第86話 そしてこうなった
海に到着して、小一時間程が経過し。
「ぷはぁっ! どうだ庸一、私の勝ちだろう!?」
光を始め、一同普通に遊んでいた。
現在は、庸一のいる岩場に向けての競泳中である。
「うん、まぁ……環と黒は、ゆっくり平泳ぎで来てるけどな」
「えぇっ!? なんでだ二人共、勝負って行ったじゃないか!?」
「わたくしが了承する前に貴女が勝手に泳ぎだしただけでしょう……」
「こんなとこで全力出して何になるっちゅーんじゃ」
「くそぅ、冷めた若者たちめ……!」
なお、そう思っていたのは光だけだった模様。
「ほれヨーイチ、引っ張り上げぃ」
「あいよ、掴まれ……引っ張るぞ?」
「うむ……っと」
「おっと……」
岩場にたどり着いた黒が手を伸ばし、庸一が引っ張り上げる……その力が強すぎたのか、黒が庸一の胸元へと飛び込む形となった。
「っ……悪い」
「くふふ、気にするでないわ」
やや気まずげな庸一と、楽しげな黒。
こんな光景はここまでにもさんざん展開されており、それに対して光が最終的に下した判断は。
(なんかもう、私が何かしてどうにかなる気がしないし考えるのはやめよう!)
考えを放棄することだった。
(思えば、この雄大な海を前にして小賢しいことを考えるのも無粋。楽しむことに専念しようじゃないか)
穏やかな笑みでそんなことを考えているが、結局のところ現実逃避である。
◆ ◆ ◆
他方。
(ちゅーか……アレじゃよな。今まで、前世云々はネタじゃと思うてスルーしとったけども)
黒は、ぼんやりと考える。
「にしても、まさか海で遊ぶ日が来るだなんて前世の頃は思ってもみなかったよなー」
「あの世界では、海は魔物の宝庫でしたものね」
「それに、人攫いも多かったしな。私も小さい頃は何度か狙われたもんだ」
「俺は実際、一回拐われたな」
「わたくしは、未遂は数え切れないほどですけれど……いつも、兄様が守ってくださいましたわね」
「まぁ、その代わりに自分が拐われちまったわけだけど。いやぁ、あの時たまたま魔物に襲われて船が難破してなかったら一生奴隷で終わってただろうなー」
「いいえ……仮にそうなっていれば、わたくし一生をかけてでも兄様を探し出して奴隷の身分から解放してみせたでしょう」
「その場合たぶん私とパーティーを組むことはなかったんだろうし、結果的にその魔物が世界を救ったとも言えるのかもな」
「ははっ、確かにー」
「ふふっ、そうかもしれませんわね」
そんな談笑を交わす三人に対して。
(コヤツらの前世、クッソハードじゃな……!?)
