第63話 反応する相手
環をおんぶした状態で山を登ること、十分と少し。
「よしっ、十分十四秒経過したぞ!」
ピピピッと鳴った腕時計を、光が掲げて見せる。
「次は私の番だ! さぁ環、そこを譲ってくれ!」
「……仕方ありませんわねぇ」
露骨な残念そうな顔ではあったものの、環は素直に庸一の背を降りた。
「それじゃ、庸一……」
「あぁ、乗ってくれ」
庸一が、今度は光に背を向ける形でしゃがむ。
「よーし……!」
気合いの入った顔で、そのすぐ後ろに立ち。
「よ、よーし……!」
そこで、光の動きが止まった。
「……お主、何をしとるんじゃ?」
黒が、不思議そうに眉根を寄せる。
「光さんは、妙なところでヘタレる傾向がありますから……大方、今更ながらに躊躇しているのでしょう」
「ほーん? 言うて、おんぶくらいでそこまで考え込むようなことかえ?」
「まぁ、これで『勇者』を名乗っているのですからお笑い草ですわよねぇ」
「いや、設定の話はもうえぇんじゃが……」
「え? なんですって?」
「なんでお主ら、そこだけは頑なに聞こえないんじゃい!?」
なんて傍らのやり取りにも反応せず、光はその場で固まったままであった。
「光さん、いい加減にしてくださいまし。もうカウントを開始してしまいますわよ?」
「ま、待って! 今行くから!」
しかし焦れた調子で環が急かすと、慌てた様子でそう返す。
「よ、よーし……!」
「そのくだりはもうえぇっちゅーんじゃ」
「開始、三秒前……二……一……」
同じ流れのリピートになると踏んだか、環が問答無用でカウントダウンを開始する。
「わ、わかったって……! ……えいっ!」
それがきっかけになったらしく、光はガバッと勢いよく庸一の背に抱きついた。
「……うっ」
その瞬間ピクリと頬を動かして、今度は庸一の方が固まる。
「あっあっ、ごめん! 私、重かったかな!?」
「い、いや、そんなことは全くない! むしろ思ったより全然軽いから!」
「そ、そうかな……? でも私、筋肉質だし……」
「その分、脂肪が少ないんじゃないか……? 一部……」
一部を除いて、と言いかけた庸一は慌てて口を噤んだ。
(わかっっちゃいたけど……やっぱ、光も結構
それこそが、思わず固まってしまった原因だったためである。
「一部、がどうしたんじゃ……?」
途中で言葉を切った庸一を不審に思ってか、黒が首を傾げた。
「兄様、光さんよりわたくしの方が圧倒的に大きいのですよ!? 魔王に反応しないのはともかくとして、なぜわたくしには反応せず光さんにだけ反応するのです!?」
しかし流石と言うべきか、環には見抜かれているようだ。
「あぁ、そういう……ちゅーか、サラッと流れで妾をディスるでないわ」
黒も、納得した様子である。
「い、いや、チガウヨ……?」
とりあえず否定はしたものの、声が裏返ってむしろ肯定を示す結果となってしまった。
「よ、庸一……私のことを、女性として意識してくれているんだろうか……?」
恐る恐るといった様子で、光が尋ねてくる。
「ま、まぁ、そりゃ……光は、女性なわけだし……」
恥ずかしくはあったものの、庸一も流石にこれ以上否定するのは無理と判断した。
「そ、そうか……! 嬉しいよ……!」
「う、嬉しい……のか……? なら、いいんだけど……」
友人に不純な感情を抱いたことを軽蔑されるかと思っていたので、戸惑いつつも少しホッとする庸一である。
「ぐむむ……! 今まで、ぶっちゃけ光さんは安牌かと思っていましたけれど……まさか、付き合いの短さが逆に有利に働いていると言いますの……!? そういえば、子供の頃から知っている相手は異性として見づらいという話を聞いたこともありますし……!」
照れ合う庸一と光の姿を見て、環は血の涙を流さん勢いで歯噛みしていた。
「いや、ヨーイチとの付き合いの長さで言うと今年会うたお主が一番短いじゃろ……」
「今更何を言っていますの!? 前世も含めているに決まっているでしょう!?」
「じゃから、設定の話と現実の話は切り分けよと言うとるんじゃが……」
「え? なんですって?」
「お主それもう、絶対わざと言うとるじゃろ!? ちゅーかわざとじゃないとすれば、どんな力が働いとるっちゅーんじゃい!?」
そんな二人の会話も、動揺する庸一の耳には届いていない。
「それじゃ、立つけど……いいよな?」
「うん、もちろん」
「よっ、っと」
「あっ……」
「ん……? 悪い、変に揺れちゃったか……?」
「あっ、いや、その……やっぱり、男の人は力強いなって思って……」
「そ、そうか……」
というか、光とのやり取りでいっぱいいっぱいになっていた。
「えーい、なんだか初々しい空気を出すのはおやめなさい!」
そこに、環が割り込んでくる。
「兄様、ここから先はダッシュで参りましょう! 余計なことを考えずに済むよう、全力で! 光さんも、それでいいですわね!? いいとおっしゃいなさい!」
「お主……マジで、いっぺん客観的に見た場合の自分の好感度的なもんについて考えを巡らせた方がえぇんじゃないかえ……? 言うとくがこれ、ガチの助言じゃからな……?」
と、そんな風に。
ただ山を登るだけでも、相変わらず騒がしいメンツであった。
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