第87話 黒と魔法・真
左手が疼く、と思わず口走ってしまった黒。
「あっ、や、違うんじゃ今のは……」
あまりに
「環! まさか……!?」
「既に診ております、兄様!」
「天光ブレードよ、その真の姿を現せ!」
一同なぜか血相を変えており、黒の弁明を聞いている様子はなかった。
なお光の手元では、木刀が閃光を纏ってその輝きが新たな剣の姿を形成している。
(えぇ……? 何でコヤツら、こんなマジな感じなんじゃ……? あと、天ケ谷のアレはどうなっとるん……?)
黒としては、戸惑う他なかった。
「……ご安心ください」
そんな中、ホッとした表情で環が呟く。
「魔王の……エイティ・バオウの封印は、問題なく健在です」
「そうか、良かった……」
環の言葉に、庸一も胸を撫で下ろしていた。
「なんだ、ということは魔王がただ厨二病に目覚めただけか」
「ぐむぅ……!」
光の物言いに、反論したいところではある。
が、しかし。
(コヤツに厨二病扱いされることほど屈辱的なものもない……が、全く否定出来る要素もないんじゃよなぁ……!)
先程の己の発言、言い訳不能であった。
「いえ、そういうわけでもないようですわよ」
かと思えば、環がそんなことを言い出す。
「魔王の体内に、魔力の淀みを感じます」
「あぁなるほど、『魔力溜まり』かぁ」
「すげぇ懐かしい響きだな……」
環の言葉に、光と庸一も納得した様子だ。
「魔力溜まり……? 何なんじゃ、それは……?」
一人、黒だけが疑問を表情に宿していた。
「通常、魔力は全身に満遍なく行き渡っておりますの」
「ふむ……?」
環の説明を聞きながら、黒は小さく首を捻る。
「ただ、魔力のコントールが適切に出来てないと身体のどこかに『引っかかって』一部に偏って魔力が貯蔵されていくことがあるんだ。それが通称、『魔力溜まり』」
「なるほどのぅ……?」
説明を引き継いだ光の言葉に、納得出来たような出来ないような。
「俺みたいに、元々ほとんど魔力がない人間だと逆に問題ないんだけどな。前世じゃ、才能はあるけどまだ魔力が上手く操作出来ない子供なんかによくある症状だったよ」
「ほーん……?」
付け加えられた庸一の豆知識(?)に、気のない返事を返す。
「よぅわからんが、つまりお主らの前世の世界ではよくあることじゃから放っておいても問題ないということかえ……?」
「いえ、放っておくといずれ局所的に魔力の貯蓄限界を迎えますので」
「そうなると、該当の箇所が爆発するな」
「ふぁっ!? じゃったら呑気に解説とかしとる場合か!?」
環と光はなぜかやたらと気軽な調子で言うが、その内容は看過できるものではなかった。
「ちょちょちょ、どうすればいいんじゃ!? いつ爆発するんじゃ!? 何秒後じゃ!? ちょっ、めっちゃ怖いんじゃがぁ!?」
自らの左手を精一杯離すように伸ばしながら、黒は涙目となる。
「そんな喫緊の状況でしたら、流石にこんな悠長にしてはいませんわよ」
環が、呆れたような表情で肩をすくめた。
「魔王の場合、魔力の許容量が莫大だからな。『魔力溜まり』なんかで爆発させようと思ったら、恐らく数百年単位で時間が必要だろうさ」
「そ、そうなのかえ……?」
光の言葉にやや安堵するも、状況がわからなすぎてまだ不安は胸に満ちている。
「じゃが、今までこんなことなかったっちゅーに急に発生したっちゅーことはじゃぞ? その限界とやらが近づいている証拠とかじゃないんか……?」
