第90話 一方その頃
──庸一と黒の会話から、少し時は遡り。
「あー駄目だ、完全に繋がらなくなっちゃった……まぁ、大切な神託ならまた降ろしてくれるだろうし大丈夫……かな……?」
光が、そんな独り言と共にバーベキューセットのところに戻ってきた。
「あれ……?」
そして、首を捻った。
「庸一と魔王は?」
その場にいたのが、環だけだったためである。
「さぁ? わたくし、先程お花摘みに失礼したのですけれど……戻ってきたら、もう二人共いませんでしたわよ?」
「ふーん?」
澄まし顔で回答する環に、一度は納得したもの。
(……いや、おかしくないか?)
一瞬後、違和感を覚える。
(私がいなくなった状態で環まで席を外しちゃ、庸一と魔王が二人きり……
と、そこまで考えたところで。
「……時に光さん。以前に貴女が言っていた、戯言の件ですけれど」
「え? どの件?」
環に話しかけられて、光は疑問符を浮かべた。
「あら失礼、少し言い方が悪かったですわね」
環は、上品に笑って口元にてを当てる。
「貴女の残念な頭から捻り出された、とても残念なお話の件ですけれど」
「別にその部分を言い直しても意味なくないかな!? なんか酷くなってるし!」
なお、ここまで光は本当に何の件かわかっていなかった。
「貴女のターン、がどうとか言っていたでしょう?」
「あ、あぁ、あれか……」
そこまで言われて、ようやく以前『相談についての相談』を環にしたことについて思い出す。
「環も気付いてくれたか、あの時結局私の相談が有耶無耶になっていたってことに。それで、どうすれば私は庸一から恋愛相談をされるように……」
「いえ、それはどうでもいいのですけれど」
「そっちから振ってきた話題なのに!?」
毎度のことではあるが、環の塩対応に光はちょっと涙目である。
「まぁ、どうでもいいというか……」
ふぅ、と環は小さく溜め息を吐いた。
「光さん、貴女……まだ、ご自分が置かれている状況を理解していないのではなくて?」
「私の置かれている状況……?」
また何のことかわからず、光は首を捻る。
「恋愛相談云々と言い出した貴女の思考は、概ね読めております。大方、『恋愛相談をしているうちに、その相談相手と良い感じになっちゃうパターンのやつー』とか考えているのでしょう?」
「う、うん、そうなんだ! 王道だろう!?」
「一言で申し上げますと」
少し顔を赤くしてうんうんと頷く光に対して、スッと目を細める環。
「ヌルい」
そして、短く断じた。
「貴女、いつまでそんなステージで遊んでいるつもりですの?」
「そ、そんなステージって……?」
冷たい目線を向けてくる環に、光は半ば無意識にちょっと上半身を引く。
「魔王は、告白までしたと言いますのに。正真正銘、乙女の全身全霊をかけて」
「っ……!」
そう言われると、ぐぅの音も出なかった。
確かに最短距離を突っ走った黒に対して、自分の考えは随分とゆったりとし過ぎているように思えてくる。
「い、いや、でもさ? 庸一は、魔王のことを女性として意識していなかったのは明らかだろう? 一方で、私のことは……」
「とはいえ、正直」
環に、光の言い訳を聞く気は全くなさそうだ。
「その点に関しては、わたくしも人のことは言えません」
環は己の胸に手を当てる。
「少しずつ距離を縮めていけば、いつか兄様も振り向いてくれるだろうと。そう思っていました……いえ、そう思いたかった、というのが本音でしょうね。それは兄様との今の関係性を変えることなく、いつか願望が叶えばという安寧の道」
淡々とした独白。
「嗚呼、なんとヌルい」
吐き捨てるような言葉と共に浮かべられた嘲笑は、自分自身に対して向けられたものなのか。
「魔王の告白を見て、わたくしも反省し……気付いたんですの」
いつしか、光は息を呑んで環の話に聞き入っていた。
「わたくしたちは、未だスタート地点にも立てていないのだと」
「スタート地点……?」
理解出来ず、眉をひそめる。
「兄様をこういった風に称するのは、少々気が引けるのですけれど……」
環も、少しだけ眉根を寄せた。
「兄様は、少しだけ鈍いお方なのかもしれません」
「少しだけ……? かもしれない……?」
異議を唱えたいところではあったが、環に聞く気はなさそうだ。
「兄様は、わたくしや光さんの気持ちに少しも気付いていらっしゃいません」
