第56話 礼の言葉と
「お嬢は、あまり笑わない子供だった」
湯船で庸一と肩を並べた若頭は、そう話を切り出した。
「あぁ、はい。聞いてます」
イマイチ流れが見えなかったが、庸一も相槌を打つ。
先程、環の部屋でも聞いた内容だ。
何かが『足りない』という喪失感を抱えていた少女時代、あまり笑うことはなかったと。
「この男所帯で、碌に家庭を持ってる奴もいねぇ。どうすりゃお嬢が笑ってくれるのかわからねぇで、俺たちゃずっとオロオロしてたもんさ」
どこか懐かしげに、若頭は小さく微笑む。
たぶん微笑んだのだと思うが、普通に怖い面である。
「オヤジたちが別の街に引っ越して、また戻ってきて……高校生になったお嬢も、変わってなかった。そう、その時点ではな」
それが、ニマッとした笑みに変化した。
鬼が獲物を見つけたような表情にしか見えなかったが、恐らくイタズラっぽさが演出されているのだろう。
「だから、驚いたさ。転校先の高校から帰ってきたお嬢が、嘘みてぇに生き生きしてるのを見た時はよ。スマホを眺めてニヤニヤしたり、かと思えば切なげに溜め息吐いたり……まぁ、察するわな」
目は、どこか遠くを見ているよう。
「恋に、落ちたんだってな」
正確には前世の記憶が戻ったからなのだが、確かに傍から見ればそういう印象にはなるのかもしれない。
「それから、お嬢は嘘みてぇによく笑うようになった。今日なんて、あんな風に友達とはしゃぐ姿も見せてくれて……ついつい、俺らもはしゃぎすぎちまったな」
「まぁ、あれをはしゃいでいると評するのはどうかと思いますが……」
若頭を筆頭になぜか皆さんノリノリだったのは、そういうワケだったようだ。
「だから、ありがとな」
庸一の目を真っ直ぐに見つめながら、若頭が礼を告げてくる。
「アンタが、お嬢を変えてくれたんだろ?」
庸一としては、何かをしたつもりなど一つもない。
とはいえ、自分が原因であることは事実なのだろう。
「礼を言いたいのは、こっちの方ですよ」
だから、否定も肯定もせずそう返した。
「そんなにも環のことを想ってくれて、ありがとうございます」
そしてそれは、本心からの言葉でもある。
「安心しました。沢山の人に見守られて……暖かい家で育てられたんだって、わかりましたから」
前世では早くに両親を失くし、兄妹二人だけで生きてきた。
それでも決して不幸なだけではなかったけれど、苦労してきたのは事実だ。
現世では大切に育てられてきたというのが伝わってきて、本当に嬉しく思う。
「……不思議な人だなぁ、アンタは」
微笑む庸一を見て、若頭は目を細めた。
「妙に落ち着いているっつーか……最初は肝が座ってるだけかと思ってたが、なんだか同世代と話してるような気分になってきやがったぜ」
「いやぁ、流石にそこまでは……」
見た感じ、若頭は五十歳前後といったところ。
前世から数えれば精神年齢的には三十を超える庸一だが、それでもまだ一回りは年下だと言えた。
「それに……お嬢のことを、身内みてぇに言うんだな」
「……えぇ」
今度は、頷く。
「環のことは、家族だと思ってますから」
これも、もちろん本心からの言葉。
「ははっ、本当に不思議だねぇ。お嬢はアンタのことを兄と呼び、アンタはお嬢のことを家族だって言う。そして……今日の二人を見てたら、本当に家族みたいに見えてきやがった」
若頭は、愉快そうに笑う。
「どうだい? いっそのこと、本当の家族になっちまうってのは」
「あ、はは……それはちょっと……」
「アンタなら、ウチのファミリーに入るって意味でも大歓迎だぜ?」
「それは普通に断ります」
「なははっ、そうかい。ま、そりゃそうだ」
素で断った庸一であったが、若頭に気分を害したような様子はなかった。
「ま、なんだ。俺が一番言いたいことは、客間でもう伝えたわけなんだが」
──お嬢を泣かせたら、承知しねぇぞ
恐らく、先のその言葉を指しているのだろう。
「今日のお嬢の様子を見て、もう一言付け加えたくなった」
若頭は、笑ったまま。
「これからも、お嬢と楽しく過ごしてやってくれ」
「はい、言われるまでもなく」
庸一も、微笑んでそう返した。
◆ ◆ ◆
と、男性陣が語っている一方……露天風呂では。
「にしても、意外だな? 君のことだから、混浴が無理なら覗きくらいは画策するかと思っていたんだけれど」
「光さんとは違って、わたくし羞恥心というものを持ち合わせておりますので……家の者に覗きをするような女だと思われるのはちょっと……」
「私が羞恥心を持ち合わせていないかのような物言いはやめてくれないか!?」
「ちゅーか、家の者以外には思われても構わんとばかりの言い方じゃな……」
「仕方がないので、エア兄様を作り出すことによって心を鎮めているのです」
「だいぶ発想の飛躍を感じるのは私だけなんだろうか……」
「安心せぇ、自ら生み出した幻覚的なものに話しかけるなぞ普通に正気の沙汰ではないわ」
「っ……! 魔王!」
「なんじゃ? 何か文句でもあるんかえ?」
「貴女、良いことを言いますわね!」
「はぁん……?」
「確かに、幻覚程度で満足していてはかつて天才死霊術師と呼ばれた名が泣きますわ! 新たな魔法とは、常にチャレンジ精神から生まれいづるもの……! 」
「いよいよ壊れおったか……?」
「はっ……!? 環、まさか……そういうことか!?」
「えぇ……? なんで通じ合っとるんじゃよ……」
「我が魂よ! 己が内に存在する愛しき人の姿を顕現させよ……!」
「んんっ……? なんじゃ……? 白っぽい何かが、人型に……? い、いや、湯気がたまたまそんな風に見えとるだけじゃよな……」
「くっ……! 流石に専門外の分野ですと自分の魔力だけではちょっとキツいですわね……ですが、兄様の姿を形作るのに有象無象の霊を使うわけにもいきませんし……!」
「ふっ……環、なんのために私がここにいると思っている? こんな時くらい、仲間を頼ってくれ」
「光さん……!」
「精霊よ、その力を貸してくれ……! 仮初の存在に、正しき姿を!」
「んおぉっ……!? 白っぽい何かが、ヨーイチの裸体っぽい見た目になっていく……!? い、いや、これこそ幻覚じゃな……どうやら湯あたりしたようじゃ……」
「光さん、ディテールの詰めが甘くてよ! 兄様は、左の胸元にホクロが一つあるのです!」
「よし、任せろ……!」
「いい……! いいですわよ光さん……! わたくしたちは今、魔道士として新たなステージに立とうとしています……!」
「あぁ、君とならどこまでだっていけそうだ……!」」
「ちゅーか、仮に……仮にこれがガチで魔法じゃったとしたら、コヤツら魔法で好いとる男の裸体を作り上げようとしとるただの変態じゃよな……なにを頼れる仲間と共に戦っとるっぽい雰囲気的なもん出しとるんじゃい……」
環は、割と楽しく過ごしているようであった。
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