第65話 フラッシュバック

 とにもかくにも、遭難していた第五班の面々も無事救助され。


 夕刻の山頂にて、生徒たちは夕食の準備に入る。

 この日の夕食は、各班でカレーを作ることになっていた。


 の、だが。


「見てくださいまし兄様、この環の飾り切りを! 題して『鳳凰』ですわ!」


「うん、まぁ、確かに凄いは凄いんだけどな……? カレーの具材を飾り切りにする必要は、一ミリもないだろ……」


 庸一の前だからと張り切り、やたらとディテールにこだわる環。


「ふむ、塩コショウ少々か。とりあえず、適当にバッバッと振っちゃえばいいのかな?」


「待て待て、そのくらいでいい。ていうか、既に結構振りすぎだから」


 対照的に、かなり大雑把な光。


「これこれお主ら、口ではなく手を動かさんか」


「お前が一番動いてないんだけどな……」


 座って足を組んだまま、それが当然とばかりに一切働く気のない黒。


 といったメンツなので、夕食の準備は遅々として進んでいなかった。


「ほら環、細工が凄いのはわかったから今度はスピードでその包丁さばきを見せてくれ」


「承知致しましてよ!」


「光、味付けはいいから飯盒の火加減を頼まれてくれないか? 火の扱いは得意だろ?」


「あぁ、任せてくれ!」


「黒は、座ったままでいいから味付けを。お前の舌が一番確かだからな」


「ふむ、まぁそれくらいならよかろう」


 三人がどうにか上手く機能するよう働きかけながら、細かいところをカバーする。


 そんな庸一の苦労もあり、小一時間ほどの後には。


「完成、ですわねっ!」


「ご飯もキッチリ炊きあがったぞ!」


「この妾が仕込んだカレーを食える栄光を噛み締め、しかと味わうがよい」


 無事、今夜の夕食が完成した。


「初めての共同作業ですわね、兄様っ!」


「共同作業、か……ふふっ、悪くない響きだな」


「うむ、まぁ、お主らがそれで良いというのなら妾もツッコミは入れんが……」


 手を叩いて喜ぶ環に、少し照れくさそうに頬を掻く光。

 そんな二人に、黒は生暖かい視線を向けていた。


「そんじゃ、食おうか」


 代表して、庸一が取り仕切る。


『いただきます』


 そうして一同、手を合わせた。


「ただのカレーでも、兄様と食べると何倍も美味しく感じられますわねっ!」


「くふふ、それは妾の味付けのおかげじゃろうて」


「……というか魔王、普通に味付けとか出来たんですのね。食べる専門ではなく」


「まぁ、黒の味付けっつーか基本は市販のルゥだけどな」


 ワイワイと喋りながら、食事を進める。


「はむっ! むぐむぐっはむっ!」


「……光さん、貴女もう少し慎みを持って食べることは出来ませんの?」


 そんな中、会話にも加わらず一心不乱に食べている光へと環がジト目を向けた。


「むぐっ……?」


 そこでようやく、光のスプーンが止まる。

 もぐもぐと咀嚼し、ゴクン。


「いやぁ、流石に今日は運動量が多かったからお腹がすいてしまって」


 ちゃんと全部飲み込んでから、光は照れ気味の表情で頬を掻いた。


「まぁ確かに、全速力での登山はなかなか効きましたわね……」


 これには環も同意なのか、軽く苦笑を浮かべている。


「そんなわけで、失礼して……はむっ! はむっ! ………………ハッ!?」


 再び物凄い勢いで食べ始めた直後、光はふと何かに気付いた表情となって手を止めた。


「あ、あの、庸一……」


 何かを恐れるかのように、おずおずと呼びかけてくる。


「や、やはり男性というのは、その……沢山食べる女は好きじゃないだろうか……?」


「ん……?」


 イマイチ質問の意図がわからず、庸一は片眉を上げた。


「さぁ……? 一般的にはどうかわからんけど……」


