第3章
第80話 林間学校を終えて
なんやかんやあった林間学校も無事終了し、翌日。
小堀高校二年八組の面々は、すっかりいつも通りの学校生活に戻っていた。
ただし……一部を除く。
「これヨーイチよ、何をボーッとしておる。もうとっくに昼休みじゃぞ?」
「あ、おぅ……そうだな」
「ほれ、弁当を食べるのじゃから机をくっつけんか」
「あぁ、うん、そうだな……」
「えーい、何をダラダラしとるか。貸してみぃ」
「ちょっ、あっ……!?」
「ん? くふふ、どうしたんじゃ? 少々手が触れ合ったくらいで、やけに動揺しおって」
「や、その、別に……」
黒に関しては、実に今まで通りの振る舞いである。
一方で、庸一はそんな黒に対して露骨に態度を図りかねていた。
どうしても脳裏に蘇ってくるのは、昨日の場面。
◆ ◆ ◆
「妾の、恋人になって欲しい」
黒の、その言葉に対して。
「俺、は……」
庸一は、それ以上言葉を続けることが出来なかった。
(俺は……黒のことを、どう思ってるんだ?)
その、答えを持っていなかったから。
(最初の認識は、恐ろしい魔王の生まれ変わり)
出会った時点では、恐怖の対象でしかなかった。
(だけど、すぐに普通の女の子だってわかってきた)
それからは、対等な関係で付き合ってきたつもりだ。
(友人として、好意は持ってる。一人の人間として、敬意も抱いてる)
先程口にしたことに、何一つ嘘はない。
(でも……異性としては?)
それについては、今まで考えたこともなかった。
何しろ、相手は『魔王』。
まさか人間相手に……それも自分のような一般人を相手に恋愛感情を持つなど、想像の埒外である。
と、この辺りで光のシャウトが入って一同ビクッとしつつ。
「今まで、妾に対してそのようなことは考えたこともない……といった顔じゃな?」
「っ……」
光の叫びはスルーし表情を改めた黒にズバリと内心を当てられ、庸一の頬が強張った。
「構わぬよ」
黒は、鷹揚に頷く。
「というか、まぁ……お主らの前世云々の話が本当じゃとわかった今、仕方のないことであろうと理解もしておる」
そして、軽く苦笑した。
「ゆえに、答えは性急には求めぬ」
それを、また微笑に戻す。
「むしろ、ゆっくり考えてほしいと思うておる。お主にとって、妾はどういう存在なのか……妾は、お主にとってどういう存在でいられるのか」
それは、今までにない大人びた表情に見えて。
「先の言葉への返事は、その答えが出てからで良い」
庸一の記憶に、深く刻まれた。
「もっとも……だからといって、妾がただ待つだけとも限らんがの?」
最後に、イタズラっぽく笑って。
それで話は終わりだとばかりに、黒はパンと手を打つ。
「さて、さっさと下山するとしようかの。これ以上ここでウダウダやることもあるまい」
言葉通り、ケロッとした顔で下山を始める黒。
それに対して、残された一同は。
『お、おぅ……』
全員、全く心の整理が出来ないのが丸出しの表情で声を揃えた後に続いたのだった。
◆ ◆ ◆
といった出来事から、丸一日以上が経過し。
(俺にとっての黒が、どういう存在……か)
まだ、庸一はその答えを見いだせていない。
(にしても、黒が俺のことを……なんてなぁ……)
というかそれ以前に、未だその事実に信じがたい思いを抱いていた。
(ただ、今にして思えばそんな素振りも……)
彼女と過ごしてきた日々を振り返り。
(……いや、あったか?)
首を捻る。
(黒って、基本的に家の人と俺以外の男と話すことがあんまりねーからサンプルが少なすぎんだよな……まぁ、嫌われてるわけではないだろうとは思ってたけど……)
とはいえ、客観的に見てみれば
黒にとって庸一は恐らく家族以外で初めて対等に接してくる相手であり、彼女の知らなかった世界へと引っ張った。
一部、普通の人も知らないバイオレンスな世界もだいぶ混じっていた気もするが……ともかく。
(前世の記憶を持ってない、ただの女の子だったんだとしたら……俺のことを好きになったとしてもおかしくはない……の、か……?)
少なくとも、自分が彼女にとってかなり特別な存在であることは事実であろう。
一日かけて、ようやくここまで気持ちを整理できた。
だが、本当の意味で悩まなければいけないのはここからだ。
そして。
(そうだな……精一杯、悩んで考えるか)
改めて、そう考える庸一だった。
それはきっと、確かな前進なのだろう。
◆ ◆ ◆
一方で。
「むっ、今日のローストビーフはマヨベースのソースじゃな。どうじゃヨーイチ、一口食べてみんか?」
「ん、じゃあもらおうかな」
「うむ。では、あーん……じゃ」
「やっ、その、自分で食べるっての」
「くふふ、何を今更照れておるか。この程度、昔から何度もやっておるであろう?」
「それはそうなんだけどさぁ……」
そんなやり取りを、ぼんやりと眺めながら。
(………………いや、私のターンは?)
光は、昨日から一歩たりとも前進することなくその考えに囚われ続けていた。
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