第95話 巡る策略

 魔王の復活。

 かつての魔王軍幹部フィフル・サシナは、自らの目的をそう語った。


「いやぁ、驚いたよ。前世の記憶が戻ったから魔王様の元に馳せ参じようと調査してみれば……」


 フィフルは、自らの腕の中で寝息をたてる黒へチラリと視線を向ける。


「こんな腑抜けた姿になっていたとはね」


 ふん、と鼻を鳴らす表情はこれまでと一転して不機嫌そうなものだった。


「お前の仕業なんだろう? メーデン・エクサ。魔王様の人格だけを、魂の奥深くに封印した」


「えぇ、まぁ」


「んっふっふっ。転生してなお、見事な魂への干渉だね。遺憾ながら、ボクではこれだけの儀式を用意する必要があった」


「儀式……?」


 その言葉に眉を顰めたのは庸一だ。


 直後にハッとして、暗闇の中で更に目を凝らす。

 すると、黒たちを中心としてうっすらと地面に巨大な魔法陣が描かれているのが認識出来た。


「さぁ、発動……」


「そこに漂う魂たちよ、我が敵を拘束なさい」


 地面に向けて手を伸ばしたフィフルの動きが、途中でピタリと止まる。


「そうとわかっていて、させるわけがないでしょう?」


 つまらなそうに、環が鼻を鳴らした。


「んふっ」


 身動きが取れない状態にも拘らず、なぜか堪えきれないとばかりに吹き出すフィフル。


「んっふっふっ……ははははははっ!」


『……?』


 ついには高笑いを上げ始めたフィフルに、庸一と環は眉根を寄せる。


それ・・こそが、キーだよ」


 フィフルがそう言った瞬間、魔法陣が強く輝き出した。


「っ!? これは……!?」


 同時に、環がガクリと膝をつく。


「環、どうした……!?」


「わたくしの魔力が……吸われている……?」


 呆然とした様子で、環は己の手を見ていた。


「その通りさ!」


 一方、未だ身動きは取れない様子ながらフィフルはこの上なく得意げな表情だ。


「本当に遺憾なことだけれど、ボクとお前とじゃ魔術師としての格が違う。ボクの魔力だけでは、お前の封印を解くことは不可能だった。だから……」


 ニッ、と意地悪く口角を上げる。


「この魔方陣は、お前の魔力によって・・・・・・・・・お前の封印を解くためのものなのさ! 前世の頃からボクを舐め腐ってくれていたお前は、一息に殺すでもなく不用意に魔力を行使してくれると思ったよ!」


