第64話 神託

 結局、争いの種にしかならないということで──主に環のゴリ押しにより──庸一によるおんぶ制度は一周したところで廃止され。

 その後は一同、普通に登山に臨んだ。


 道中でも山頂に辿り着いてからも庸一を巡るあれこれで色々と騒いだりつつ、なんだかんだでもう夕食の支度を始める時間である。


「兄様、わたくし張り切って最高のカレーを作りますので楽しみにしていてくださいまし!」


「その心意気はありがたいんだけど、普通に俺も手伝うからな……?」


「うむ、良きに計らうが良い」


「黒は、せめて手伝うという意思くらいは見せろよ……」


 環と黒へと苦笑気味に返しながら、庸一はふと光が明後日の方向を見ていることに気付く。


「光? どうかしたのか?」


「うん……何やら先生方が集まって深刻そうな顔をしているなぁ、と思って」


 言われて、庸一も光の視線の先を追った。


 すると確かに、教師陣勢揃いで何やら真剣に話しているようだ。


「ホントだな」


「ちょっと、何があったのか聞いてくる。もしかしたら何か力になれるかもしれないし」


 そう言って歩き出す光。


「生まれ変わっても、根が『勇者』ですわねぇ」


 そんな光に対して環は呆れた顔を見せるが、その言葉は決して否定的なニュアンスではなかった。


「俺も、ちょっと聞いてくるわ」


 なんとなく気になって、庸一も光を追う。


「兄様が行くなら、わたくしも!」


「ま、何があったのかは普通に気になるしの」


 環と黒も、それに続いた。

 結局、四人全員で教師陣の元へ。


「先生方、どうかされたのですか?」


 先頭を歩いていた光が、一同を代表して尋ねる。


「ん、あぁ……」


 最初に振り返ってきたのは、庸一たちのクラスの担任教諭であった。

 庸一たちの姿を認めると、一瞬迷うような素振りを見せる。


「お前ら、登ってくる途中で五班の奴らを見かけなかったか?」


 次いで、そう尋ねてきた。


「五班……ですか?」


 問いを受け、光は軽く眉根を寄せる。


 それから、庸一たちと顔を見合わせ頷き合った。


「私たちは見ていないと思います」


「というか自分たち、かなり特殊なルートで来たんで誰ともすれ違ったりしてないんですよね……」


 答えを返す光に、庸一が苦笑気味に補足する。


「いくら自由だって言っても、程々にしておけよ……?」


 担任も苦笑を浮かべた。


 ちなみに第五班といえば天狗騒動の彼らであり、実際のところはニアミスしているのだが。

 一瞬のことすぎて、庸一たちも認識していなかったのであった。


「で、五班の連中がどうかしたんです?」


「それが……」


 庸一の問いに、担任教諭はまた少し迷うような素振りを見せる。


「どうやら、まだ山頂に着いてないみたいでな?」


 けれど、結局そう教えてくれた。


「あいつら野球部で、体力はあるはずだろ? どっかでバテてるって可能性は低いし、道中で連中を見かけたって子も今のとこ見つかっていなくて」


「つまり、遭難の可能性がある……と?」


 庸一の確認に、担任教諭は無言で小さく頷く。


「ふむ……ならば、ウチの者たちに捜索させよう。妾たちに万一があった場合に備えて控えておる山の専門家部隊じゃ」


「おおっ、そうしてくれるか! 助かるよ暗養寺!」


 黒の提案に、担任教諭はホッと表情を緩めた。


「と言うても、さほど人数がおるわけでもないでな。山は複雑じゃし、必ず見つかるという保証は出来ん」


「そ、そうか……そうだよな……」


 スマホで指示を飛ばしながらの黒の補足を受けて、再びその表情が暗く沈む。


「そういうことでしたら……私も、お役に立てるかもしれません」


 とそこで、光が己の胸に手を当てた。


「天ケ谷……? どういうことだ?」


 担任教諭は、不思議そうに眉根を寄せる。


「『神』に、彼らの居場所を聞いてみます」


『お、おぅ……』


 至極真剣な調子で言う光に、教師陣一同大層微妙そうな表情となった。


「お主……いよいよ電波で頭がやられたか?」


 黒も似たような表情であり、引き気味にそうコメントする。


「まぁ、魔王は知らなくても当然か」


 それに対して、光は苦笑を浮かべた。


「勇者とは、神に選ばれし者。前世では、時折神託も賜っていたんだ。今は勇者の立場ではないし、世界を隔てて声が届くのかもわからないけど……試してみる価値はあると思う」


