第74話 聖剣

 剣の転生ってどういう概念なのか、というツッコミに対して。


「私たちが転生したんだ、剣が転生していてもおかしくはないだろう?」


 光は、なんでもないことのようにそう答える。


「いや、おかし……く、ないのか? 環、どうなんだ?」


 反射的に否定しようとした庸一だったが、途中で言葉を止めて環の方に目をやった。


「さぁ……? 理論上、魂を持つのであれば転生も可能かとは想いますけれど……」


 どうやら環にも判断が付かないらしく、戸惑った表情である。


「魂なら、宿っているに決まっているさ」


「……その根拠は何ですの?」


「相棒である私が、そこに確かな魂を感じているからな!」


「めちゃくちゃ主観じゃありませんの……」


「それに、聖剣は持ち主を選んでそれ以外の者には扱えないだろう? それは、聖剣に意思があるということを指し示しているんじゃないか?」


「えぇ……? それは聖剣の意思というか、女神が設けた制約的なものなのでは……?」


「というか、実際に転生していることが何よりの証左だろう」


「そう言われると……まぁ、そうかもしれませんわね……?」


 納得はしかねている様子だが、環としてもそれ以上否定するつもりはないようだ。


「オーケーオーケー、じゃあ聖剣が転生したこと自体はいいとしよう」


 引き続き痛みを感じる頭を、庸一はゆっくりと横に振る。


「で……その剣の名前、何て名付けたって?」


「天光ブレード、だ」


 これ以上ないほどのドヤ顔と共に、光は大きく胸を張った。


「全く違う名前を付けるのも、何となく違う気がしてな? だから天光剣の『天光』……今の私の名前と、『ブレード』の部分を残したんだ」


 ドヤァ……! そんな効果音が聞こえてきそうな光に対して。


『いや、ダサッ!?』


 再び、庸一と黒の声が重なった。


「え……?」


 光は、「何を言っているのかわからない」とばかりに目を瞬かせる。


「ちゅーか、名前の由来はわかっとるわ! 最初から最後まで全部、聞いた瞬間にわかるわ! それもダサいし単純に字面もダサいしで、ダブル・ダサじゃ!」


「えっえっ、そんなことないだろう……? 漢字+カタカナの名前って格好いいし……」


「その発想が既にダサいわ!」


 そう言い切って、黒はぜぇぜぇと先程以上に大きく肩を上下させて顔を俯かせた。


 そんな姿を見て、庸一は一つ頷く。


「……まぁでも、流石は聖剣だな。確かに魔王によく効いてる。光、グッジョブだ」


「いや、別にそういう意味で魔王に対抗したかったわけじゃないんだが!?」


 グッと親指を立ててやると、光は目を剥いて抗議してくる。


「……く、ははっ」


 そんな中で、黒……魔王が、顔を上げた。


「なるほど、こういう手もあるのかえ」


「おい、誤解するな魔王! そういう手じゃないから! 私が最初からこんな聖剣の使い方を想定していたような口ぶりはやめるんだ!」


「もう一人の妾の記憶から、微かに読み取れる……モノボケ、というのじゃな」


「聖剣をモノボケアイテム扱いしないでくれるか!?」


 光、ちょっと涙目である。


「にしても、聖剣……か」


 一方の魔王は、どこか懐かしげに目を細めた。


「皮肉なものじゃな」


 そして、ニッと口の端を持ち上げる。


『……?』


 その理由がわからず、一同眉根を寄せた。


「それが、妾を目覚めさせた決定機となったというわけか」


「そう……だったのか」


 思わず庸一は呟く。


 実際、疑問ではあったのだ。

 これまでずっと覚醒の気配さえ感じられなかった魔王の人格が、なぜここに来て表に出てきたのか。


 天敵の存在に反応してということであれば、納得感はあった。


「ちょっと光さん、あなた思いっきり魔王復活のトリガー引いてるではありませんの! 勇者として恥ずかしくありませんの!?」


「い、いや、今にして思えば以前からちょいちょい様子がおかしかったのは魔王が目覚める前兆だったんだろうし……! それに聖剣のおかげで魔王に対抗出来るんだから、プラマイゼロというかギリでプラス寄りだと思うな勇者としては!」