「くっ……!」


 一方で、環は悔しげに呻くのみだ。


「申し訳ございません、兄様……! 完全に、してやられました……!」


「お前でも、抗えないレベルなのか……!?」


「相当入念に下準備がされていたようで、すぐには……! 恐らく、封印が解けてしまう方が先でしょう……!」


「マジかよ……!」


 ここに来て、庸一は状況が最悪に向かっていることを認識する。


「完全に騙されたぜ……環に名前さえ覚えられてなかったってのも、お前にとっちゃむしろ好都合だったってわけだ……!」


「いや、そこは普通に傷ついたんだけど」


「……なんか、ごめん」


 スンッと真顔になったフィフル相手に、庸一は思わず謝った。


「そ、それはそうと!」


 ちょっと気まずげに、フィフルはパンと手を叩く。


「お前たちもわかっているでしょ? 既に陣が発動した今、ボク自身にさえも止めることは不可能さ。さぁ、震えて魔王様の復活を目にするがいい! はははははっ!」


 そう言って高笑いを上げる様は、先程までのあれこれさえ忘れ去れば悪役そのものの立ち居振る舞いだと言えよう。


「こうなったら、またやる・・しかねぇな……!」


「ですが兄様、光さん抜きでは……!」


「クソッ、それも判断ミスだったってことかよ……!」


 今更ながらに、その選択も悔やまれた。


「あぁ、その通り。というか一番厄介なのは、聖剣で魔法陣ごと壊されることだったからね」


 一方で、フィフルは「ふぅ」と小さく息を吐く。


「正直なところ、賭けの要素が強い計画だったけど……ボクの、勝ちだ」


 その自信に満ちた表情は、己の勝利を微塵も疑っていない様子だった。


「果たして、そうかな?」


 そんな中、洞窟内に新たな人物が到着する。


 それが誰なのかなど、振り返るまでもなくわかった。


「『勇者』見参だ」


「光!」


「光さん!」


 ニッと笑みを浮かべる光に、庸一と環の表情が一気に明るくなる。


「チッ、意外と早かったね……だけどまぁ、今更着いたところで……」


 フィフルが、何か言っているようだったが。


「光、よく間に合ってくれた! 俺たちだけじゃ太刀打ち出来ないところだったぜ!」


「ボケ役の到着、心待ちにしておりましたわよ!」


「ボケ役として見参したわけじゃないんだが!? というか前々から言いたかったんだけど、私は完全にツッコミの方だろう!? ほら、今だってこんなにツッコミを入れている!」


「あぁ、光はどっちもこなせるマルチな才能を持ってるよ。魔王相手だと特に、これ以上に力強い存在なんてない」


「んんっ……! 恐らく本気で褒めてくれてるんだろうけど、素直には喜べない……! 表面上は勇者的な意味でも合ってるはずなのに……!」


「というか光さんの場合、それはツッコミというよりも単なる自己弁護ではございませんこと?」


「確かにそういう一面もあるのは認めるけど、普通にツッコミも入れてるから……! ……あれ? 入れていたよな? なんだか自分でも自信がなくなってきたぞ……!?」


 一同、すっかりいつもの調子を取り戻していた。


「ふーん……?」


 そんな庸一たちを見て、フィフルは意外そうに片眉を上げた。


「何を言っているのかはよくわからないけど……もっと絶望するのかと思えば、意外と前向きなんだね? 特に、お前」


 と、庸一を指差す。


「メーデン・エクサとエルビィ・フォーチュンはともかく、お前は最後の最後に魔王様の邪魔をしただけの一般人だろう? なぜ恐怖すらしていない?」


 不思議そうに尋ねる様から、本当に疑問に思っているようだ。


「はっ……その通り。俺は、前世でも現世でも一般人だ」


 それに対して、庸一は不敵に笑ってみせた。


「だけど、現世じゃな」


 恐怖が無いと言えば、嘘になる。

 むしろ、今にも震えそうになる足を止めるのに精一杯だ。


 それでも。


「暗養寺黒の、友達なんだよ!」


 その事実が、庸一を前に向かせてくる。


「だからなんだっっての」


 期待していたような答えとは違ったのか、フィフルはつまらなそうに鼻を鳴らすのみだった。


 そんな中、魔法陣がより一層強く輝いていき……目を瞑ったままの黒の身体が、宙へと浮き始める。


「さぁ魔王様! 今こそ復活の時でございます! 前世で果たせなかった悲願、此度こそ叶えましょう!」


 もう庸一からはすっかり興味を失った様子で、フィフルはうっとりとした表情で黒を見上げていた。


「黒……」


 こちらは緊張の面持ちで、同じく庸一たちも黒を見上げる。


 魔法陣から放たれる光が、徐々に弱まってきた。

 だが、黒の身体は宙に浮いたまま。


 やがてすっかり光が消え去っても、それは変わらない。


 代わりに……というわけでもないだろうが、黒の身体からこの暗闇よりも濃厚な漆黒が漏れ始めた。


 ゴクリと鳴った喉の音は、誰のものか。


「……くぁ」


 小さくあくびをしたのは、黒なのか……あるいは。


 ゆっくりとその目が開いていき──


「嗚呼」


 爛々と光る、紅い瞳は。


「なんとも、退屈じゃな」


 間違いなく魔王、エイティ・バオウのものだった。

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