第88話 BBQの後に
「破魔の力よ、火となり灯れ」
そう唱えた光の指先に、ぽぅと小さな炎が出現した。
「魔王、いいか? 魔法っていうのは、イメージが重要なんだ。色、形、大きさ。全て明確に思い描く必要がある」
「うむ……まぁ……うむ……」
「ほら、こんな風にすこーしだけ強くすることも可能だ……っとと、ちょっと強くしすぎたか」
「そうじゃな……」
「しっかり出力を制御すれば、こうして……」
「うむ……」
得意げに炎を操る光に対して、黒は大層微妙そうな表情である。
恐らく、それは。
「焼きマシュマロだって作れちゃうんだ!」
その炎が、マシュマロを焼くのに用いられているためだろう。
既に、日もすっかり暮れており。
夕食はバーベキューで、一同……というか主に光がはしゃぎながら平らげて。
現在、食後の休憩中といった時間である。
「それはえぇんじゃが……お主、マシュマロを焼くのに魔法を使うことに疑問を覚えんのか……?」
「ん? どういうことかな?」
「知らんが、勇者とやらの力っちゅーのは神聖なものではないのかえ……? 大体、『破魔の力』でマシュマロを焼くっちゅーのはどうなんじゃ……」
「ははっ、思ったよりロマンティストだな魔王は」
引き続き微妙な表情の黒に、光はおかしそうに微笑んだ。
「確かに私の力は、勇者として授かったものなのかもしれない。だけど所詮、力は力に過ぎないんだ。あまり軽視し過ぎるのもどうかとは思うけど、神聖視するようなものでもないさ」
「まぁあの世界では、生活に魔法を用いるのも当たり前でしたものね。この世界ほど便利な道具もありませんでしたし」
「そういうものかえ……?」
光の言葉と環の補足に、黒も一応は納得した様子である。
「というわけで、じゃんじゃん焼いていこう!」
ただし。
「いや……マシュマロについては、普通にバーベキューのセットで焼けば良い話じゃろ……」
その点には未だ疑問を感じているらしい。
「駄目だ! 焼きマシュマロには、絶妙な火加減が必要! それには、慣れた魔法が一番なんだ! ほら、こんなに綺麗に焼けてるだろう!?」
「えらいこだわり見せよるな……」
自慢げに焼けたマシュマロを掲げる光だったが、黒にその情熱が伝わってる様子はない。
「魔王、たかが焼きマシュマロと侮るなよ? 完璧に仕上げるためには、いくつものコツが……んんっ?」
途中で言葉を切り、光はふと虚空を見つめた。
「これは……神託、か……?」
どうやら、天からの声が降りてきているらしい。
「神よ、何かの危機でも迫っているのでしょうか……? 神よ? もしもーし、神よ? あっはい、大丈夫ですどうにか聞こえるようになりました。はい……はい……魔王の? 転……生……? 既読……? 神よ、既読とはどういう……あっ、既読じゃなくて記憶ですか? はい、記憶が……記憶が? あの、すみません神よ、ちょっとかなり聞こえづらいです。いや、ははっ、どうやらこの世界では神託が繋がりづらいようで……神よ。神よー? あれー? あの、これまだ繋がっていますよね? 今日は特に調子が良くないな……場所が悪いのかな? ちょっと移動してみますねー。あっ、ちょっと聞こえやすくなってきました! えっ? 今度はこちらの声が聞こえづらくなりましたか? うーん、なかなか良いポイントがないなー……」
耳に手を当てながら、光はフラフラとどこかに歩いていく。
「……一応聞いておくが、あれもマジでやっとるんじゃよな?」
その後ろ姿を指差しながら、胡乱げな目で問いかける黒。
「たぶんな……」
「光さんにしか聞こえない以上、本人の言葉を信じる他ありませんけれど」
庸一がやや苦笑気味に、環が澄まし顔で返す。
と、そこで。
「………………」
環が、ついと目を伏せた。
思考するような表情を浮かべること、一瞬。
光の後ろ姿を未だ見送っている庸一と黒は、その変化に気付かない。
「……わたくし、ちょっとお花摘みに」
澄まし顔に戻った環が、立ち上がった。
「失礼致しますね」
そのまま、宿泊施設の方へと歩いていく。
「………………」
「………………」
残された庸一と黒の間に、気まずい沈黙が流れた。
もっとも、気まずく思っているのは庸一だけかもしれないが。
(んー……
内心で、苦笑を浮かべる庸一。
横目で伺い見ると、黒は灯ったままのバーベキューの炎をぼんやりと眺めていた。
何を考えているのか、その思考を読むことは出来ない。
否……出来なくなった、というべきか。
ついこの間までは、顔を見れば何を考えているのか大体のところは察せたはずなのだが。
(……とはいえ、いつまでもそうしてるわけにもいかないよな)
人形のように美しいその横顔を見ながら、考える。
ずっと保留にしていたこと。
彼女の言葉に甘えて、先送りにしていたこと。
いずれの答えを返したところで、彼女との……あるいは環や光との関係性まで変わってしまう可能性もあるため、躊躇していたこと。
(ちょうどいいタイミングではある、か)
期せずして訪れた二人きりのタイミングを、そう思うことにした。
「黒、ちょっと浜辺の方を散歩しないか?」
立ち上がりながら、黒の方へと手を差し出す。
「うむ、よかろう」
その手を取って引き上げられる形で、黒も立ち上がった。
そして、手を繋いだままで二人は浜辺に向けて歩き出す。
◆ ◆ ◆
お花摘みにと言って席を外したはずの環は、しかしトイレには向かっておらず。
「………………」
宿泊施設の壁に背を預けながら、遠ざかっていく二人の背中をジッと見送っていた。
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すみません、しばらくの間は週一更新とさせてください。
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