第81話 光のターン?

 天ケ谷光は、元勇者である。


 前世ではあらゆる理不尽をねじ伏せ、最後の最後まで己の正義を貫き通した。


 そして、生まれ変わった今。


(こんな理不尽があっていいのだろうか!?)


 割と真面目に、前世も含め過去最大の理不尽に遭遇している想いだった。


(おのれ、魔王めぇ……!)


 ギリ、と歯を噛みしめる。


「ほれ、あーんじゃ」


「……あーん」


「どうじゃ? 美味いか?」


「ん……流石としか言いようがないな。めちゃくちゃ美味いわ」


「くふ、そうじゃろうそうじゃろう。では、妾も食すとしようかの」


「あっ……」


「ふむ、確かにこれはなかなか……おや? ヨーイチ、どうかしたのかえ? そんなに妾の箸を見つめおって」


「いや、別に……」


「くふふ、間接キスくらいで照れるとは随分と初心じゃな?」


「ぐむ……」


 目の前に展開されているのは、そんな光景で。


(いやいやいやいや……! ワンチャン、魔王のターン継続と思わせてかーらーのー? という展開があるかと思ったのに! 全く、何も無し! ずっと魔王のターン! 勇者のターン、一切無し! なんだこのゲームバランスは!? クソゲーか!?)


 光の頭の中には、そんな考えがグルグルずっと回っていた。


(ぐむむ、マズい……! マズいぞ……! ぶっちゃけ庸一は結構流されやすいところもあるからな……! 環と違って何のしがらみもない以上、魔王の攻勢に押し切られる可能性も十分考えられる……! ほら、今だって……!)


 現状、黒に翻弄されっぱなしに見える庸一。


「………………」


 けれど事あるごとに、こうして思案顔となる。

 何を悩んでいるかなど、一目瞭然だろう。


(たぶん、昨日からずっと真剣に考えているんだろうな……その結果がどうなるかなんて、干渉のしようもないし……)


 と、そこまで考えたところでふと光の脳内にとあるアイデアが浮かんだ。


(……待てよ?)


 顎に指を当て、光も思案に入る。


(丸一日以上悩んではいても、今のところ結論が出た様子はない……一人で悩むのも、そろそろ限界なんじゃないか? そうなってくると、必要なのは相談相手……まさか環に相談するわけにもいくまいし……この件について知らない人にも相談はしづらいだろう……と、なると……)


 徐々に、光明が見えてきたような気分だった。


(最有力候補は、私)


 ニッ、と密かに口元を緩める。


(つまり、これは……かの、有名な……)


 というか、緩みまくっていく。


(恋愛相談をしているうちに、その相談相手と良い感じになっちゃうパターンのやつ……!)


 既に、ニマニマと一人で怪しい笑みを浮かべている女となっていた。


(そうだな、真摯に相談には乗って……まぁ冷静に考えてみれば、庸一が魔王のことを女性として意識していなかったのは明らかなわけだし? 一方で、私のことは女性として意識していたわけで? 私が相談相手となることで結果的に両者を比較することになり……最終的に私が選ばれることは確定的に明らか!)


 本人は、それが仮定の上に仮定を重ねて希望的観測で塗り固めた結果導かれた結論であることに気付いていない。


(やっぱり私のターンじゃないか……!)


 グッと力強く拳を握る光にツッコミを入れる者は、残念ながら誰もいなかった。



   ◆   ◆   ◆



 そして、なんとなく前向きに踏み出したような気分になっていた光だったが。


 数日後。


(……庸一が相談してくるような気配が全くないんだが?)


 実のところ、現在地が一ミリも移動していないことにも気付いていなかった。


(まったく……仕方ないな、庸一は。自分から切り出すのは恥ずかしいのかな?)


 やれやれと肩をすくめる光の中では、『庸一が自分に相談する』という部分については既に決定事項となっている。


(私の方から、少し水を向けてやるとするか)


