第85話 光の計算

「海だぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 水着姿で砂浜へと駆け出しながら、光が大声で叫ぶ。


「やかましいですわねぇ……」


「ちゅーか、いちいち言わんでも海じゃわ」


 そんな光へと、環と黒は白けた目を向けていた。


「いいじゃないか、様式美ってやつだ!」


 しかし、振り返った光に気にしている様子はない。


「それに、ようやくテストが終わった解放感もあるだろう? 二人も、そんな気持ちを吐き出そうじゃないか!」


「いえ、別段わたくしそこまで解放感も得ておりませんので」


「言うてテスト前じゃからって特別に追い込まれたりせんからの」


「ぐむぅ、この優等生共め……! 勉強会では大変お世話になりました……!」


 悔しげながらもちゃんと感謝の気持ちは伝える光である。


「にしても、まぁ持っているだろうなとは思っていましたけれど……プライベートビーチまで所有してますのね」


 他に人影のないビーチを、環が少し物珍しげに見渡した。


「まぁ、我が家が所有しとらんかったら誰が所有しとるんじゃっちゅー話じゃからな」


「本来傲慢な台詞だけど、家が家だけに説得力が凄いな……」


 軽く肩をすくめる黒に、光は微苦笑を浮かべる。


(とまぁ、そんなことはどうでも良くてだな)


 しかしその実、目の奥には鋭い光が宿っていた。


(魔王がワンピースタイプの水着というのは予想通りとして、環も随分と大人しめの水着を選んでるな……)


 二人の水着を観察しながら、思考する。


(一方の私は、結構チャレンジングな水着……庸一以外の男性に見られないからこそ選べたレベルだ。流石にちょっと恥ずかしいけど……)


 ニッ、とその口元に笑みが浮かんだ。


(この勝負……やっぱり私の勝ち戦だな!)


 それは前世の頃、強敵を前に勝ちを確信した際の勇ましい笑みである。


「光さん、そのニマニマとした笑みはだいぶ気持ち悪いですわよ……?」


「今更じゃが、コヤツが勇者とか呼ばれとったのがマジっちゅーのは信じがたい事実じゃな……」


 と本人は思っているが、端から見ればただのニヤけた笑みだった。


(さぁ庸一、いつでも来い!)


 それを、引き締め直したちょうどその時。


「おー、なんだ三人共早いな」


 後ろから庸一の声が聞こえて、ドキリと心臓が跳ねた。


(大丈夫だ……私の計算が正しければ、ここでの勝利は揺るがない!)


 己を鼓舞しながら、振り返る。


「庸一こそ、遅かったじゃないか」


 さりげなく、身体のラインを強調するようなポーズを取るのも忘れない。


「あぁ、うん、まぁ……ちょっと、ロッカーの鍵が動きづらくてな……」


 そう言いながら、庸一はふいと視線を逸らした。


 その頬は、少し赤く染まっているように見える。


(よし、効いている! 完璧に効いているぞ!)


 内心で、光はグッと拳を握った。


「ほーん? まぁ管理不行き届きはアレじゃが、ロッカーの鍵なぞ使う者もおらんからの」


「そういうもんなのか……?」


「常に警備の者がおるし、そもそもここに辿り着くまでに幾重ものセキュリティを通る必要がある。そこまでして、海に遊びに来た者の荷物を盗まんとする輩なぞおらんじゃろう」


「なるほど、それもそうか……」


 が、しかし。


「……時に庸一よ」


 黒がニマッと笑ったところで、光は違和感を覚えた。


「なぜ、妾の目を見て話さぬのじゃ?」


「いや、別に……」


 先程から、庸一は光から目を逸らしているというよりも黒から目を逸らしているように感じるのだ。


「くふふ、さては……妾の水着姿を意識しすぎてまともに見れんのじゃろう?」


「ぐむ……」


 というか、光の存在は意識の外に置かれているような感すらあった。


(あれ……? これって、まさか……)


 光の背中を、嫌な汗が流れていく。


「どうじゃ? 改めて見てみれば、妾もこれで結構成長しておろう?」


「……あぁ、そうだな。なんとなく、こっちの世界で出会った時の印象のままアップデートされてなかったけど……黒も、もう高校生なんだもんな」


「そうじゃろうそうじゃろう」


 観念するように肩をすくめる庸一と、満足げに頷く黒。


 そんなやり取りから、光の脳はこの状況を分析する。


(考えてみれば、私は今までにも結構際どい姿を庸一に晒したりしているし……ある意味で耐性が出来ている私よりも、これまで女性として意識していなかった魔王を意識するようになったことによるギャップの方が強いということか……!?)


 そして。


(ということはこれ、私じゃなくて魔王のフィールじゃないか!?)


 今更ながらに、己の失策を知る光だった。


(くぅっ……! なんてことだ、この私の計算が狂うとは……!)


 なお、そもそもの話として自分の計算を過信しすぎているがゆえの失敗であることにはまだ気付いていない。


「何かあるのかと思いきや、まさかここで躓くとは……なんともお粗末な作戦ですこと」


 そんな光に、環は冷ややかな目を向けていた。

 彼女の方は、ここまで予想していたということだろう。


(当初は存分に水着を見てもらうつもりだったけど、こうなれば逆効果……! なら、作戦変更だ……!)


 そう決断する光。


「ほら、せっかく海まで来てるんだ! いつまでも喋ってないで遊ぼうじゃないか! さぁ遊ぼう! すぐ遊ぼう! まずは遠泳でもどうだろう!?」


「お、おぅ……いきなり遠泳はキツくないか……?」


「なら、近くでもいい! とにかく、海に! 一刻も早く海に入るんだ!」


「なんでそんな急ぐんだよ……」


 なぜかというと。


(海に入ってしまえば、そこまで水着姿を意識することもないだろう!)


 という考えの元である。


 その作戦が功を奏するのかは、この時点では誰にもわからない。


「随分と透明度の高い海ですし、濡れたり動いたりしている方がより意識してしまうと思いますけれど」


 この時点では、誰にもわからないのである。






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新作の『幼馴染をフッたら180度キャラがズレた』が、明後日11/20(金)にファンタジア文庫より発売されます。

https://fantasiabunko.jp/special/202011charazure/


内気で引っ込み思案な幼馴染からの告白を断ってから、3年。

再会した幼馴染はなぜか正反対な性格になっていて、「今度こそは、私に惚れさせてみせますからねっ?」なんて言い放ち……!?

ってな感じの、両片思いのハイテンションラブコメでございます。

楽しんでいただけるものに仕上げたつもりですので、こちらもどうぞよろしくお願い致します。

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