第91話 光の推理
環との会話を経て、庸一に告白すると決めた瞬間に感じた強烈な悪寒。
(なんだ……? 私は、何を恐れている……?)
その理由がよくわからず、光は首を捻った。
(魔王がまた復活した……? ……いや、そんな気配はない。新たな敵……? 周囲から敵意は感じないし、そもそもこの世界で敵なんているわけないし……と、なれば……)
心中で、可能性を一つ一つ潰していく。
(……今の、環の話に対して?)
結果、そう結論付けられた。
(そうだ……思えば、今日の環は
ふいに、そんな考えが浮かぶ。
(環は本来、こんな一方的に自分が不利になるような真似をするような女じゃないはずだ……いやいや! だからこそ! だからこそ、友情を見せてくれたんじゃないか! 酷いぞ天ケ谷光、友からの純粋な好意を疑うなんて! それでも元勇者か痴れ者め!)
心中で、己を叱責。
(大体、さっきの話に何もおかしなところなんてなかったじゃないか。実際、長らく停滞が続いていたのは事実。本当に、告白してようやくスタート地点って感じだ。まぁ、今すぐ告白してどのくらい成功率があるのかっていうのはわからないけど……ゼロではないよな? 庸一、私のことは女性として意識してくれてるもんな? 憧れだって言ってくれたもんな? 私が一番有利まであるし、むしろ成功率は結構高いはず……そういえば、庸一と魔王は結局どこに行ったんだ……? もしかして、今まさに告白の返事中だったり……)
本来、ただの思考の逸れであるはずだった。
だが、しかし。
(っ!?)
それは、元勇者ゆえの危機回避能力が働いたのか。
(ま、まさか……!?)
とある可能性に、思い至った。
(いや、まさか……だが、そう考えると……環の今までの行動の辻褄が……合う……! 合ってしまうぞ……!? だけど、そんな恐ろしいことを本当に……!? 証拠も無しにそんな……やっぱり、純粋な恋する乙女としての行動って可能性の方が……)
思考がグルグルと回って、袋小路に吸い込まれていくのを感じる。
(っ! そうだ!)
ハッと気付き、光は俯きかけていた顔を勢いよく上げた。
「………………」
鋭い目で、とある場所を凝視する。
そして。
「……環」
光は、固い声で環に話しかけた。
「なんです? ふふっ、告白の文言でも一緒に考えて欲し……」
「君、さっきお花摘みに行ってる間に庸一と魔王がいなくなったって言ってたよな?」
ピクリ。
環の柔らかい表情一瞬だけ動いたのを、光は見逃していない。
「えぇ、そうですけれど……それが何か? 今はそんなことより……」
「なら」
再び、環の言葉を遮る。
「なぜ、お手洗いに続く道……そこに積もった砂に、足跡が付いていない?」
今度は、環の綺麗な笑みに少しも変化はなかった。
その問いは、既に予想済みということか。
「さぁ? わたくしが戻った後に強い風でも吹いたのではなくて?」
涼しい顔で返してくる環に、やはり揺らぎは全く感じられない。
「……ふぅ」
光は、小さく溜め息を吐く。
「そうだな、君に腹の探り合いで勝てるはずもないか」
そして、苦笑気味に肩をすくめた。
「単刀直入に聞こう。君は、私が離れたところであえて自分も去ることで庸一と魔王を二人きりにすることを目論んだんじゃないか?」
「まぁ? わたくしが何のためにわざわざそんなことを?」
もしも違えば、友を酷く傷つけてしまうことになるのかもしれない。
けれど、光の中には奇妙な確信があった。
「
「………………」
少し待ってみたが、環からの返答はない。
「大体、おかしいと思っていたんだ。庸一からの好感度を気にして、魔王の邪魔はしない……なるほどそれも理由の一つではあるんだろうけど、君がそれだけで大人しくしているというのは違和感がある。君は、こう思っていたんじゃないか?」
光は、己が辿り着いた結論を語る。
「
環は黙して、微笑んだまま。
「事実、ついこの間まで庸一は確かに魔王のことを女性として意識してはいなかった。その認識が裏返った今……時間がかかればかかるほど、
話しているうちに、もうひとつ理解した。
「この旅行にそこまで反対しなかったのも、返事の舞台としてお誂え向きだと思ったからか。少しだけ、引っかかていたんだ。君の水着姿が庸一へのアピールに繋がりづらいことは君も理解していたはず」
パチッ、と未だ火が点いたままの炭が爆ぜる。
それ以外に響くのは、波の音と光の声のみ。
「加えて、君は今……」
ズビシ、と指を付けつけながら。
「
糾弾する。
「魔王がフラれた直後に告白するとか、タイミング最悪! 絶対フラれるやつ! あっぶない! 何も知らずに玉砕するところだった!」
ほとんど息継ぎもせずに言い切って、光はぜぇはぁと肩で息をする。
「………………」
ここまで、一言も発していない環。
顔に浮かぶのは、やはり柔和な優しい笑みで……しかし。
ニマァ……ッ、と。
その口が大きく横に広がっていく様は、まるで悪魔が笑っているかのようであった。
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