第77話 例の発言について

 なんだかんだで、ようやくいつもの雰囲気となってきて。


「黒……なんか、悪かったな。今まで、ちゃんと記憶について確認しなくてさ」


 それにホッとしながら、庸一は四年以上に亘る勘違いを謝罪した。


「まっ、これに関しては言い出さなかった妾の方にも非はあると認めんでもないしの」


 再度、黒が肩をすくめる。


「とはいえ、何にせよ全員無事で終わって良かったよ」


 そう、庸一としては締めたつもりであった。


「いえ……本当に終わったとは、言い難いと思います」


 しかし、環は神妙な顔で首を横に振る。


「魔王の人格は、あくまで封印したのみ。それも、ほとんど即興で作り出した魔法です。正直わたくしとしても、いつ封印が解けるかわかりません」


「……なるほどな」


 続いた環の言葉に、庸一も表情を引き締めた。


「なに、今は天光ブレードもこの手にある。今度は遅れを取らないさ」


 笑って、光が木刀を軽く掲げる。

 その力強い笑みは、場に漂う不安を払拭するのに十分であった。


「確かに、モノボケアイテムの準備はバッチリですわね」


「だからモノボケアイテムとして利用する気なんて欠片もないんだが!? 最後の方は、ちゃんと聖剣として役立っていたじゃないか!」


 その情けない涙目に、場に漂う不安がちょっと戻ってきた気がした。


「ま、案ずるでない」


 黒が、不敵に笑う。


「今回は、未知のことであったがゆえ簡単に乗っ取りなぞされてしまったがの。この妾が、そうそう何度も負けを許すわけがなかろう」


「あぁ、そうだな」


 庸一もそう信じていたので、微笑んで同意を示した。


「……それに、の」


 頬を緩めて、黒は自身の胸にてを当てる。


「意外と、アヤツも……」


『……?』


 その行動の意味がわからず、一同首を捻った。


「ふっ、なんでもないわい」


『……??』


 結局何の説明もなくて、三人の頭の上には沢山の疑問符が浮かぶ。


「それよりも、じゃ」


 一方の黒は、ニンマリと笑った。


「ヨーイチよ。先の情熱的な告白、褒めて遣わすぞ」


「……?」


 今度も言っている意味がわからず、また庸一は首を捻る。


「……いや、今のはわかるじゃろが」


 ジト目を向けてくる黒。


「好きだ、ちゅーっとたじゃろが。妾、ちゃんと聞こえとったんじゃからな?」


「あぁ、そのことか」


 そこまで言われてようやく、黒を取り戻すために叫んだ言葉のことだと思い至る。


「やっぱり、しっかり届いてたんだな。あの言葉なら届くって環に言われて、半信半疑だったけど……流石だな」


「ほぅ、魂ノ井が?」


 環に向ける黒の視線には、どこか牽制するような色が含まれている気がした。


「まさかとは思うが、ヨーイチよ……魂ノ井に唆されて言うただけで本心からの言葉ではない、などと言うつもりではあるまいな?」


 次いで、胡乱げな目を庸一に向けてくる。


「ははっ、そんなわけあるかよ」


「……ほぅ?」


 庸一が笑って返しても、未だ黒の顔には疑うような雰囲気が伺えた。


「あれは間違いなく、俺の本心からの言葉だよ」


「ほ、ほぅ?」


 しかし重ねて言うと、動揺が垣間見え始める。


「つまり、その……ヨーイチは、妾のことを……?」


 不敵な笑みを浮かべてはいるが、露骨にソワソワした様子であった。


「あぁ」


 何恥じることもないと、庸一は大きく頷く。


「無駄に自信過剰で、なのに肝心な時に抜けてるところがあって、肩書きに反してやけに常識があって、意外なくらいに思いやりがあって、ちょっと脆いところもあって」


 先程伝えたことの、繰り返し。


「そんで、魔王に負けないくらいに強い」


 自然、庸一の口元は微笑みを形作っていた。


「他にも色々あるけど……色々、ひっくるめてさ」


「う、うむ……」


 黒は、少し緊張した面持ちで頷く。


「好きだよ」


「っ……!」


 そして、庸一の言葉に息を呑んだ。


 が、しかし。


「友達として、すげぇ誇らしく思ってる。尊敬してるよ、お前のこと」


 続いた庸一の言葉に、ピシリとその表情が固まった。


「いやぁ、ははっ。流石に、こういう何でもない場面で伝えるのはちょっと照れるな」


 庸一は、苦笑気味に笑って頬を掻く。


 それから、少し間が空いて。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………………」


 黒が、深い深い溜息を吐いた。


「じゃよねー、わかっとったよ。庸一は、そうじゃもんねー。このオチまで見えとったっちゅーんじゃ。端から期待なんぞしとらんかったわい」


 そうは言いつつも、その顔には『期待はずれである』とありありと書かれている。


「えっ……? なんだよ……? 俺、なんかしちまったか……?」


「はいはい、厨二病乙じゃ」


「『俺、なんかしちまったか?』自体は別に厨二ワードでも何でもねぇからな!?」


 なんてやり取りする二人は、やっぱりいつも通りの調子であった。






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