第98話 説明した結果

 以前の魔王復活の際に起こったあれこれを、フィフルに説明し終えた結果。


「信じられない……」


 フィフルは、呆然とした調子で呟いた。


「あの魔王様が、この世界の小娘如きに精神力で負けたっていうの……?」


「精神力っつーか、ツッコミへの欲求な」


「そこはもう精神力でいいでしょ!? 魔王様を勇者みたいな珍妙な感じにしないで!」


「私も珍妙な感じにしないで!?」


 急に飛び火して、光が思わずといった感じで叫ぶ。


「んぅ……?」


 とそこで、未だ眠ったままだった黒が身動ぎした。


 ここまでずっと周囲が煩くしていたにも拘らず眠りこけていたのは、魔王の覚醒が関係しているのか生来の図太さゆえなのか。


「くぁ……」


 あくび混じりに、黒がゆっくりと目を開けていく。


 全員が、やや緊張の面持ちでその様を見守っていた。


「んぁ……? なんじゃ……? これ、どういう状況なんじゃ……?」


 目を擦りながら、黒は自分を見つめる面々を見ながら疑問符を浮かべる。


 その様は紛れもなく暗養寺黒そのもので、一同ホッと安堵の息を吐いた。


「くぅっ……魔王様はこんな府抜けた面じゃない……!」


 ただし、フィフルを除く。


「なんじゃい、起き抜けから失礼な奴じゃの」


「ふはは! どうだ魔王、腑抜けたと言われる気分は! 普段私が言われている悔しさを味わうがいいさ!」


「いや、別段悔しさとかはないが」


 実際、黒は軽く眉根を寄せた程度で感情の揺らぎは見せていなかった。


「……ちゅーか、誰じゃ?」


「ボクが誰なのかネタはもういいって!」


 フィフルの顔を見て首を捻る黒に、フィフルが吠える。


「黒はホントに知らないんだから許してやれよ……前世の記憶がほとんど戻ってないんだ」


「まぁ先程の魔王の様子から察するに、仮に全ての記憶を有していても同じ反応になっていたと思いますけれど」


「環、追い打ちをかけるのはやめてやってくれないか……なぜか私まで居たたまれない気分になるんだ……」


 しれっと追撃する環に、悲痛な表情を浮かべる光。


「ところでさ」


 話が一段落したところで、庸一はずっと気になっていたことを尋ねてみることにした。


「フィフル……てか、それは前世の名前だよな? 今は?」


「あぁ、うん、紫央里しおりうら紫央里って名さ」


「浦……さん、ね」


 現世での名前となると呼び捨てもなんとなく憚られて、敬称を付け加える。


「浦さんはさ、なんで魔王を復活させたかったんだ?」


「そりゃボクは、魔王軍幹部だからね」


 得意げに胸を張る、フィフルこと紫央里。


「でもさ。ここはあの世界とは違うし、浦さんも今は普通の女子高生なわけだろ? 平和に過ごせるこの環境で、なんで魔王による世界征服なんて望むんだ? 何か悩んでるなら、相談に乗るぜ? 力になれることがあるかもしれないし」


「はんっ、そんなこと決まってるじゃないか」


 小馬鹿にしたように笑って。


「………………あれ?」


 ふと、不思議そうに首を捻った。


「今まで記憶が蘇ったテンションで突っ走ってきたけど……確かに、よく考えたらそうじゃん! 世界、征服されちゃうじゃん! あっぶな! 魔王様が解釈違いで良かったぁ!」


 紫央里は一人で捲し立てた後、途中からダラダラと溢れてきた冷や汗を「ふぅ」と拭う。


「なぁ環、ぶっちゃけ結構前から薄々思ってたけどもしかしてこの人って……」


「えぇ、光さん方向の方ですの。割と前世の頃から」


「私方向って何!? 不本意な肩書きであることしか伝わらない!」


「とはいえ、流石に光さんよりはマシですけれど」


「私が一番酷い感じになっている!?」


「まぁ、光方向に一番合致してるのは当たり前だけど光なわけだからな……」


「庸一までその謎の名称で攻撃してくるのはやめてくれないか!?」


「いや、良い意味も含めてだぜ?」


「仮に含まれているとしても微量であることが察せてしまうんだが!?」


 紫央里の失態から、だいぶ光に延焼していた。


「やー、良かった良かった。一件落着だね」


 一方、ここに来て初めて紫央里は晴れやかな表情を浮かべている。


「って、ヤバ! もうこんな時間じゃない! またお父さんに叱られる……!」


 かと思えば、腕時計を目にして焦り始めた。


「というわけで、ボクはこれで失礼するよ!」


 それからスチャッと手を上げ、去っていった。

 一同、それを何とは無しに見送ることしばし。


「……で? 結局、何がどうなってこうなっとるんじゃ?」


 しばらく静観を貫いていた黒が、首を捻る。


『…………さぁ?』


 庸一たちにも、そうとしか答えられなかった。


「……まぁ、良い」


 黒は、小さく息を吐く。


「どうやら、妾のためにまた尽力してくれたようじゃな。大儀である」


 状況がわからないながら、その点については察せたらしい。


「あー……まぁ、その。黒のピンチなら、駆けつけるに決まってるさ」


「うむ、良い心がけじゃ」


 庸一の返事が若干歯切れ悪くなったのは、照れくさかったのに加えて。


 今まで状況が状況だけに頭から抜け落ちていたが、つい先刻彼女の告白に対して断りの返事を返したことを思い出したからだった。



 ◆   ◆   ◆



 一方で。


(魔王の方は、普通に振る舞っていますわね……魔王からしてみれば、フラれた直後でしょうに。これはなかなか……思った以上に、強敵かもしれませんわね……)


 環は、密かに黒への警戒レベルを上げ。



 ◆   ◆   ◆



 そして。


(……いや、というかだな)


 光もまた、何か思うところがあるようだった。

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