今更ながらにそんなことを思っているわけである。
「あっ、そうだ魔王」
「んおっ……? な、何じゃ?」
考え事の最中に話しかけられて、やや動揺の混じった返事となった。
「スイカ割りも一度やってみたかったんだけど、スイカはあるかなっ?」
「む……? スイカはまぁあるが、それを割る棒となるとどうじゃろうな……」
「あぁ、それなら問題ないさ」
軽く笑みを浮かべながら、光は右手を前に突き出す。
「来い、天光ブレード」
そう口にした瞬間、光の手の平の前方が僅かに輝き……。
「ぬおっ!?」
次の瞬間にはその輝きが木刀の形となって顕現し、黒が驚きに目を見張った。
「ど、どうなっとるんじゃそれ……!?」
「? どうとは? 聖剣を呼び出しただけだが?」
「お、おぅ……そうかえ……」
当然のことのように言う光に対して、黒は何とも言えない表情となる。
とその時、宿泊施設を兼ねている建物から猛烈な勢いで何者かが近づいてきた。
「お嬢様、スイカをお持ち致しました」
この炎天下の中でも完璧に執事服を着こなす、じいやさんである。
駆け足ではなくやや早足程度の歩調にも拘らずそのスピードは常人の全力疾走くらいで、見る者に強烈な違和感を与えていた。
「うむ、ご苦労である」
とはいえその程度は慣れっこなので、黒は鷹揚に頷くのみだ。
「え……? 連絡とかした様子もなかったのに、どうしてスイカが届いたんだ……?」
一方、光は訝しげに眉根を寄せていた。
「執事たるもの、これくらいは出来て当然でござます」
「いや、どういうことなんですか!?」
言葉通り当然の如く頭を下げるじいやさんに、光のツッコミが入る。
「光、そこを気にしてると暗養寺の家とは付き合えないぞ?」
「お、おぅ……そうなのか……」
今度は、光の方が何とも言えない表情となった。
「こちら、目隠し用のハチマキも用意してございます」
「あ、はい……どうも……」
その表情のまま、差し出されたハチマキを受け取る。
「あー……ちなみに、私が割る役割をやってもいいのかな?」
とはいえ思考を切り替えたようで、今度はワクワクが垣間見える顔で一同に問いかけた。
「光の提案なんだし、それでいいよ」
「お好きになさっては?」
「右に同じくじゃ」
「わかった、ありがとう……!」
三人の了承を得て、光は目隠しを装着する。
「………………で、ここからどうするんだっけ?」
そして、コテンと首を傾けた。
どうやら、やってみたいと言った割に知識はだいぶあやふやな様子である。
「まず、その場でぐるぐる回って方向をわからなくするんじゃないか?」
「その後、スイカの位置を探し当てて割るのでしょう」
「なるほど!」
庸一と環の説明に、納得した様子で頷く光。
「それじゃ……」
と、その場でグルグルと回った。
「よし!」
数周した後に、ピタリと止まる。
「光、もうちょい右……」
「ふふっ……庸一、皆まで言うな」
「んんっ……?」
自信ありげな光に、庸一は眉根を寄せた。
「既にスイカの気配は捉えている……そこだっ!」
光は、随分と離れた位置にあるスイカの方に向けて木刀を振り抜き……。
「んおっ!?」
瞬間、スイカが真っ二つに割れて黒が驚きを顕にする。
「いや光、スイカ割りってそういうゲームじゃねぇから……」
「まぁ、光さんらしいですけれど……」
と、庸一と環は苦笑を浮かべるのみ。
「いや、今のどうなっとるんじゃ!?」
一人、黒だけが驚愕していた。
「? どうとは? 超高速で木刀を振り抜いて真空の刃を発生させただけだが?」
「お主の中でその構文流行っとるんか!? だけだが? じゃないんじゃが!?」
先程はギリで飲み込んだ黒も、これには食い下がる。
「ないんじゃが、と言われても……なぁ?」
「まぁ、確かにそうとしか言えないしな……」
「見たままですものね」
一方、三人はむしろ黒の困惑に困惑している様子だった。
「えぇ……? これ、妾がおかしいのかえ……? まぁ確かに、前世云々がマジなんじゃしのぅ……」
「あー……そうだよな。黒は、まだ前世の記憶を完全に取り戻したわけじゃないもんな。混乱するのも当たり前か」
頭に手をやる黒に対して、庸一が気遣わしげな表情となった。
(……ちゅーか)
そんな中、黒はふと思う。
(妾が魔王っちゅーのもマジだったんじゃし……妾にも、出来るのか?)
思い出されるのは、自室で『魔法』を試したところをじいやに目撃されて赤っ恥をかいた場面。
だが、今ならば……と、考えたところで。
「くっ……!? なんじゃ……!? 左手が疼きよる……!」
『っ!?』
左手に妙な感覚が生じて思わずそう口にしてしまった瞬間、一同の顔色が変わった。
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また、次回更新は1回分スキップして次の土曜とさせてください。
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