第66話 覗き騒動
カッポーン。
どこからか、そんな音が響いてくる。
「いいお湯ですわねぇ……」
宿泊施設の大浴場にて、汗の流れる頬を撫でながら環が「ほぅ」と息を吐いた。
「結構広々と使えるんだなぁ」
その隣で、光がググッと手足を伸ばす。
「あー……ようやく冷えた身体が温まってきおったわ……」
逆隣、黒は身体も表情も弛緩させていた。
「魔王、森の中で眠りこけたりするから……」
「確かに貴女にとっては肝試しなんて退屈でしょうけれど、何も居眠りすることはないでしょうに」
「うむ……まぁ……うむ……」
苦笑する光と環に対して、黒は何とも言えない顔となる。
あの後、結局黒も同行して森の中へと肝試しに行ったのだが。
驚かし役の女子生徒と鉢合わせて
「……ところで」
ふと、環が明後日の方向へと目を向ける。
「あちらが、男湯ですのよね?」
風呂場を仕切る壁。
その向こうから、男子たちの騒がしい声が響いてきていた。
「そうじゃな」
「それがどうかしたか……?」
黒が思うところもなさそうに頷き、光が若干不審げに眉根を寄せる。
「さて……」
光の疑問に答えることなく、環は立ち上がった。
惜しげもなく晒される見事なプロポーションに、周囲の女子たちから小さく溜め息が漏れる。
そんな視線を意に介した様子もなく、環はザバザバとお湯を掻き分けて進んだ。
向かう先は、男湯と隔てられている壁。
そして……環は、タイルの窪みに手を掛けてグイッと身体を持ち上げた。
「って、ちょちょちょちょちょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉい!」
直後、慌てて追いかけた光が環を羽交い締めにして止める。
「流石にまさかそんなことはやらないだろうと思って見ていたのに、本当にやるか君!? いやまぁ、正直半分くらいはやるんじゃないかって気もしてたけど!」
「えーい、離しなさいな!」
光に拘束されながら、環はジタバタと暴れた。
「というか光さん、なぜ止めるのです!?」
「いやこの場面で止める以外の選択肢あるかな!?」
「やかましい奴らじゃのぅ……風呂くらいゆっくり浸からせぃ」
裸で揉み合う二人を半目で見ながら、黒が迷惑そうに呟く。
「環、流石に覗きはマズいとしか言えないから!」
「覗きなどするわけないでしょう!」
「現行犯で押さえられている人間が言うことか!?」
とそこで、環がピタリと抵抗を止めた。
「はぁ……まったく、光さんったら。覗きだなんて、普段から下品なことを考えているからそんな下品な発想しか出てきませんのよ?」
「その点について君にだけは言われたくないんだけど……本当に、覗きじゃないって言うのか?」
未だ不信感全開ながらも、光もやや腕に込める力を緩める。
「えぇ、もちろん」
環は、自信たっぷりに頷いた。
「わたくし自身が向こう側に行こうというのですから!」
「余計にマズいんだが!?」
そして、グッと拳を握った瞬間に光の腕に込められる力が先程以上に強まる。
「確かに、ギリ通れそうなくらいに上の方が空いておるのぅ……」
黒は、我関せずとばかりに湯に浸かったままで壁の上方を見上げていた。
「わたくしも裸を晒すのです、フェアなお話でしょう!?」
「君には羞恥心というものが存在しないのか!?」
「兄様以外の皆さんの目は魔法でしばらく眩ませるので大丈夫ですわ!」
「フェアって何だっけ!?」
「わたくしも兄様以外の裸を見るつもりなどないのですから、フェアでしょうに!」
「それは……なるほど、確かにそう……かも?」
驚愕の顔から一転、光が「一理あるかな?」的な表情となる。
「お主、流されやすすぎじゃろ……変な壺とか買わされんように気ぃつけぇよ?」
それを見る黒は呆れ顔だった。
「それに……光さんだって、本音では見たいのでしょう? 兄様の、こ・と」
「そ、それはその……」
ニヤリの悪魔の微笑みを浮かべる環に、光は口ごもる。
「み、見たいか見たくないかで言うと……見たい寄りの見たい……」
そして、葛藤の表情を俯けた。
「めちゃくちゃ見たい感が溢れとるのぅ……お主、割とムッツリじゃよな」
「えーい、さっきから喧しいな魔王!」
「お主らよりは喧しくないと思うが」
「否定出来ない!」
「というか、自分は関係ないとばかりの顔をしていますけれど……魔王は、兄様のを見たくないと言うんですの?」
「少なくとも、お互いの同意無しに見る裸体に興味なぞないの」
「くっ……正論を……!」
「はんっ、正論なんざクソ喰らえですわ!」
「それに、妾がその気になればあらゆる場所にカメラを仕掛けることも可能じゃしな」
「やっぱり魔王は邪悪だった!」
「映像越しではない生の光景だからこそ価値があるんでしょうに!」
「環、君は本当にブレないなぁ……」
◆ ◆ ◆
といった会話は、めちゃくちゃクリア男湯にまで響いており。
つい先程まで、こちらはこちらで『誰が平野の本命なのか』論争で盛り上がっていたのだが。
「……こんな会話を日々日々聞いてると、付き合いたいとかそういう気持ちも失せると想わないか? ちなみに、今のはまだマシな方だ」
『あ、はい……』
庸一の問いに、男子一同は半笑いで頷くのであった。
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