「ふむ……魔王、前世の記憶に気付いていなかった頃に魔法を使おうと試してみたこととかなかったか?」
「んおっ!? そ、そんなもの、あるわけなかろう……! ないに決まっておる!」
突然図星を突かれて、必要以上に強い否定となった。
「そっか……子供の頃に一度や二度くらいはあるかと思ったけど。まぁ、魔王は生い立ちが色々とあるもんな」
と、光は勝手に脳内補完して納得した様子である。
「ははっ、懐かしいな。私は、子供の頃に何度も魔法を出そうとしては何も出ないことに不満を覚えたものだ。たぶん、無意識に前世の感覚が残ってたんだろうな」
「確かに……思い出しますわね。わたくしも幼き頃、顔も知らぬ愛しき誰かに巡り合うための儀式を何度も試みては落胆したものです」
「……君、その儀式ってまさか前世準拠の?」
懐かしげだった光の顔が、環の言葉を受けて強張る。
「ふふっ、そんなわけないではありませんの。記憶もありませんのに」
「だ、だよな……?」
「せいぜい豚の頭と牛の腸、鶏の心臓と己の血を使った程度の子供らしいお遊びでしたわよ」
「んんっ……!? 私と君で、『子供らしい』って言葉の意味合いにだいぶ乖離がある気がするんだが……!?」
微笑む環に対して、光は悩ましげな表情だった。
(なんじゃ、子供の頃の話か……)
環に対してドン引きしつつも、黒はホッとした気分となる。
(ならば、殊更に否定することもなかったかもしれぬの……)
もっとも……図らずも、光の言う通り。
黒は特殊な環境で育っており、そんな子供らしい一面を見せることなどなかったのだが。
「こらこら二人共、話が逸れすぎだぞ」
「あら、失礼」
「そうだな、すまない」
苦笑する庸一に、環と光も表情を改める。
「斯様に、わたくしたちも記憶を取り戻すまで魔法の類を使うことが出来ませんでした。今から振り返ってみればそれは使い方がわかっていなかったからというだけでなく、魔力の大部分が記憶と共に封じられていたからです」
「そして、記憶を取り戻すと同時に魔力もまた巡るようになった。ここまでは、恐らく君も同じだろう」
「なるほどな? つまり環たちの場合は魔力と一緒にその使い方も思い出したから問題ないけど、黒の場合は……」
「あぁ……」
納得する庸一の言葉をそこまで聞いて、黒もピンときた。
「妾と、魔王の人格は別に存在しておる。妾は魔力とやらの使い方がわからず、しかし記憶と共に妾の身体にも巡るようになった……ゆえに、今になって魔力溜まり? が発生しておる。そういうことかえ?」
「そんなところでしょう」
黒の推察に、環が軽い調子で頷いた。
「うむ、まぁ、理由はわかったが……結局は、放っといて問題ないっちゅーことでえぇのか……?」
ただ、その点がハッキリしていないため黒の不安は晴れない。
「光さんが先程言っていた通り、それでも問題はございませんが……まぁせっかくですし、魔法の使い方を覚えても良いのではなくて?」
「とりあえず溜まっている分の魔力を魔法として放出すれば、『魔力溜まり』は解消されるしな」
環の提案に、光が追随する。
「ふむ……どうすればいいのじゃ?」
そんな風に、素っ気なく尋ねつつも……正直なところ。
ここに来て、黒の不安はワクワクに転じつつあった。
(ついに、妾も魔法を使えるようになる時が……?)
