第59話 土産物屋のアレ
林間学校。
それは、県立小堀高校の年間行事の一つである。
行き先こそ違うものの一年から三年まで同時期に開催されるため、庸一たちは去年も経験済みだ。
「バスを降りたらその段階から自由行動だなんて、本当に自由なんですのね」
唯一、この春に転校してきた環だけは呆れと驚きが混じったような表情を浮かべている。
バスに揺られること小一時間、学校指定のジャージを着用した小堀高校二年生の面々は近隣の山の麓に辿り着いていた。
「ま、放任主義なウチの高校らしい行事だよ」
そう言いながら、庸一は肩をすくめる。
「にしても、ここに来るのも久々だな……」
それから、山の方を見て少し目を細めた。
「兄様、前にもいらしたことがあるのですか?」
「あぁ、一応何度か登ったことはある。ただ、今回使うような普通のハイキングコースはほとんど知らないから当てにしないでくれ」
「では、どうやって登ってらしたんですの?」
「主に獣道とかを通ってたな。俺の場合は、修行目的の『山籠り』だったからさ。こんだけ人里に近い山でも、人の手の入った道をちょっと外れると滅茶苦茶『野生』だったりするんだ。感覚を鈍らせないためにはそういうとこに行くのが手っ取り早いからな。ま、流石に向こうの世界に比べればヌルすぎだけど」
「流石兄様、サバイバル技術の向上にも余念がありませんのね!」
基本的に庸一全肯定ガールである環は、ここでも疑問の余地なく庸一を褒め称える。
「前々から思うとるんじゃが、ヨーイチの奴はこの現代日本でどういう生き方を想定してあぁいう鍛え方をしとるんじゃろな……」
「魔王と意見を同するのは遺憾ながら、それについては私も全く以て同感だな……」
二人の傍らでは、黒と光が半笑いを浮かべていた。
ちなみに、今回の林間学校においてはこのいつもの四人が同班である。
本人たちの希望もあるが、クラスメイトの誰も声すらかけなかった辺り『このセット』扱いされている感が伺えた。
「……んっ?」
とそこで、ふと光が何かに気付いたように片眉を上げる。
「すまない、皆。いいかな?」
真面目な調子の声に、三人の視線が光へと集まった。
「ちょっと、山を登る前に寄りたいところがあるんだ」
「だいぶ余裕のあるスケジュールになってるし、それ自体は別に構わないけど……」
疑問混じりに、庸一は周囲を見回す。
「寄るところなんて、あるか……?」
観光名所でもない普通の山なので、視界に入る建物といえばおまけ程度に設置されている寂れた売店小屋くらいだ。
「あそこの売店に」
果たして、光が指したのはその小屋であった。
「あれ、いつからあるのかわからない土産物屋だぞ……? 正直、飲み物の賞味期限すら怪しいから買うなら自販機のにした方がいいと思うけど……」
「いや……どうしても行きたいんだ」
「そこまで言うならいいけどさ……」
先に言った通り時間に余裕はあるし、庸一としてもどうしても止めたいわけではない。
「にしても、何を買うつもりなんだ?」
とはいえ理由が気になって、そう尋ねた。
「うん、まぁ、ちょっと……」
しかし、なぜか光は曖昧に言葉を濁すのみ。
「……?」
「とにかく、行こう」
疑問符を浮かべる庸一を置いて、光はさっさと歩き出してしまった。
残された一同も、顔を見合わせた後に続く。
「光のやつ、どうしたんだろうな……?」
「神託でも降りたのではありませんの?」
「勇者じゃなくなったこの世界でも神託なんて降りるのか……?」
「それはわかりませんが……そうでなくとも、旅の中であの人の直感に救われたことは何度もあります。とりあえずは様子を見守りましょう」
「だな」
庸一と環も少し表情を引き締め、頷き合った。
「お主ら、ナチュラルに前世トークを行動の指針にしよるよな……」
黒は呆れと戸惑い半々といった顔である。
「ごめんください」
意外にもスムーズに動いたガラス戸を開けて、光が店内へと足を踏み入れた。
「っ……?」
それとほぼ同時に、黒が頭を押さえながらクラリとよろめく。
「どうした? 貧血か?」
「……いや」
素早くその背を支えながら尋ねると、黒は頭を押さえたまま首を横に振った。
「なんかこう、頭にピリッとした感じが走ってのぅ……」
「大丈夫か……?」
「……うむ、一瞬のことじゃ。大事ない」
そうは言いつつも、黒の表情にはどこか釈然としていない雰囲気が感じられる。
「無理はすんなよ……?」
「他ならぬ妾が大丈夫じゃと言うとるんじゃ、問題ないに決まっておろう」
「そうか……?」
確かに顔色が悪いようにも見えず、庸一としても納得しておくことにした。
「んじゃ、俺らも行くか」
そう言いながら、店に足を踏み入れる。
するとまず感じたのは、古い建物の匂いだった。
前世の頃、百年以上は放置されていたであろうあばら家で野宿をした時のことが思い出される。
(マジでこの店、いつからあるんだこ……? つーか、今この瞬間に潰れたりしないだろうな……? 物理的な意味で……)
冒険者の頃からの癖で、危険がないか確認するためとりあえず周囲に視線を走らせた。
(ん……? なんだ、あのやたらリアルな置き物……?)
