第82話 相談についての相談

「環、私のターンが来ないんだ」


「……は?」


 放課後の教室に二人だけ残った、光と環。


 深刻な表情で切り出した光に対して、環が思いっきり眉根を寄せた。


「光さん……わたくし、諸事情・・・によりここ最近とても苛立っていますの」


 かと思えば、ニコリと微笑む。

 なお、目は全然笑っていなかった。


「相談したいことがあるから残ってくれ、だなんて言ってわたくしの時間を拘束しておきながらその戯言……あえて挑発することで、わたくしのストレス発散に付き合ってくれることを示していますの?」


 環を中心に風が巻き起こり、髪がブワッと舞い上がる。


「や、違っ、今説明するから!」


 光は、慌てた調子でわたわたと手を動かした。


「庸一が、私に恋愛相談をしてくれないんだ!」


 そして、本題を切り出す。


「……説明を聞いた上で、意味がわからないのですけれど」


 そう言いつつも風は収まった辺り、環にも一応聞いてくれるつもりはあるということか。


「うん、だからな? 庸一は今、魔王のことで悩んでいるだろう?」


「……そうですわね」


 そう返す声がやけに固いのは、やはり環としても大いに思うところがあるからだろう。


「それで、まさか環に相談するわけにもいかないだろうし、この件を知っている人となると他には私しかいない。だから、きっと私に相談が来ると思っていたんだけど……」


 ふぅ、と光は物憂げに溜め息を吐いた。


「全然相談に来る気配がないのは、なぜなんだろう?」


「………………ふぅ」


 一方で、環もまた重い重い溜め息を吐く。


「まぁ、端的に言うならば」


 頭痛でも感じているかのように、こめかみに指を当てながら。


「よりにもよって、それをわたくしに相談してくるような方だからではなくて?」


「ぐむぅ……!」


 冷めた目で言い放つ環に対して、光は呻いた。

 実際、流石に環にこれを相談するのはどうなのかな? という想いは光も抱いてはいたのだ。


 が、しかし。


「だ、だって私、他に相談出来るような友達なんていないし……」


「あら、ついに友達がいないことを認めましたわね」


「いや、今のはあくまでこの件を相談出来るような友達がいなという意味だから! 事情を知っている友人が君しかいないってだけで!」


「ふぅ……」


 再び重い溜め息を吐く環を見て、光はとある予感を抱いた。


「あっあっ……! さては君も、我々が友達関係かどうかに疑念を挟むつもりだな!?」


 黒から友人関係であることを疑問視された件について、地味にダメージが残っている光である。


「トモ……ダチ……?」


「なんでそんな、友達という概念を理解していない生命体みたいな反応なんだ!?」


 未知の言語に触れたかのような環を相手に、光は目を剥く。


「冗談ですわよ」


 ふっ、と環が表情を緩めた。


「わたくしとて、流石に貴女への友情は持ち合わせております」


「あっ、そこ素直に認めてくれるんだ……な、なんだか、思ってた以上に嬉しく思っている自分がいるな……」


「ちょっとチョロすぎませんこと……?」


 照れ照れと赤くなった頬を掻く光に向けられる環の目は、胡乱げなものである。


「ま、前世から数えればなんだかんだでそれなりの付き合いにはなりますものね」


 表情を微笑に変えて、環は軽く肩をすくめた。


「というか、逆に……」


 次いで、顎に指を当て思案顔となる。


「わたくしにとって友人と呼べるのは、光さんと魔王くらいでしょうね」


「君、それを言っていて虚しくならないのか……?」


「少しも。わたくしには、兄様がいればそれでいいんですもの」


「本当に心から言い切れるところが君の強さだよな……あまり真似したい類のやつじゃないけど……」


 迷いなく言い切った環に、光は微苦笑を浮かべた。


「にしても、記憶が戻る前の友人とかもいないのか? 中学生とか、小学生の頃とかの」


「一人もおりません」


「めちゃくちゃ綺麗に断言したな……」


「生家の問題で、元からあまり人が寄り付かなかったこともありますし……何より、誰といても果てのない喪失感が埋まりませんでしたもの。生返事くらいしかしないわたくしに寄ってくるのは、見てくれに引き寄せられる害虫くらいでしたわね」


「結構重い過去を語っているはずなのに、なんかノリが軽いな……」


「兄様に再会出来た今となっては、全ては瑣末事です」


「あぁ、そう……」


 これまた心から断言しているのが感じられて、光としてはそう返すことしか出来なかった。


「にしても、そんな君が……魔王まで友人と認めているのは少し意外だな」


「それこそ魔王ではあるまいし、わたくしたちの関係性が一般的にどう呼ばれるかくらい認識しておりますわよ」


 小さく笑う環。


「もっとも」


 それが、一瞬で修羅の顔に変化して。


「魔王に関しては、わたくしの『暗殺しなくてはいけない者リスト』の筆頭に名を連ねている存在でもあるわけですが」


「うおっ!?」


 環の全身から殺意が溢れ出て、光は思わず椅子を蹴って飛び退ってしまった。

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