第78話 動き出す

 すっかりいつも通りな、庸一と黒のやり取りを眺めながら。


(流石は環だな……こうなることまで予想済み、ということか……)


 光は、内心で感嘆を抱いていた。


(『好き』だと叫べ、と庸一に提案した時は何事かと思ったけど……キッチリと魔王の封印に成功し、しかし告白的な意味にはならず……完璧な落とし所だ)


 チラリと目を向けると、環は涼しい顔で待機している。

 ここまでの庸一と黒の会話中も全く動揺した姿を見せていないので、何もかもが計算通りといったところなのだろう。


(にしても……『好きだ』、か)


 黒に向けられた、庸一の叫び声が脳裏に蘇る。


(たとえそういう意味でなくとも、正面から言われてみたいものだな)


 黒を羨む気持ちがあるのは、否定出来からぬ事実であった。


(ふっ……この私が、そのような軟弱な考えを抱く日が来るとは)


 前世の頃には考えられなかったことで、口元が皮肉げな笑みを形作る。


(ふっ……)


 形作る。


(ふっ……)


 形作る。


(ふっふっふっ……)


 徐々に、それが緩んできた。


(ふ、ははははははははっ!)


 ともすれば、内心の高笑いが漏れ出そうになる。


「うふふ……うふふふぅ……」


 というか、結構漏れ出ていた。

 光としては苦笑気味のニヒルな表情を保っているつもりなのだが、端から見ればかなりだらしない笑みが浮かんでいる。


(来ている……! 私の流れが来ているぞ……!)


 心の内には、ハートマークが凄まじい勢いで吹きすさんでいた。


(今回の件を鑑みるに、庸一が魔王に抱いているのは純然たる友情……!)


 でなければ、ここまでケロッとしてはいられないだろう。


(そしてこれまでの諸々から考えて、庸一は環を今でも『妹』であると認識している……!)


 その見立ても、間違っていないはずだ。


(一方……この私はといえば、だ)


 思わず、笑みが深まる。


 ……と光は思っているが、実際には漏れ出ている笑みのだらしなさが増した形だ。


(庸一から『女性』として認識されているのは、間違いない……!)


 これは自惚れゆえのものではない、と光は考えていた。

 今までの庸一の反応を材料にした、客観的な判断であると言えよう。


(最近の出来事で、これらを確信した……!)


 環については前世で赤ん坊の頃から、黒も小学生の頃から知っているとなれば、なかなか『そういう』対象を見るのは難しいだろう。

 庸一の精神年齢は既に大人のそれなのだから、尚更である。


 その点、光との出会いは前世でも現世でも十分に『女性』と呼べるくらいに成長してからのものだ。


(まさか、出会いの遅さが逆に有利に働くとは……環も魔王も、これは計算外だったろう……! まさしく、私の一人勝ち……!)


 一見不利に思えた要素が、いざ戦いの場になると有利に働く。

 前世では何度も経験したことだが、まさか現世の、それも恋愛事においても起こるとは流石の光も思っていなかった。


 庸一と過ごした時間の少なさは大きな不利だと思っていただけに、それがアドバンテージに転じると知った今の喜びは一入である。


(そして、何より)


 この状況が己に利すると判断している要素は、それだけではなかった。


(先日は、環……そして今回、魔王)


 一見すれば、光が蚊帳の外に置かれる出来事が続いているように見える。


 けれど。


(流れ的に、次は私がメインのイベント……! 私のターン……! 間違いない……!)


 天ケ谷光、かつて『勇者』と呼ばれた存在。


(漫画だったら、絶対そうなるし!)


 ぶっちゃけ、少女漫画脳であった。


(いやぁ、楽しみだなぁ……私には、どんなイベントが来るんだろうなぁ……)


 ニヤリ……を通り越して、光が浮かべる笑みはニマニマと緩んだものである。


 元が神の作り給うた造形かと思うほどに見目麗しい光だからこそどうにか見れる画になっているが、そうでなければだいぶ気持ち悪い光景になっていたことだろう。


 というか、現状でさえもちょっと気持ち悪い感じになっていた。


「光さん、貴女だいぶ気持ち悪い感じになっていますわよ……?」


 何気にそれを目撃していた環が、引き気味の表情で呟く。


 しかしそんな環の言葉も、今の光には届かなかった。


(やっぱり、私も前世関連かな……? でも私の場合、前世では庸一とあんまり繋がりないけど……いや、それを言うなら魔王の方が繋がりは薄かったわけだし……ということは、勇者だった過去が関係してくる感じかな……? 私が格好いいところを見せて庸一が惚れるとか……いや逆に、私のピンチを庸一が救ってくれるというパターンもあり得るな……? ふふっ、この私が救われる立場になる……前世では考えられなかったことだけど、それだけに実はそういうのにちょっと憧れあったんだよなぁ……!)


 なんて、光は悶々悶々と作戦……というか、妄想に考えを巡らせていて。


 ゆえに、気付かなかった。


「……ふぅ」


 半笑いを浮かべていた黒が、表情を引き締めると同時。


 その身に纏う雰囲気が、明らかに変わったことに。


 それはまるで、戦いに赴く戦士のような。

 かつての光……エルビィ・フォーチュンに近いものであると言えた。


「……魔王?」


 色ボケした光とは違って敏感にその変化を察知したらしい環が、眉根を寄せる。


「ま、そうじゃな」


 黒の身体は良い感じに力が抜けており、戦場においてならば理想の状態だと言えた。


「思えば……一方的に待つだけというのも、いい加減飽いてきたからの」


 そして、恐らく。


「そろそろ、自ら動いてみるとしようぞ」


 彼女が今、いるのも。


「先程、妾からも手を伸ばしたように……の」


 ある意味では、戦場なのだろう。


「ヨーイチよ、聞くが良い」


「……? なんだよ、改まって」


 背筋を伸ばした黒につられたのか、庸一も姿勢を正した。


 そして。



「好きじゃよ、ヨーイチ」



 深呼吸の一つも挟むこともなく言い切ったのが、実に彼女らしい。






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次回更新は1回分スキップし、次の土曜とさせてください。

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