ふと、店の奥の方に何かを見つけて凝視する。
等身大の人形だろうか。
老婆を模したそれは、やけにリアルな造形に見えた。
その膝の上に乗っている猫は、時折動いていることからどうやら生きている本物らしい。
……などと、観察していたところ。
「いらっしゃぁい」
「っ!?」
人形……だと思っていた老婆がしわがれた声で喋りだして、思わずちょっとビクッとなった。
辛うじて声を出さなかったのは、冒険者時代に鍛えた胆力のおかげといえよう。
微動だにしていなかったので作り物かと勘違いしてしまっていたが、どうやらこの老婆もまた生きた本物の人間だったようだ。
「十年ぶりのお客さんだねぇ」
「えぇ……?」
流石にそんなことがあり得るのかと、庸一は困惑の声を出した。
「ひゃひゃひゃっ、冗談ですよ」
「あ、あぁ、そうでしたか……」
ワンチャンその可能性もあるかと考えたことを、心の中で謝罪する。
「昨日……いや、一昨日……? もっと前でしたかねぇ……? とにかく、お客さんが来たことはありますよぉ……えぇ、当然ねぇ……」
やっぱり、ワンチャン十年閑古鳥もあり得る気がしてきた。
「えーと、それじゃあちょっと見させてもらいますね」
「ひゃひゃひゃっ」
愛想笑いを返すとなぜか笑われて、またちょっとビクッとなる。
「冗談ですよ、冗談……」
「あ、はい……」
どうにも独特の間で、ちょっとタイミングが取りづらい相手だった。
(それよりも、光は……っと)
本題へと頭を切り替え、光の姿を探す。
狭い店内なので、すぐに見つけることが出来た。
「えっ……?」
そして、彼女の目の前に存在するものを見て思わず驚きの声が漏れる。
「おい環、もしかしてアイツ……」
「はい……一直線にあそこに向かって、そこから一歩も動いておりません……」
ずっと光を見ていたらしい環の表情は、戦々恐々としたものであった。
「まさか、あれを買う気だってのか……?」
「いかなアヤツといえど、そこまでではあるまい……?」
普段飄々とした態度を崩すことが少ない黒でさえも、緊張の面持ちを浮かべている。
なぜならば。
光の目の前にあるのが、大きな壺に数本まとめて雑に放り込まれた……『木刀』だったためである。
男子中学生が修学旅行で思わず買ってしまうもの、ナンバーワン。
そしてナンバーワンすぎて多くの学校で購入が禁止されているものナンバーワンだ。
「買うのか……?」
「買うのでしょうか……?」
「買うんかえ……?」
三人が、ゴクリと喉を鳴らしてその後ろ姿を見守る中。
「……やはり君か、私を呼んだのは」
ポツリと呟いて。
「……ご母堂」
光が、動いた。
「こちらを、いただこう」
その手にあるのは、並んでいた木刀の一本である。
『本当に行ったぁ……!』
三人の顔に浮かぶのは、「マジかこいつ……」という感情一色であった。
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