第96話 二度目の目覚め

 魔力による爆発と共に現れた前回とは違って、それは随分と静かな目覚めだった。


「退屈じゃな」


 魔王は、再びそう呟くのみ。


 それでもその身から放たれる威圧感は生半可なものではなく、庸一は足を下げずにいるので精一杯だった。


「そうでしょうとも、魔王様! この退屈な世界をぶち壊してやろうではありませんか! 安寧の上に胡座をかいた馬鹿共に、生物としての役割を思い出させてやるのです!」


 こちらはテンションも高く、フィフルが捲し立てる。


「……くぁ」


 あくびしながら、魔王の目がフィフルの方に向けられた。


 少しビクッとはしたものの、フィフルの表情は期待に満ちたものだ。


「……誰じゃ、貴様は」


「んぅっ……!」


 そして、魔王の言葉にだいぶ渋い感じとなった。


「い、いえ、偉大な魔王様の記憶に矮小なわたくしめが残っていないなど当然のこと……!」


 とはいえ、今回はそこまでダメージを受けているわけではないようだ。


「わたくしめは魔王軍幹部フィフル・サシナ! 魔王様に忠誠を誓い、共にこの世界を……」


「退屈じゃ」


 フィフルの言葉を遮り、また魔王はそう繰り返す。


「あっはい、ですので、早速世界を征服に……」


それ・・は、もう飽いた」


 再び言葉を遮りながら、魔王は「くぁ」とまたあくび。


「………………は?」


 何を言われたのかわからない、といった表情でフィフルが固まった。


「妾の退屈を紛らわせよ」


 フィフルからは興味を失った様子で──あるいは、最初から少しも興味など抱いていなかったのかもしれない──魔王の目が庸一たちを捉える。


『っ……!』


 より一層高まる威圧感に、庸一たちは息を呑んだ。


 場の緊張感が、否応無しに高まっていく。


「はんっ……! また俺たちを甚振って退屈を紛らわそうってか? 悪いが、そうはいかないぜ!」


 それを虚勢で吹き飛ばすべく、庸一は不敵に笑ってみせた。


「よーし光、まずはモノボケからいってみよう!」


「それもしかしなくても天光ブレードのこと言ってる!?」


「おっしゃいいぞ! まずはクソダサネーミングで先制攻撃ってことだな!」


「ってことではないんだが!? むしろ攻撃を受けてるのは私の方なんだが!?」


 そんなやり取りを交わしながら、庸一はチラリと魔王の方を覗い見る。


(どうだ、黒のツッコミ引き出せるか……!?)


 だが、魔王……そして、黒からの反応はなく。


「………………」


 ただ、黙してこちらを見つめているのみだった。

 その真紅の瞳からは、如何なる感情も読み取れない。


 何を思ってかまだ攻撃してくる様子がないのは行幸だが、庸一の胸には焦燥感が生まれ始めていた。


「まだボケが弱いみたいだ! どうする!? このまま光をイジり倒す方向でいくか!?」


「出来れば違う方向でお願いしたい!」


「ちょっと光さん、何を腑抜けたことを言っていますの!? 勇者なのですから、身体を張りなさいな!」


「張るよ身体ならね!? 元とはいえ勇者だからね!? でも心までは張りたくないんだよね人間だからねぇ!」


 光、早速涙目である。


 だが、やはり魔王からの反応はなかった。


「よし、それじゃあ次は神託のコーナーとかどうだ!?」


「お笑い番組の一角みたいな扱いは心外だけど、それならまぁ……」


 不承不承、といった感じながら光も頷く。


「神よ! 神よー? どうぞ、そのお声をお聞かせください! この世界の危機なのです! もしもーし、神よー!?」


「……くは」


「オッケー光、魔王が笑ったぞ!」


 魔王が笑みを零したことに、一瞬安堵してから。


『……笑った!?』


 庸一を始め、一同その事実に少し遅れて驚愕した。


「え、魔王……いや、黒か!? そうか、黒なんだな!? おい黒、聞こえるか!?」


「それには及ばぬ」


 必死に呼びかけるに対して、魔王が短く告げる。


「妾は、再び眠る」


 そして、これも短くそう続けた。


『………………は?』


 思ってもみなかった言葉に、今度は一同呆けた顔に。


「次に妾を斯様につまらぬことで起こせば、その身を八つ裂きにすると思え?」


「は、はいっ! 申し訳ございません! ……えっ!? は!?」


 同じくポカンとしていたフィフルは魔王に睨まれて慌てた様子で大きく頭を下げるも、一瞬の後にその顔が混乱に染まる。


 もっとも、混乱しているのは庸一たちも同じだが。


「じゃが」


 再び、魔王の目が庸一たちを捉えた。


「貴様らがつまらぬ存在になり果てた時は、そちら・・・の遊びを再開すると心得よ」


 正直に言えば、混乱のさなかにある庸一の脳は魔王の言葉を正確に理解出来ているとは言い難い。


 それでも。


「……あぁ、任せろ」


 大きく、頷いた。


「お前を存分に楽しませてやるから、黒の中からしっかり見てろよな」


「くはは」


 庸一の言葉に、魔王は先程より大きく笑う。


「その言葉、忘れるでないぞ?」


 彼女が望むのは、恐らく……今のようなボケを見せろとか、そういうことではなくて。


 それならば、庸一には自信があった。

 黒の友人として、黒を楽しませる自信なら。


「くははっ」


 最後にもう一度笑ってから、魔王は目を閉じる。


 同時に、黒の身体が降下し始めた。


「っと……!」


 庸一は、慌ててその下まで走り込み……どうにか、両手で抱きとめることに成功する。


「ふぅ……」


 すやすやと心地よさそうに眠る黒の顔を確認して、ようやく安堵の息が吐けた。


「これにて一件落着……ってことで、いい……のか……?」


 ただ、どうにも釈然としない気持ちがあるのも事実だ。


「恐らくは……」


「魔王が引っ込んだんだし……なぁ?」


 環と光も首を捻っていた。


「………………」


 そんな中、全ての始まりであるフィフルは呆けた顔で黒のことを見つめている。


「か、か、か……」


 かと思えば、そんな音を発し始めて。


「解釈違いなんですがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 やがて、虚空に向かってそう叫んだ。

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