第79話 告白と幕開けと絶叫と


 ──好きじゃよ、ヨーイチ


 そう言い放った、黒に対して。


「え……? あぁ」


 驚いた様子で目を瞬かせた後、庸一は納得の表情を浮かべる。


「お前も、同じく友情を感じてくれてるってことだよな。ありがとう、嬉しいよ」


 そして、照れくさそうにまた頬を掻いた。


「まぁ、お主はそう言うじゃろうと思うたよ」


 苦笑を浮かべることさえなく。


「ゆえに、言い換えよう」


 むしろ、黒の笑みは愛おしげなもの。


「妾のモノになるが良い、ヨーイチよ」


 それは間違いなく、王の器を感じさせる堂々とした態度であった。


「えっ………………と?」


 一方の庸一は、鈍感系主人公の器を感じさせるよくわかっていなさそうな顔である。


「そんな口を聞くとは面白い奴、自分のモノになれ……とか、そういうやつか?」


「どこの俺様系主人公じゃよ」


 これには、流石の黒も苦笑い。


「ま、とはいえ」


 それを再び、微笑に変えた。


「正直、最初は似たようなものだったかもしれぬがの」


 どこか懐かしげに、目を細める。


「というよりは単に、妾を恐れることなく話しかけてくれるのが嬉しかったんじゃ」


「いや、まぁ、俺も最初はビビりまくってたけどな……魔王だと思ってたから……」


「言うて一月も経たんうちに、気安い態度になっとったじゃろが」


「そりゃお前があんまりにも普通の女の子だったから、てっきり魔王も心変わりしたんだって思って……今にして思えば、魔王ですらなかったわけだけど……」


「普通の女の子、とな」


 黒の微笑みに、嬉しげな色が混ざった。


「妾に斯様な評価を下すのは、お主くらいのものじゃよ」


「そうか……?」


「ふっ……自覚がないのもお主らしいわ」


 微笑みが、深まる。


「ちゅーかそれこそ今にして思えば、妾を魔王と認識した上で近づいてきたとかお主マジで正気の沙汰とは思えぬよな。お主が死ぬことになった直接の原因じゃぞ?」


「それは……まぁ……でも、当時はそれが俺の『使命』なのかと思ってたし……」


 黒歴史を恥じているのか、庸一の歯切れは大変に悪かった。


「じゃが、そんなお主じゃからこそ」


 そんな姿をも、黒は愛おしげに見つめる。


「妾は惹かれていった。退屈な妾の日常をぶち壊してくれたお主を。妾の元から離れていかぬお主を。打算なく一緒にいてくれるお主を。妾のために……命さえ賭してくれる、お主を。どんどん、好きになっていった。今だって、どんどん好きになっておるのじゃよ」


「黒……」


 きっと、そんな風に想われているとは考えてもいなかったのだろう。

 庸一は、何と言っていいのやらわからないといった表情だった。


「ずっと、お主の隣にいられるだけで満足じゃった」


 黒は、そっと己の胸に手を当てる。


「それがずっと続くことこそを、望んでおった」


 まるで、そこにいる誰かに語りかけるかのように。


「じゃが……それだけでは、退屈な日常の中で只々『誰か』を待ち続けたあの頃と変わらんのじゃろう。妾は結局、何も変われてなどいなかったのやもしれぬ。お主らといることで、変われた気になっておっただけで」


 あるいは、そこにいる誰かの声を聞いているかのように。


「じゃから、今度こそ妾は進む」


 もう片方の手を、庸一の方へと差し出す。


「ヨーイチよ」


 ちょっとした遊びにでも誘うような、気軽な口調で。



「妾の、恋人になって欲しい」



 ハッキリと、言い切った。


『………………』


 しばし、場を沈黙が支配する。


「………………って」


 たっぷり十秒は経過した後に、ようやく庸一はハッと我を取り戻した様子となった。


「は……ははっ……何、言ってんだよ……」


 お世辞にも、上手く笑みを浮かべられているとは言い難い。


「担がれりゃしないぜ? いくら俺が、そういうのに耐性ないからって……」


 笑みを浮かべようとするが、どうにも上手くいかない……そんな表情だった。


「冗句だと、思うのかえ?」


 揶揄するでも憤るでもなく、黒は笑みを携えたまま。


「妾の、今の言葉を」


 庸一を、真っ直ぐに見つめる。


「他ならぬ、お主が」


 光でさえも、先の言葉が冗談でないことは十二分に理解出来た。


 黒はしょっちゅう、からかうし、軽口を叩くし、イタズラだってする。

 けれど、だからこそわかる。


 今のは、彼女の本気の言葉であると。


 光よりずっと付き合いの長い庸一に、わからないはずはないだろう。


「俺、は……」


 口をパクパクと動かすだけで、庸一から言葉らしい言葉は出てこない。

 そんな態度こそが、庸一も黒の本気を理解している証左なのだろう


 ……と、その頃になって。


(……あれ?)


 しばらくボーッと事の成り行きを見ていた光の頭が、ようやく再起動を始めた。


 チラリと横に目を向ける。


「………………!?!?!?」


 環が、目を見開いたままフリーズしていた。


 恐らく、端から見れば光も同じような状態だったのだろう。


(今の、って)


 再び、目の前へと視線を向け直す。

 もちろん、未だ庸一と黒は見つめ合ったままである。


(告白……だった、よな?)


 今更、確認するまでもない事実。


(まさか)


 ある意味では魔王の覚醒さえも吹き飛ばしかねない衝撃を伴ったそれは、明らかに。


(新しいメインイベント、始まっ……た?)


 黒を中心とした新たな物語の、幕開けであった。


「わ……」


 それを、遅まきながらに認識して。


「わ……」


 最後の庸一の呟きからこっち、未だ誰も何も発言していない中で。


「私のターンはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 当事者たちを差し置いて全力で叫んだ光に、一同ビクッとなったのであった。






―――――――――――――――――――――

章分けしました。

ここまでで、第2章終了でございます。

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