「お、おぅ……」


「確かに、やってみてもいいかもな」


「この世界でも神託は有効かを試す良い機会ですわね」


「えぇ……?」


 黒は何やら信じられないものを見るような表情を浮かべているが、庸一としてはそれなりに分のある賭けだと思っていた。

 というか、仮に出来なかったからといって特にデメリットは生じないのだから試さない手はない。


「よし……では」


 大きく深呼吸した後、光は天を見上げた。


「天に御座す我らが女神よ! 私の声を聞き届け給え!」


 そして、よく通る声で宙に向かって呼びかける。


「級友が危機に瀕しているかもしれないのです! どうか、その居場所を教えていただけませんでしょうか!」


 目は、虚空を真っ直ぐに見据えたまま。


「お願い致します、女神よ!」


 その凛とした様は、まさしくかつて庸一が憧れた『勇者』の姿であった。


「の、のぅ、ヨーイチ……? これ、止めた方がえぇんじゃないのかえ……? 周りが、かなりザワッとしてきておるぞ……?」


 もっとも黒には特に感じ入るところはないようで、頬をヒクつかせながら庸一の袖を引いている。


「んっ……?」


 直後、黒は眉を顰めて頭を押さえた。


「なんじゃ……? また、ピリッとした感覚が……?」


「大丈夫か……?」


「うむ、一瞬のことじゃ……が、何かの声のようなものが聞こえたような……」


 頭を押さえたまま、黒は不審げに呟いている。


 と、その時。


「っ! この声……!」


 今度は光がピクリと反応を示し、顔に喜色を浮かべた。


「女神よ、我が声を聞き届けてくれたことに感謝……って、おや……? 何か、声が……変わり、ました……? というか……男性の方、ですか……?」


 が、何やら想定と異なる事態が生じているような雰囲気である。


「……え? あ、はい……はい……あぁなるほど、こちらの世界の神でしたか……これはどうも初めまして、わざわざすみません。それでは誠にお手数なのですが、向こうの世界の女神に繋いでいただくことは可能でしょうか……?」


 光は、話しながらペコペコと虚空に向かって何度も頭を下げる。

 その様は、勇者というよりは取引先と電話するサラリーマンの如しであった。


「あっ、はい、女神より引き継ぎは受けていると? なるほど、こちらでは貴方にご対応いただけるのですね? ありがとうございます、それは助かります」


 とにもかくにも、話は当初予定していた方向に転がってきたようだ。


「それで、私の級友が遭難しているかもしれないので……えっ? 声が遠い、ですか? 今の私は勇者ではないので、その関係でしょうか……あっはい、それじゃあもう少し大きな声で。級友が! 遭難しているかもしれないので! 今いる場所を! 教えてください! ……いやいや、給油じゃなくて級友です! あの、最寄りのガソリンスタンドの位置は結構です! それが知りたい場合は神ではなくインターネットの力を頼りますので! 級友、そうです! クラスメイトという意味の! えっ、山頂? あっ、じゃなくて! 山頂にいない級友たちの行方をですね……!」


 などといった、だいぶグダッたやり取りがしばらく続いたものの。


「はい……はい……! あっはい! 山中に留まっていると!? はい、たぶんその人たちで合っていると思います!」


 ついに、目的の情報に辿り着いたらしい。


「はい、北に一五〇一歩、西に五一九歩、南に……ちょ、ちょっと待っていただけますか? 今、メモしますので!」


「なんてRPG的な神託なんだ……」


「というか、どうしてわざわざ元の方向に戻る必要があるのでしょう……?」


「山道がそういう風になってるんじゃないか?」


「なるほど、ちゃんと配慮してくれていますのね」


 慌ててメモを取り始める光を眺めながら、庸一と環がそんな会話を交わす。


「いやお主ら、よくあの光景を平然と見守れるのぅ……見てみい、周り全員ドンッ引きじゃぞ? 妾たち元々やべぇ奴ら扱いはされとったが、これはもう完全に別の意味でヤバい奴じゃと思われたからな? 間違いなくアンタッチャブル扱いぞ?」


 自身もドン引きの表情で黒が指し示す通り、傍目には一人で叫んでいるようにしか見えない光に周囲から向けられるのは完全に危ない人を見る類の視線であった。


「はい! ありがとうございます! この度はお手数をおかけしました! はい! はい! 今後とも、どうぞよろしくお願い致します!」


 だが、当の光は意に介した様子もなくペコペコと宙に向けて頭を下げている。


「……ふぅ」


 ようやく神との交信を終えたらしく、額に浮かんでいた汗を手の甲で拭った。


「よし、正確な位置がわかったぞ!」


 そして、グッと拳を握る。


「そうですか。それでは、救助に参りましょう」


 そんな光を差し置き、環がさっさと歩き出した。


「あっあっ、待つんだ環! 正確に歩数を数えないと……!」


「必要ありません」


 その場に留まりながら手を伸ばす光を、環はバッサリと切り捨てる。


「先程、周囲を捜索させていた霊が彼らを見つけました。その案内に従えばいいだけですので」


「………………えっ?」


 サラッとした環の発言を受けて、光は少し間を空けた後に呆けた声を上げた。


「えっ、あれ……? あの、じゃあ、私の神託は……?」


「ちゃんと繋がることがわかったのは朗報ではなくて?」


「いや試験放送みたいに言わないでくれるか!? 相手は神様なんだが!?」


 事も無げに言う環に、光は目を剥く。


「お主ら……空想の話で空想の話を上書きするでないわ……」


 他方、黒はずっとドン引きの表情だ。


 と、そこで黒の懐から着信音が響いた。


「妾じゃ……うむ……うむ……そうか、ご苦労であった」


 そんな短いやり取りを経た後、通話を終了。


「今しがた、ウチの者が遭難者たちを救助したそうじゃ」


「私の神託、本格的に無駄!!」


 黒からの報告に、光は頭を抱えるのであった。



   ◆   ◆   ◆


 なお救助された五人は「天狗から逃げているうちに迷った」などと証言しており、周囲を大いに困惑させた。






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