「確かに元より、貴様らと過ごすうちにもう一人の妾も前世の記憶を取り戻しつつあったようじゃ。仮に聖剣の存在がなかったとて、妾が表に出るのも時間の問題ではあったやもしれぬ」


「ほら、他ならぬ魔王もそう言ってるし! どちらかといえば連帯責任だろう!」


「魔王にフォローされて責任転嫁する勇者って、貴女それ恥ずかしくありませんの?」


「も、元だから……」


 環に返す光の声は、だいぶ震え気味である。


「さて……聖剣が現れた上に、十全には動かぬこの身体。さしもの妾とて、少々手こずるやもしれぬ状況と言えようが……」


 ギラン、と魔王の瞳が一層不気味に輝いた。


「死合うかえ?」


「……いや」


 問いかけに対して、庸一はゆっくりと首を横に振る。


「俺たちの戦いは、あくまでも黒を取り戻すためのものだ!」


 そして、ハッキリと言い切った。


「くはは、そうかえ」


 その笑みがどこか嬉しげに見えるのは、庸一の気のせいなのだろうか。


「ならば、次はこういうのはどうじゃ?」


 再びニヤリと魔王が笑った途端に、彼女の身体がフワリと宙に浮いた。


「我が力よ、何者をも寄せ付けぬ強固な壁となれ」


 次いで、魔王の全身から魔力が溢れ出す。

 しかしそれは今までのような苛烈な速度を伴っているわけではなく、それどころか攻撃性すら感じられない。


 ただ、半透明の黒い魔力が球体状となって身体を覆っているのみである。

 それがユラユラと僅かに動く様は、まるで漆黒色の炎が揺らめいているかのようにも見えた。


「どういうことだ……?」


 この不思議な状況に、庸一は眉根を寄せる。


「どういうことだ、とでも言いたそうな顔じゃの?」


「いや、顔っていうかまんま言ったわ」


 魔王に言葉に、思わずツッコミを入れてしまった。


「残念ながら、貴様らの声は妾には届かん」


 魔王は、不敵な笑みを浮かべたままである。


「この魔力は、音を一方向にしか通さぬ。つまり、貴様らの声はどうあっても妾には届かぬということじゃ。さて、これを如何に突破する? 言うておくが、表面削ったところで無駄じゃぞ? 妾の鼓膜の薄皮一枚のところまで魔力を斬り裂くことを試みてみるか? それとも、諦めてこの身体ごと斬り捨てるか? さぁ、貴様らは何を選択する?」


 その笑みは、どこか黒を彷彿とさせるものであった。


「あー……なるほど、そういう?」


 庸一も、ようやく魔王の意図を理解する。


「どうする? 声が届かなくてもツッコミが来るようなボケってどんなだ?」


「なんだかバラエティ番組じみてきたな……というか魔王はもう何がしたいんだ……?」


 話を振ると、光は力なく笑った。


「……兄様」


 と、環がどこか固い表情で口を開く。


「魔王が慢心しているというのならば、その隙を突かない手はありません」


「……どうするつもりだ?」


 何か案があるのか? とは問わない。


 その表情から、環が何かしらのアイデアを持っているのは確実だとわかったからだ。


「わたくしたちは、ここまで幾度も黒さんの人格を表に出すことに成功しています。けれどあくまで一瞬表に出てくるだけで、主人格は魔王のまま。魔王の人格を封印するためには、一度黒さんに主人格を奪っていただく必要があります」


