第94話 5人目の転生者

「兄様、こちらです!」


 環の案内に従い、黒を拐った賊を追いかける。


 少し前に砂浜は途切れ、現在は岩場を跳躍しながらの移動となっていた。

 お世辞にも足場が良いとは言えないが、二人の足取りは確かなものだ。


「もう、近いのか!?」


「はい……あそこの、洞窟状になっているところで先程から止まっているようです!」


 環が岩礁の先を指し、二人は少しだけ走る速度を緩めた。


「兄様、どう致しましょう? まずは隠れて様子を窺いますか?」


「いや……相手も転生者なら、俺たちの存在にはもう気付いてる可能性が高い。このまま突入する!」


「承知致しましてよ!」


 そんなやり取りを交わしてから、再びトップスピードへ。


「黒!」


 叫びながら、庸一がまず海蝕洞へと飛び込んだ。


 洞窟内を、庸一の声が反響していく。

 暗い洞窟内の様子が最初は見えなかったが、鍛えた夜目がすぐに僅かな月明かりを元に視界を再構築していった。


 そして……まるで、そのタイミングを見計らっていたかのように。


「よーこそ、転生者の諸君!」


 洞窟内の少し奥まった場所、ぐっだりとした黒を掻き抱いた人影が歓迎を示すかのようにそんな声を上げる。


「いやぁ、思ったより早かったねー。やっぱり、ゴーレム程度じゃ止められなかったか。いや……一人の足止めには成功しているみたいだね。なら役割は果たせているかな」


 おどけて肩をすくめるのは、庸一たちと同世代くらいの少女だった。

 この暗闇では髪の色までは見えないが、ショートカットでボーイッシュな雰囲気を感じさせる顔立ち。


 警戒心から、庸一はひとまずその場に留まることにする。


「黒に何をした……!?」


「何もしていないさ。眠ってもらっているだけだよ。今のところは・・・・・・……ね」


 クスリ、と少女が微笑んだ。


「お前の目的は何だ!? 何のために黒を拐ったんだ!?」


 暗養寺黒を誘拐する動機といえば、真っ先に浮かぶ動機は金銭。

 次いで、暗養寺グループに何らかの形で損害を与えたい者といったところか。


「んっふっふっ、拐ったとは人聞きが悪いねぇ。保護した、と言ってくれないかな?」


 だが、目の前の少女はそのどちらとも思えなかった。


「それに……君ならもう察しがついてるんじゃないかな? ねぇ? メーデン・エクサ」


 と、少女は環を指差す。


「環、コイツを知ってるのか……!?」


 少し意外な思いと共に、庸一は環の方を振り返った。


「貴女は……!」


 環は、鋭い目で少女を睨め付ける。


「……誰ですの?」


 次いで不思議そうに首を傾げるものだから、庸一は思わずずっこけそうになってしまった。

 そして、少女の方は実際にずっこけていた。


「いや、思いっきりお前の名前呼んでたけど……」


「ファンの方とかではありませんの?」


 なんとなくちょっと気の毒になってフォローのようなものを入れてみても、環の様子は変わらない。


「ねぇちょっと待って!? 男の方はともかくとして、メーデンお前はボクのことがわからないはずないでしょ!?」


「そう言われましても、わたくしのファンを名乗る方は沢山おりましたので……流石に、一人一人全員を覚えているわけにも……」


「ファンの方向で確定させようとしないで!?」


 若干申し訳なさげな表情となった環に、少女が食って掛かる。


「あっあっ、そうか! さてはこの暗闇だから、ボクの顔がよく見えていないんだね!? もうちょっとそっちに近づかこうか? それとも、明かりが必要かな? ん? ん?」


「いえ、わたくし夜目はかなり効きますのでめちゃくちゃハッキリ見えております」


「めちゃくちゃハッキリ見えた上で!?」


 少女は、割と真面目にショックを受けている様子だった。


「前世で何度も剣を交えた間柄でしょ!?」


「なにしろ、前世と合わせて二人分の記憶があるわけでしょう? どうやら、前世のどうでもいいことから順に忘れていく傾向にあるようなんですの」


「どうでもいいことって言わないで!? えーい、もう自分で言うよ! ボクは魔王軍幹部が一人、魔術師団を率いた……」


「あー、思い出してきましたわよ。魔王軍幹部の一人で、魔術師団の団長の……ナントカ・ナントカさんでしたわね?」


「全然思い出せてない! 増えた情報、全部今ボクが言ったやつ!!」


 若干涙目になりながら、少女は地団駄を踏んだ。


「ボクのかつての名は、フィフル・サシナだよ!」


 そして、ヤケクソ気味に叫ぶ。


「………………あー」


「そういえばいたなぁ、みたいな反応やめて!?」


 ギリギリ思い出せた感じの反応を見せる環に対して、前世でフィフルという名だったらしい少女はやっぱり涙目だった。


 と、そこで。


「……って、魔王軍幹部?」


 場のボケ濃度がだいぶ高まっていたせいでここまでスルーしていた部分に、ようやく庸一が気付いた。


「じゃあ、お前の目的ってまさか……!?」


「んぅっ……!? 急にシリアスに戻ってくるのやめてもらえる……!? ちょっとテンション感が追いつかないから……!」


「あぁ、申し訳ない。俺たちは大体いつもこんな感じでやってるもんだから……」


「寒暖差で風邪引いちゃうでしょ……!」


 グスッと最後に鼻を鳴らしてから、フィフルはすぅはぁと何度か深呼吸。


「……んっふっふ。ようやく気付いたかい?」


 それで、さっきまでのくだりはなかったことに出来たらしい。


「そう……ボクが従うのは魔王エイティ・バオウ様のみ。暗養寺黒とかいう女の子じゃない」


 当然と言えば当然なのかもしれないが、黒の現世での名前も調査済みのようだ。


「つまり、ボクの目的は」


 フィフルは、ニヤリと笑って。


「魔王様の復活さ!」


 そう、言い放ったのだった。

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