 実際、友人と「沢山食べる女は好きか」なんて議論を交わしたことはないが。


「少なくとも、俺は好きだぜ?」


 それは、本心からの言葉であった。


「やっぱ、美味しそうに食べてるのを見るとこっちまでなんか幸せな気分になるしさ。健康的な魅力が感じられて、可愛いと思うよ」


「庸一……!」


 肯定的な庸一のコメントに、光は目を輝かせる。


「あと、沢山食べるってことは沢山蓄えられるってことだろ? やっぱ最後に頼れるのは自分の身体に蓄えられた栄養だ。だから、沢山食べるのはとてもいいと思う」


「庸一……」


 太ると言わんばかりの庸一のコメントに、光の目が若干濁った。


「って、俺の好みの話なんてしても仕方ないか」


「い、いや!」


 苦笑する庸一に対して、光は慌てた様子で首を横に振った。


「貴重な意見、ありがとう! これで心置きなく食べられる! はぐはぐはぐっ!」


 そうして食事を再開させた光だが、その食べる勢いは先程以上に激しく見える。


「はぁ……まったく、卑しい女ですわねぇ……」


 そんな光に対して環が向ける目は、氷点下に達する程に冷たいものだった。


「ですがっ! はむっ! わたくしも! もぐっ! お腹がすいておりますのでっ!むぐっ! 仕方ありませんわねぇ! はむはむはむっ!」


 かと思えば、環も猛烈な勢いでカレーを平らげ始める。


「卑しい女共じゃのぅ……」


 こちらはゆったりとしたペースを保ったまま、黒。


「ははっ、おかわりもあるから慌てずにな。皆、いっぱい食べろよ」


 自分の食事を進めながらも、庸一は暖かい目で彼女たちを見守るのであった。



   ◆   ◆   ◆



 そんなこんなで、これまた騒がしくも夕食を終えて。


「……しかし、こうやってるとさ」


 調理に使った火をそのまま利用している焚き火を長めながら、庸一がポツリと呟く。


「前世の頃を、思い出すよな」


 その目には、懐かしげな光が宿っていた。


「どこにその要素があったんじゃ……?」


 黒が苦笑気味に疑問を呈する。


「ははっ、確かに魔王にはこういった時間もなかったか」


「わたくしたちは、前世では野営が多かったですものね」


 反面、光と環は庸一の言葉に同意のようだ。


「特に今の光さんは、前世の姿を思い出させますわ……」


 木刀を掻き抱く格好で座っている光に、環が微苦笑を浮かべた。


「っと……つい無意識に、襲撃に備えてしまっていたようだ」


 そこで初めて気付いたという表情で、光は自ら手にした木刀に目をやる。


「ははっ、ここにゃ野盗も魔物もいねぇよ」


「それはそうだ」


 軽く笑う庸一に、光も笑みを漏らした。


(相変わらず、打ち合わせしとる様子もないのによぅ息が合うとることじゃのぅ……)


 そんな面々を眺めながら、黒は呆れのような感心のような感情を抱く。


 と、その瞬間。


 ──逃げろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!


 ──くっそ、なんでこんなとこに魔王軍が来るんだよ!


 ──隣の国が落ちたの、つい昨日だろ!?


 脳裏に、フラッシュバックした。


 立ち上る黒煙。逃げ惑う人々。

 整然と進む、異形の軍団。


 そして。


 ──くははっ! 人の子らよ、安心するが良い! 妾が等しく支配してやるでな!


 その中心で哄笑を上げる、己の声。


 フラッシュバックする。


(……フラッシュバック・・・・・・・・?)


 なぜか当然のようにそう考えていた自分に、疑問が浮かぶ。


 もちろん、黒に件の場面を経験した過去など存在しない。


 映画か何かと記憶が混濁している?

