第84話 海に行こう

 光曰くの、『私のターンが来ない問題』。


 環に相談しても──あれが相談だったのかはともかくとして──結局解決しなかったこの件について、光が導き出した次の一手は。


「海に行こう!」


 というものだった。


(今の私に足りないのは、そう……イベント!)


 脳内では、そんなことを考えている。


(思えば、何のイベントも起こっていないのにターンが動かないのはある種の必然……! こうして積極的にイベントを起こすことで、今度こそ私のターンに回すぞ!)


 元勇者、少女漫画脳から若干ゲーム脳に移行しつつあった。


「急に何を言い出したんじゃ?……?」


「脳が茹だって冷却の必要性を訴えているのではなくて?」


「だとすれば冷やし方への要求がダイナミックだな……」


 そして何の前フリもなかったがゆえ、庸一たちからは胡乱げな目を向けられる。


「や、もうすぐ夏休みだろう? 一度しかない高校二年生の夏、青春を満喫しなくてどうすると言うんだ!」


「光さん……やはり脳が茹だっているのですね。貴女がそんな、まるで女子高生のようなことを言うだなんて……」


「君の中の私のイメージはどうなってるんだ!? れっきとした女子高生なんだが!?」


「少なくとも妾の中では、海で遊んどるより木刀を振っとるようなイメージじゃの」


「んうっ……! 概ね否定出来ないけども、今後そういうのは庸一の担当とさせていただきたい所存だ!」


「担当させられても困るんだが……」


 謎の担当を振られた庸一が、半笑いを浮かべた。


「とにかく、海! 海に行こう!」


「まぁ、夏休みに遊びに行く計画を立てること自体に反対はしませんけれど……なぜ最初から海の一択なんですの? 別段、山でもいいでしょうに」


「そ、それは、その……ほら、山はこの間の林間学校で行ったし!」


「あぁいう感じの山ではなく、高原に行くっちゅー手もあるが? 海より余程過ごしやすいぞ?」


「あらいいですわねぇ。海となると、どうしても髪がベタつくのが気になってしまいますし……」


「ちょ、ちょっと待った! 山に行く方向で話を進めないでほしいんだが!?」


 だいぶ山方向へ傾いている流れを止めんと、光は慌てて手の平を突き出す。


「まぁ正直なところ、山でも海でも構わないのですけれど……」


「そこまで海に行きたい感を出されると、逆張りしてみたくもなるっちゅーもんじゃろ」


「君たち、感性が捻くれすぎていないか!? 普通、友からの提案があればそれに乗っかっていく方向で話を進めるものだろう!?」


「あぁ……そういえば妾たちは友達なのか問題について、結局結論が出ておらなんだな」


「その方向には蒸し返さなくていい! ていうか、そこはもう友達ってことで結論付けておいてほしいんだが!?」


 全く思い通りの展開にならず、あと黒の言葉のナイフに傷付けられて光は若干涙目であった。


「二人共、あんまイジメてやんなって」


「庸一ぃ……! 私の味方は君だけだ!」


 苦笑気味で取りなす庸一に縋り付く。


「ですが、兄様……ここまで必死になっているということは、よからぬことを企んでいるに決まっていましてよ?」


「まぁ、十中八九悪知恵を働かせておるじゃろうな」


「いやいや」


 断定する二人に、やはり苦笑と共に庸一は首を横に振った。


「純粋に海に行きたくて提案してるだけだよな? なっ、光?」


 と、話を振ってくる庸一に対して。


「んうっ……!」


 光は即答することが出来なかった。


(これまでの諸々から考えて、魔王と環は庸一からあまり女性と見なされていない……! となると、水着は完全に私のフィールド……! ゆえに海、なんだよなぁ……!)


 普通に、まぁまぁ姑息なことを考えているためである。


 だが、しかし。


「あぁ、その通りだとも! 私には何の思惑もなく、ただ純粋に皆で海を楽しみたいと思っているんだ!」


 心を無にし、曇りなき眼で言い切った。


「めちゃくちゃ目が濁っている上に泳ぎまくりですわね……」


「ここまで思惑を隠すのが下手な者もそうそうおらんじゃろな……」


 つもりだったが、全然出来ていなかった。


「ぐむうっ……!? いいじゃないか、海! 海に行きたい! 海海海! 海がいいんだ!」


「コヤツ……ついに理性を捨ておった……」


「前世で勇者を崇拝していた皆様にはお見せ出来ない姿ですわね……」


「出来れば俺も見たくはない姿だったな……」


 ここにきて強硬策に出る光だったが、普通に庸一からの好感度が下がっていることには気付いていない。


「まぁ、光がそこまで行きたいっていうんならいいんじゃないか……?」


「元より、強固に拒絶する理由もありませんけれど……」


「しゃーなしじゃぞ?」


 結局、決まり手は『周囲からの同情』だった。


「やった! 海! 海だ!」


 そして、後遺症(?)によって光の知能は引き続きやや下がり気味だった。


「……つーか、その前になんだけどさ」


 そこでふと、庸一が何かを思い出したような表情に。


「光、期末は大丈夫なのか? 赤点取ると夏休みに補習だから、海とか行ってる場合じゃなくなる可能性があるけど」


「っ!?」


 全く考慮していなかった可能性に、光の頬が引きつる。


 そして。


「……勉強会を開催しよう! いや、してください!」


 なりふり構わず頭を下げるその姿に、かつての勇者の威厳など微塵も存在していなかった。



 ◆   ◆   ◆



 他方。


「……海。まぁ、悪くはない舞台かもしれませんわね」


 ポツリと漏らされた環の呟きは、誰の耳にも届かない。






―――――――――――――――――――――

すみません、次回更新も1回分スキップして次の水曜とさせてください。

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