伊達に一度、自室で恥を晒す羽目に陥ったわけではないのだ。
「魔王、良いですか?」
教師然とした振る舞いで、環が人差し指を立てる。
「魔力とは魔核より湧き出し魔脈を通じて全身を巡ります」
「ふむ」
魔核、魔脈とやらは初耳だが、黒としてもなんとなく意味合いは理解出来た。
「まずは魔力の存在を意識し、体内の魔力濃度と空気中の魔素濃度の差異を認識することで魔素圧差を見極められるようになりましょう。それが魔膜を得ることへの第一歩ですので」
「ふむ……?」
若干、流れが怪しくなってきたように感じる。
「ただしこの時に注意する必要があるのが飽和魔力量で、血中魔力濃度があまりに上昇しすぎるとマジックダウン現象が発生してしまう恐れがあります。ゆえに魔素式呼吸によって体内と体外の魔素圧差をコントロールしつつ、マジックバーンしながらセルーニャ事象に干渉してドゥルンコ空間を形成するハッチャイケチャマーニュをン・ゲペペマスーし……」
「ちょちょちょっ、いきなり専門用語が多すぎてワケわからんのじゃが!? ちゅーか、後半なんて!?」
滔々と語る環の言葉がほとんど理解出来ず、黒は思わず悲鳴を上げた。
「ははっ、環は理論派だからなぁ」
と、光が苦笑する。
「だけど魔王、ただ魔法を行使するだけならそんなに難しく考えることはないんだ」
それが、頼もしい笑みに変化した。
「いいか? こうな? 全身をパーッて巡ってるなんか凄い奴があるだろ? それをな? ガーッと集めてボンッて出するんだ」
「お主はお主で感覚派過ぎて何を言うとるかわからんわ!」
特に頼もしくもなかった。
環と光、どちらもコーチとしてはあまり優秀な部類ではないらしい。
「さぁ魔王、後は実践だけだ!」
「後はも何も、前に何も得とらんのじゃが!?」
爽やかな笑みで無茶振りしくる光に、引き続きツッコミを入れる。
「光さんったら、そんな簡単に実践出来れば苦労なんてしませんわよ。だからこそ、まずは理論からなのです」
「や、とりあえずやってみようの精神は大事だろう? やってみたら出来るかもしれないし」
「光さんらしい脳筋な理論ですこと……」
「んー、とはいえ今回は光の言うことにも一理あるんじゃないか? 魔王の人格が出てきた時に魔法を使った実績は散々あるんだし、身体が覚えてる可能性もあるだろ?」
「流石は兄様、そのご慧眼にはわたくし感服するばかりです」
「君……いや、いいんだけどさ……」
呆れた表情から一転、真顔で手の平を返した環に光が半笑いとなる。
「それでは魔王、手を……そうですわね、とりあえず上に向けましょうか」
「ふむ」
欠片も気にした様子のない環の指示に従い、黒は真上へと左手を向けた。
「それで、使う魔法のイメージを強く込めて呪文を唱えるんだ」
「呪文っちゅーのは……?」
光の言葉に、首を捻る。
「そこは人によって、それぞれ自分の力を載せやすい言葉を模索していくのですけれど……」
「君の場合は、魔王の人格が用いていた『我が力よ』でいいんじゃないか?」
「なるほどのぅ……?」
そういうものか、と納得しつつ黒は掲げた自らの左手を見上げた。
「あっ、黒、言っとくけど……」
「我が力よ、炎となれ」
庸一が何か言いかけていたが、黒が唱える方が早かった。
すると、左手に『何か』が集まっていく感覚が生じ……。
「ちょっ……!? 黒以外、全員伏せろぉ!」
顔を強張らせた庸一がそう言いながら伏せるのと、ほとんど同時だった。
そう思った。
けれど、一瞬の後に理解する。
それが、自らの左手より放出される膨大な……あまりに膨大な量の、炎であることに。
その熱量も察せようというところだが、不思議と熱さは少しも感じなかった。
見つめたとて、眩しくもない。
酷く暴力的で、同時にどこか幻想的でもある光景。
黒が呆然とそれを見上げていたのは、果たしてどれくらいのことだったのか。
気が付けば炎は消滅していて、見上げる先にあるのは見渡す限り真っ青な空だけだ。
「っぶねぇ……!」
「流石、と言いますか……」
「物凄い威力だな……」
とそこで、そんな言葉と共に庸一たちが立ち上がった。
「ちゃんと止めとかなかった俺も悪いけど、いきなりは勘弁してくれよ黒……」
「あ、うむ……すまぬ」
先走ってしまったのは事実なので、素直に謝罪する。
「そんで、さっき言いかけたことだけど……攻撃に繋がる魔法はやめろ。マジで洒落にならねぇから」
「……うむ」
真剣な表情で言ってくる庸一に、黒は小さく頷いた。
(……なるほど、のぅ)
同時に、実感する。
先程は、ただただ呆然と自らの魔法を見ていただけだった。
だが、改めて見上げると……やはり、見渡す限り真っ青な空。
先程までは、確かにいくつかの雲も存在していたはずなのに。
もしも、それが地上に向けられれば。
ブルリと、黒の背が震えた。
(これが……『魔王』)
恐らく、これでもまだ一端でしかないのだろう。
しかし、初めて本当の意味でその恐ろしさを理解した気がする黒だった。
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すみません、次回更新も1回分スキップして次の土曜とさせてください。
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