 ならば、血の匂いや煙の味まで鮮明に思い出せるのはなぜなのか。


 決して創作物の中の話ではないと、胸の内に妙な確信があるのはなぜなのか。


「……黒?」


 聞き慣れた声に、ハッとする。


「黒? 聞こえてるか?」


 目の前にあるのは、戦場……では、もちろんなく。


 少し心配げに顔を覗き込んでくる、庸一の姿であった。


「あ……」


 返事しようとして、やけに喉が乾いていることに気付く。

 どうにか分泌されてきた唾を、ゴクリと飲み込んだ。


「あぁ、うむ、なんじゃ?」


 そして、極力何気ない風を装って返事する。


「いや、さっきから呼んでるのに返事がないからさ……やっぱり体調が悪いのか? お前んちの医療班も帯同してんだろ? 一回診てもらった方がいいんじゃないか?」


「なに、少々考え事をしていただけじゃ。心配はいらん」


 咄嗟に、そう誤魔化した。


 なぜそうしたのかは、自分でもよくわからない。


(まぁ、ほら、アレじゃ……妾まで厨二病を発症したと思われるのは癪じゃからな……)


 自分に対する、言い訳のような思考。


 それが後付けの理由であることは、他ならぬ黒自身が一番よくわかっていた。


 ならば本当の理由は何なのかと言うと、やっぱりわからなかったけれど。


「でも、なんか顔色悪い気がするぞ……?」


「ふっ、過保護は魂ノ井相手だけにしておくがよい。妾が大丈夫じゃっちゅーとるんじゃから、大丈夫に決まっておろう」


「そうか……?」


 庸一と話しているうちに、ようやく少しずつ調子が取り戻せてきたように思う。


「大丈夫そうなら、黒も行くってことでいいか?」


「む? まぁ、うむ、そうじゃの」


 何のことを言っているのはわからなかったが、話を合わせるため鷹揚に頷いておいた。


「そっか、じゃあ行くか」


 しかし黒は、直後に後悔することとなる。


「肝試しに」


 続いた庸一の言葉が、それだったためである。


「うぇっ!? き、肝試しかえ……!?」


 早くも、黒の声は震え気味であった。


「や、やっぱり妾、ちょっと調子が悪いかもしれぬのぅ……」


 と、か細い声で言ってみるも。


「一応脅かし役も仕込まれているけど、毎年何人かは本当の心霊現象に遭遇するという話だったな? 環、この辺りには実際いる・・んだろうか?」


「それはまぁいますけれど……せいぜい、霊感強めの人を驚かすことくらいしか出来ない低級霊ばかりですわね。これではつまらないですし、一般の方でも見える程度のスプラッターなやつを呼び寄せましょうか。ねっ、兄様?」


「他の生徒がビビりちらかすだろうから、やめてあげなさい……」


 ワイワイと話す庸一たちには、届いていないようだった。


「ほら魔王、いつまで座ってるんだ?」


「仕方ないですわねぇ、立つのが面倒ということでしたら引っ張ってあげますわよ」


 こんな時だけ妙な優しさを見せる環に、腕を引かれる。


「いや、だから妾は……って、力強っ!? お主どうなってるんじゃいこれ!?」


「ほほほ、面白い冗談ですわね。このか弱い乙女を捕まえて」


「むしろこの場合、捕まっとるのは妾……って、ひぇっ!? 今なんか、白い格好の女が木の向こうを通らんかったか!? 藁人形のようなものも持っとった気が……!」


「俺にも見えてたから、普通に人間じゃないか?」


「それはそれで普通に怖いんじゃが……!?」


「ははっ、君の冗談は時折やけに冴え渡るな。彼の伝説の悪霊ヌパパ・ネポ・ネーパすら消滅させたという君が、何を言っているんだか」


「ぶはっ、そういやそんな噂もあったな」


「うふふ、いやですわ光さんっったら」


「じゃからツボのわからん笑いはやめいと言うとろう!?」


 なんてギャーギャーと騒ぎながら、黒は森の方へとドナドナされていくのであった。






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