第76話 いつもの四人

「……様……兄様っ!」


「ん……?」


 聞き慣れた声と共に身体を揺すられて、庸一はゆっくりと目を開けた。


「庸一、意識に混濁とかはないか?」


 目の前には、少し心配そうな表情を浮かべる光の顔。


「あぁ……大丈夫だ」


 頭に手を当て軽く振ってみるが、特に痛みなどはなかった。


 と、そこまで考えて。


「っ!? 黒は!?」


 現状を思い出し、勢いよく起き上がる。


 だが、妙に身体が重い気がした。


「それでしたら……」


「そこ、だな」


 環が若干不機嫌そうに、光が苦笑と共に、庸一の腹部辺りを指す。


「……?」


 意味がわからず、疑問符を浮かべながら庸一は視線を下ろした。


 すると、そこに。


「っ!? 黒!?」


 探していた人物の姿を見つけて、思わず驚きの声が出る。

 どうやら、黒を抱きすくめる形で気を失っていたらしい。


「くふふ、ようやっと気付きおったか」


 庸一の腕の中で、黒はどこかくすぐったそうに笑っていた。


「あ、悪い」


 腕を広げ、黒を拘束から解放する。


「別段妾としては、ずっとこのままでも良いのじゃが?」


 しかし、黒に離れていく気配はなかった。


「駄目に決まっているでしょう!」


「多目に見るのはここまでだ!」


 環と光がその襟首を掴んで、無理矢理に引き剥がす。


「まったく、ケチくさい奴らじゃのぅ」


 そう言って肩をすくめる黒だが、抵抗もせず素直に引き剥がされた辺りそこまで不満を持っているわけでもなさそうだ。


「そういう問題じゃありませんわよ」


「そうだぞ、魔お……」


 とそこで、ふと光が言葉を止めた。

 そして、示し合わせたかのように環と顔を見合わせる。


「この呼び方も、相応しくないことがわかったな」


「ですわね」


 二人、苦笑を浮かべて。


「改めて……おかえりなさい、黒さん」


「おかえり、黒」


 それを、微笑みに変化させる。


「はぁん?」


 一方の黒は、大げさなまでに眉根を寄せた。


「何を気安く呼んどるんじゃい。ヨーイチ以外に名前呼びを許可した覚えなぞないが?」


『はぁん!?』


 今度は環と光がそんな声を上げて、ビキリとこめかみに血管を浮かび上がらせる。


「こちらが下手に出て差し上げたというのに……」


「やっぱり君など、魔王呼びで十分だ!」


「じゃから、それでえぇと言うとろうが」


 呆れ気味の口調で言って、黒は再び肩をすくめた。


「……というか、今までと全く変わらないその態度」


 黒を見る環の目が、胡乱げな色を帯びる。


「もしかして貴女、先程までの記憶がなったりします?」


「……いや」


 黒は、ゆっくりと首を横に振った。


「ちゅーか、アレじゃな」


 それから、小さく苦笑を浮かべる。


「そう言うっちゅーことは、やはり夢ではなかったということか」


 彼女自身、未だ信じきれていないかのような表情であった。


「まさか、妾がマジで『魔王』じゃったとはのぅ……」


「あー……てことは黒、やっぱり前世の記憶がなかった……のか……?」


「あるわけなかろうが、そんなもん」


 呆れたように、断じてから。


「……と、切り捨てるわけにもいかんようになったのぅ」


 再び、黒は苦笑を浮かべた。


「ちゅーても、今でも前世の記憶? とやらは、ハッキリとは思い出せん。なんとなーくは思い浮かぶが、昔に見た夢を思い出しとるような感覚じゃ。先程の件とて、お主らがおらんかったら白昼夢とでも判断しておったじゃろうな」


「……んんっ?」


 ふと、光が疑問の表情となる。


「つまり、今まで前世の記憶を全く持たずに私たちと会話していたということだよな?」


「じゃから、そうじゃと言うとろうが」


「だけど、君だって普通に前世の話をしていたじゃないか」


「頑張って合わせとっただけで、一度たりとて積極的には話とらんわ」


「言われてみれば……確かに、か……?」


 今までの会話を思い出しているのか、光はこめかみに手を当て視線を宙に向けた。


「貴女それ、どういう気持ちで話を合わせていましたの……?」


 珍しく、環が半笑いとなって尋ねる。


「今日も厨二病っとるなぁ、と思うとったの」


「あぁ……時折『設定』だとか口にしていたのは、そういうことでしたの」


「うむ」


 鷹揚に頷いて。


「って、やっぱり『設定』って聞こえとったんじゃないかい!?」


 その点に思い至ったらしい黒が、環に向けて吠えた。


「お主らこそ、どういう気持ちでそれ聞いとったんじゃ!?」


「何やら厨二病のようなことを言っているなぁ、と」


「そんな風に思われとったんか!? 心外にも程があるんじゃが!? 厨二病はヨーイチだけにしておけい!」


「なんか俺だけはガチの厨二病扱いしてもオッケーみたいな風潮やめてもらえる!?」


「設……定……?」


「ほんで天ケ谷、なんでお主は『聞いた覚えがないな……?』みたいな反応なんじゃい!? お主相手にも結構ハッキリ言うたからな!? まさかホントにそこだけ聞こえとらんかったんか!?」


 なんて、会話を交わしているうちに。


 すっかり、いつもの雰囲気となっていく四人であった。

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