「うん、まぁ、そうだな」
光としても、そこがもどかしいところだった。
「今のところ、兄様にとってわたくしはただの妹。貴女も、ただの珍妙な女だとしか思われていないことでしょう」
「ただの珍妙の女だとは思われてないと信じたいところなんだが!? せめてクラスメイトとか友人の枠には入りたい所存!」
「……まぁ、何でもいいのですけれど」
「何でも良くはない……!」
「ではまぁ、貴女は友人だと思われているとしましょう」
どうでも良さげに、環は前言を翻す。
「貴女……そこから兄様の恋人に至るビジョンが、本当に見えていますの?」
「うぐ……!」
これまた痛いところだ。
正直に言えば、光の中にあるのは「いつか恋人になれるといいなー」といった程度のめちゃくちゃフワッと願望でしかなかった。
「まずは、兄様から『恋人の候補』とみなされないことにはどうしようもありません」
「た、確かに……?」
というか、実際どうにもなっていなのである。
「ゆえに」
そこで言葉を切り、環は一度小さく深呼吸した。
「告白、しましょう。わたくしたちも」
光の目を真っ直ぐ見て、そう言い切る。
「こ、告白……!?」
ゴクリ、と光は息を呑んだ。
「いや、その、だけど、それは流石に性急っていうか……もうちょっと段階を踏んでというか……」
「でしたら、貴女はそのままそこで足踏みしていなさい」
照れ照れと並べられる光の言い訳を、環がピシャリと遮る。
「わたくしは、今度こそ本気の気持ちを真剣に伝えます。そう……この旅行中など、ちょうど良い機会かもしれませんわね」
「えっ……!?」
思った以上に性急な話で、光の驚きが更に広がった。
「や、そんな焦らなくても……」
「なら、いつなら良いんです? 旅行から帰ったら? 一週間後? 一ヶ月後? 一年後? 卒業の時?」
「う……」
つらつらと出てくる疑問を受けて、光は言葉に詰まる。
(た、確かに……)
ここに来て、光の心が焦燥感に満ち始めた。
「ま、それも貴女の選択ですから好きにすれば良いと思いますけれど」
ふっと表情を緩めて、環は肩を竦める。
「貴女が停滞している間に、わたくしと魔王はどんどん進むだけのお話ですもの」
「………………わかった」
焦りに急かされて、出てきた言葉ではあった。
けれど。
「私も、告白……する!」
言った瞬間、
表情は、先程までの優柔不断な恋する少女のそれではない。
前世で、戦いに赴く直前に浮かべられていたものと同種だった。
「……そう」
環が、どこか安堵したように微笑んだ。
「では……健闘を祈りますわ」
「あぁ、環もな」
ライバル同士、固い握手を交わす。
「……だけど」
その手を離したところで、光の頭にふと疑問が浮かんだ。
「環は、どうしてその話を私にしてくれたんだ? 自分で言うのもアレだけど、今みたいに焚き付けられなかったら私は下手すると一生告白出来なかったかもで……環にとっては、その方が都合がいいんじゃないか?」
「……それを言わせますの?」
環は、少し頬を赤くして光から視線を外す。
「貴女の背中を押したのは、わたくしからの……その」
少し、言い淀んで。
「……友情の証、のようなものだと思ってくださいまし」
小声で紡がれた言葉は、しかしハッキリと光の耳まで届いた。
「環……!」
感動のあまり、思わず光の目に涙が浮かぶ。
「ありがとう、環……! ぶっちゃけ、口では友人と言いつつ私のことを利用価値のある駒の一つ程度にしか思ってないんじゃないかとか疑っててごめん……!」
「まぁ、酷い」
環は、コロコロと笑う。
前世の頃でも、ここまで素直な笑顔を向けられたことがあったかどうか。
光は今、かつてないほど環との絆を感じていた。
「なんなら、更に友情特典で告白を先に譲って差し上げても構いませんことよ?」
「ははっ、じゃあお言葉に甘えようかなー」
そんな冗句を交わし合い……その、瞬間。
ゾワゾワゾワッ!
「っ!?」
光の背を、あまりに強烈な悪寒が走った。
(なんだ、この感覚は……!? いや、覚えがある……!)
現世ではとんとそんな機会はなく、忘れかけていたけれど。
(これは……ヤバいトラップとか、致命的な『何か』に陥る直前に感じるやつ……!)
前世では、慣れ親しんだ感覚だった。
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