「今まで通りにツッコミを引き出すだけじゃ弱い、ってことか?」


 庸一の確認に、環は小さく頷いた。


「とはいえ兄様の指針はやはり間違っておらず、ここまでの行動のおかげで黒さんの人格がかなり出てきやすくなってきている印象を受けます。ここで、最大級のインパクトを与えればあるいは……と、思うのですけれど……」


 その辺りで、急に環の歯切れが悪くなり始める。


「……? どうした? そんなに難しい手なのか?」


「いえ……難易度という意味では、それほどでは……」


「なら、リスクがあるとか……か?」


「えぇ、まぁ、兄様を危険に晒すことになってしまいますし……」


「そんなの気にすんな。どうせ、このままどうにも出来なきゃ世界の危機なんだ」


「兄様ならそうおっしゃるだろうことは、わかっていましたが……」


 問いを重ねるが、どうにも要領を得なかった。


「グギギギギギ……!」


 というか、何やら環の中で激しい葛藤が生まれているようである。

 悔しげに歯ぎしりする様は、何かを必死に抑えつけようとしているようでもあった。


「これは世界の危機……! 仕方ないないこと……! 他ならぬ兄様と生き抜くために、これが最善手なのです……! 耐えなさい、魂ノ井環……!」


 鬼気迫る表情で、己を説き伏せるようにブツブツと呟いている。


「頼む、環。何か手があるなら、教えてくれ」


 真っ直ぐに目を合わせ、庸一は真摯な表情で懇願した。


「黒を救い出せる手があるなら……その可能性があるなら、俺はなんだってやる覚悟だ」


 それは、心の底からの言葉である。


「……正直、少し妬けてしまいますわね」


 環は、小さく苦笑した。


「……ふぅっ!」


 そして、何かを吹っ切るように強く息を吐く。


「光さんっ!」


「は、はいっ!」


 やけに強い眼力と共に呼びかけられて、光はピンと背筋を伸ばした。


「あの魔力の壁を食い破って兄様を魔王の元まで送り届けること、できますわねっ!?」


「ふっ……愚問だな」


 若干ビクビクしていた表情が、自信ありげな笑みに変化する。


「残念ながら、今の私は『勇者』の身じゃない」


 本人の言う通り、天ケ谷光は『勇者』ではない。

 女神の加護を受けていないし、魔王を倒す使命だって課せられてはいない。


 たとえどれほど近かろうと、エルビィ・フォーチュンとは異なる存在なのである。


「魔王を倒すことが出来るかと問われれば、厳しいと答えざるをえない」


 そう口にしながらも、光の表情は晴れやかなものであった。


「だけど……天光ブレードを手にした今ならば」


 輝く聖剣を、一振り


「友の元へと至る道を作るくらいは、やり遂げてみせるさ」


 天ケ谷は、『勇者』ではない。


 けれど、その立ち居振る舞いは前世の姿とピタリと重なるものであった。


「無駄に格好つけないでいただけます?」


「今のは格好つけていい場面だろう!?」


 そして、一瞬で前世のイメージから乖離した。


「というか貴女、今のところ勇者要素より戦犯要素の方が強いですわよ?」


「こ、ここから挽回するし……!」


 震える声で言い訳する様には、やはり勇者要素は限りなく薄いと言えよう。


「ともあれ……兄様」


「あぁ、何でも言ってくれ。俺も、絶対にやり遂げてみせる」


 視線を向けてきた環に、庸一は力強く頷いて見せる。


「兄様には、魔王の元まで接近し……たった一言で構いません、言っていただきたい言葉があるのです。詳細は、兄様にお任せ致しますが……」


「……? 今の魔王……黒には、俺たちの声は届かないんじゃないのか?」


「いいえ、届きます」


 環は、ハッキリと断言した。


「たとえ聞こえずとも……届く言葉というのは、存在するのです」


 その表情から、強い確信を抱いていることが察せられる。


「黒さんに対する……兄様からの、ものならば」


 ギリ、ともう一度悔しげに歯噛みする環。


「それは……」


 次いで、その口から出てきた言葉は──

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