 ゆえに、妙に上から目線でそんなことを考えていた。


 というわけで、とある休み時間。


「なぁ、庸一」


 黒と環がお手洗いに立った隙を見計らって、話を切り出す。


「何か、私に相談したいことがあるんじゃないか?」


 そして、ドヤ顔気味でストレートに問いかけた。


「……?」


 それに対して、庸一は不思議そうな顔となる。


「いや、特にないけど……?」


 その表情のまま、首を傾ける庸一。


「ははっ、私たちの仲じゃないか。遠慮なんてしなくていいんだぞ?」


「なんで相談事があること前提で話してんの……?」


「あっ、そうか。ここじゃ話しづらいかな? 場所を移そうか?」


「や、もうすぐ休み時間も終わるし……」


「なるほど確かに。じゃあ、放課後改めてってことで」


「改められても……えっ、これもしかして相談するまで終わらない流れなのか……?」


 勝手に話を進める光に対して、庸一は大層微妙な表情だ。


「あー……じゃあ、相談っつーか単純に質問なんだけどさ」


「おっ、どうしたどうした? なんでも聞いてくれていいんだぞ? ん? ん? ちなみに私は、巷では恋愛マスターと呼ばれているから。どんな恋愛の質問にも的確に答えられるぞ?」


 明らかに無理矢理捻り出そうとしている庸一に対して、光はグイグイ前のめりになる。


 なお、言うまでもなく光が『恋愛マスター』と呼ばれている事実など存在はしない。


「林間学校が終わってから、アレ持ってきてないよな? あの木刀」


「あぁ……天光ブレードの話か」


 期待していた話題と違って、光のテンションが少し下がった。


「堂々とその名前を言われると、なんかこっちの方が恥ずかしくなってくるのなんでだろうな……」


 一方、庸一は半笑いを浮かべている。


「あんなに肌見放さず持ってたのに、今はいいのか?」


 それから表情を改め、問いを重ねてきた。


「天光ブレードなら、家で待機中だよ。だって、その……木刀を常に持っている女子高生とか、可愛くないだろう……?」


「えっ……!?」


 光の回答に、庸一は大きく目を見開く。


「そんなに驚くようなことかな……?」


「いや……今更そこを気にするのかって気持ちと、そもそもそう思える価値観だったんかいって気持ちが合わさってつい……」


「わ、私だって林間学校の時はちょっと恥ずかしったんだぞ!? ただ、それ以上に手放してはいけないという確信めいた予感があっただけで! 結果、それで正解だったじゃないか!」


「うん、まぁ……ちょっとだけだったのか……」


「や、あの、結構! 結構恥ずかしかった!」


 実際のところは、言うほど恥ずかったわけでもない光である。


「それに、だな!」


 誤魔化すためも兼ねて、少し話題を逸らすことにした。


「聖剣として、絆を結び直した今なら……」


 右手を開いて、宙へと突き出す。


「来い、天光ブレード」


 そう口にした瞬間、光の手の平の前方が僅かに輝き……かと思えば、次の瞬間にはその輝きが木刀の形となって顕現した。


 光は、落下し始めた木刀の柄を素早く掴む。


「このように、私の意思に応じていつでも呼び出せるんだ」


「へぇ? 流石は聖剣、便利なもんだな」


 ドヤ顔で胸を張る光に、庸一も感心の表情を浮かべていた。


「呼び出すのも元の場所に戻すのも自由自在ってわけか」


「ん? 呼び出すのはともかくとして、元の場所に戻すようなことは出来ないぞ? あくまで、いつどこで戦闘になっても大丈夫なようにってことだから」


「そう……なの?」


 言葉の途中で、庸一は苦笑を浮かべる。


「……?」


 その理由がわからず首を傾げる光だったが……直後、理解することとなった。


「あれ……? 天ケ谷さん、さっきまで木刀なんて持ってなかったような……?」


「や、そもそもなんで木刀を持ってるんだよ……」


「剣道部に入部するんじゃ?」


「だとしても抜き身の木刀は持ち歩かんだろ……」


「単純に木刀が好きなんじゃないか?」


「林間学校でもずっと持ってたしな……」


「木刀好きな女子高生って何だよ……」


「まぁ、天ケ谷さんだし」


「なるほど、そう言われれば確かに納得出来る」


 そんな風に、クラスメイトがザワつき始めたためである。


 このメンバーの奇行にもだいぶ慣れた面々も、教室で木刀という組み合わせの異様さは流石にスルーしかねるらしい。


「まぁ、こうなるよなぁ……」


 庸一が、苦笑を深める中。


(うーん……なんだか、恋愛相談って空気でもなくなってきちゃったなぁ……)


 そう考える光であったが、本人はやっぱり気付いていない。


 最初から最後まで、そんな空気ではなかったことに。


 あと、やはりと言うべきか木刀好きと目されることにさほど思うところもないようだった。






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次回更新は1回分スキップし、次の土曜とさせてください。

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