を寄せる。


「勇者エルビィ・フォーチュンを神聖視し、崇拝する方々です。エルビィさんのためのなら命すらも惜しくはないということで、何名かは荷物持ちとして魔王の近くまで来ていましたので……彼らなら、可能性はあるかもしれませんわね」


「なんだか嫌そうな表情じゃな?」


 苦笑気味の環を見て、黒は首を捻った。


「この世界でも変わらないことですけれど、狂信者というのはなかなか厄介なものですわよ」


「お主、こないだ己の狂信者を作った人間とは思えぬ発言じゃな……」


「わたくしの信者ではなく、わたくしと兄様の愛に傅く信者です」


 そこは譲れぬとばかりに、環はピシャリと訂正する。


「まぁ、ちゅーかじゃな。仮に、勇者の信望者とやらが転生しておるとして……」


 と、黒は傍らの光に目を向ける。


「うーん、フラグ……フラグ……フラグって何なんだ……? どうすれば立つんだろう……」


 そこには、悩ましげな表情で唸る光の姿があり。


「問題ないんじゃないかえ? 今の、あれ・・を崇め奉ろうとは思わんじゃろ」


「確かにそれもそうですわね。光さんが転生して光さん方向に傾いてくれたおかげで一安心ですわぁ」


 光を指差す黒にあっさり頷く環は、先程とは打って変わってスッキリした表情となっていた。


「うん、まぁ、うーん……」


 何か、フォローを入れてあげたいと思う庸一だったが。


「くっ、なぜ現実には選択肢が表示されないんだ……!」


 残念ながら、否定出来る言葉を持ち合わせてはいなかった。

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