第67話 お風呂上がりに
男湯女湯、それぞれ騒がしい入浴を終えて。
「おっ」
『あっ』
脱衣所を出た庸一はちょうど環たち三人と出くわし、お互いに小さく声を上げた。
「兄様兄様っ! こんなところで会うだなんて、運命ですわねっ!」
「入浴時間は決まってんだから、そりゃ大体一緒になるだろ」
笑顔を輝かせ腕に抱きついてくる環へと、苦笑気味に返す。
「あと君ら、他の人に迷惑だからあんま風呂で騒ぐなよ……?」
それから、苦笑を深めながらそう諌めた。
「っ!? ま、まさか、庸一、聞こえていたのか……!?」
「そら聞こえるじゃろうよ、あんなに騒がしくしとったら」
赤くなる光の横で、呆れ顔を浮かべる黒。
そんな二人から、庸一はそっと目を逸らす。
「あっあっ、どうして目を逸らすんだ庸一!? やっぱりこんな変態な女たちとは目を合わせられないということか!?」
「妾までその括りに入れるでないわ」
あわあわと手を動かす光に対して、黒はとても嫌そうな顔を向けた。
「いや、その……」
庸一は、気まずげに若干赤くなった頬を掻く。
「風呂上がりって、なんかこう……いつもとちょっと違うから、あんまりジロジロ見るのもどうかと思って……」
「えっ……?」
驚いた顔を浮かべる光の頬も少し上気しており、いつもより随分と女性らしさが増して見えた。
「い、いやその、庸一ならいくらでも見てくれたって……あの……」
その顔を更に赤くしながら、光はもじもじと指を絡める。
「ちょっと兄様! わたくしだってお風呂上がりですのよ!? この火照った身体に少し濡れた髪、セクシーではありませんこと!?」
「環はまぁ……」
「『まぁ』ってなんですの!?」
物凄い勢いで庸一に詰め寄っていた環が、驚愕の表情となった。
「前世で見慣れてるし……」
「この身体では初! ファーストお風呂上がり! 血の繋がらない妹のホカホカ姿に大興奮するべき場面ではありませんの!?」
「あんまり外でそういうこと大声で言うのやめてもらえる……?」
周囲にいるのは、いつものクラスメイトだけではない。
庸一たちに慣れていない他の生徒が、ギョッとした目で向けてきていた。
流石の庸一も、こんなところでまで注目されるのは避けたい。
「……あと」
注目といえば、恐らく注目されているのは環の件だけでなく。
「光、もしかして木刀持ったまま風呂に入ったのか……?」
光が、木刀を手にして大浴場の暖簾をくぐってきたからというのもあるだろう。
「ははっ、まさか」
光は軽い調子で笑って肩をすくめた。
「流石に脱衣所に置いておいたさ」
「あぁ、そう……」
普通は脱衣所までも持っていかねぇだろ、というツッコミが喉元まで出かかった庸一だったが、どうにか飲み込む。
既に光の木刀に関しては、だいぶ今更感があった。
「ひゃひゃひゃっ、大切にしてくれて嬉しいねぇ」
『っ!?』
とそこで、すぐ後ろからそんな声が聞こえて一同ビクッと振り返る。
するとそこには、土産物屋の老婆がプルプルとちょっと震えながら立っていた。
「いつの間に……てか、なんでここに……?」
思わず、浮かんだ疑問がそのまま口を衝いて出る。
「この施設はウチが管理していてねぇ。あたしもここに寝泊まりしてるんですよぉ」
「は、はぁ、そうだったんですね……」
「ひゃひゃひゃっ」
やはり謎のタイミングでの笑いに、またちょっとビクッとなった。
「娘さん」
「はい?」
老婆に視線を向けられ、光は小さく首を傾けた。
「大切にしてくれて嬉しいねぇ」
さっきと全く同じ台詞である。
一同の間に、なんとも言えない空気が流れた。
「あなたが選んだのか……あなたが
『……?』
何やら意味深にも聞こえる言葉に、庸一たちは顔を見合わせ疑問符を浮かべる。
「いつか、その子が娘さんを助けてくれる時がくるかもしれないからねぇ……」
それだけ言って、結局何の説明もせず老婆は去っていってしまった。
「何だったのでしょう……?」
「ボケているだけではないかえ?」
「お前、誰もが思ってて黙ってたことを……」
環が首を捻り、事も無げに言い放った黒に庸一が半笑いを浮かべる。
「私が選ばれた……か」
一方で、光は思うところのありそうな表情で手にした木刀へと目を落とした。
「確かに、そうなのかもしれないな」
その視線は、まるで数多の戦場を共に駆けた戦友に向けるようなものだ。
「何を言っているのでしょう……?」
「ボケているだけではないかえ?」
「ボケであってほしいところだな……」
環が首を捻り、事も無げに言い放った黒に庸一が半笑いを深める。
「って、いつまでもこんなところで時間を潰しとる場合ではないわ。そろそろ戻らんと就寝時間に間に合わんぞ?」
「ん、そうだな」
ふと廊下の時計を見上げた黒の言葉を受けて、庸一も頷いた。
「そんじゃな、おやすみ」
「はいっ、兄様っ!」
軽く手を振る庸一へと、真っ先に環が反応する。
「おやすみ、庸一」
「良い夢を見るが良いぞ」
続いて、光と黒の反応が返ってきたところで庸一は踵を返した。
(意外だな……環はもうちょっと粘るかと思ったんだけど)
頭の片隅で、そんなことを考える。
「それでは……また、後ほど」
背中越しに、そんな環の声が耳に届いた。
(……後ほど?)
その言い回しは、少し気になったが。
(また明日、ってことかな?)
そう考えて、庸一は特に問い返すこともなく自分たちに割り当てられた部屋へと戻った。
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