第53話 一皿目
料理対決スタートの合図を受けた三人は、三者三様の反応を見せる。
まず、機敏に動き出したのは環だ。
手慣れた様子で調理器具を並べていき、鮮やかな手付きで材料を捌いていく。
一目見て、熟練の経験を感じる動きであった。
他方、光は動きこそ速いものの、その行動には明らかに無駄が多い。
そう広いわけでもない調理台の左右を、忙しなく行ったり来たりしていた。
最後に、黒。
彼女に関しては開始早々椅子に座って、あくび混じりにスマートフォンを弄るのみであった。
「ふむ……暗養寺選手、これはレシピでも検索しているのでしょうか……? 解説の平野さん、どう見やす?」
「あっ、俺解説も兼ねてるんですか……?」
突然若頭からマイクを向けられ、庸一の困惑の声がスピーカー越しに響く。
「そうですね……まぁ黒は普通に超がつくお嬢様で料理なんてしたことないはずなんで、一から調べている可能性もあるとは思います」
確かに他に解説出来るものもいなかろうと、とりあえず対応することに。
「ほほう……? ズブの素人にも拘らず、この衆人環視に晒される場での勝負に挑んだと?」
「勝負に挑んだ時点では、衆人環視に晒される予定ではなかったんですが……まぁ、仮にそうだったとしても黒の選択は変わってなかったでしょうね」
「ふむふむ、それはつまり……」
若頭の目に、試すような色の光が宿った……ような、気がした。
「審査員への愛ゆえ、ということですかい?」
若頭がそう言った瞬間、会場の温度が数度下がった……気がした。
少なくとも、庸一へと突き刺さるギャラリーの視線の温度が大幅に下がったことだけは確かだと言えよう。
「無策で勝てない勝負に挑む奴ではないので、何かしらの勝算があるんだと思います」
若頭の言葉も突き刺さる視線もスルーし、庸一は無難な解説を口にした。
実際、黒の表情は自信に満ちており負け戦に挑んでいるつもりだとは思えない。
「なるほど」
若頭も、それ以上は突っ込んでくることはなく。
「それでは、続いて天ケ谷選手についてですが」
話題は、光へと移った。
「まずはご飯を炊く準備を始めているようでやすね」
「一品といってもカレーとか丼とか、ご飯を使うメニューはいくらでもありますからね」
「とはいえ、どうにも動きに迷いが見られるようですが……まだ何を作るのか、決めかねているということですかい?」
「んー……というよりは、単純にあまり慣れてないために段取りが上手く組み立てられてないんじゃないでしょうか」
「ふむ、天ケ谷選手も料理の経験が少ないと?」
「少なくとも、得意という話は聞いたことがないですね」
「にも拘らずこの勝負に挑んだということは、愛……」
「光は割と考えなしに突っ込んでいくところがあるんで、普通に蛮勇じゃないですかね」
先と同じ流れを繰り返されぬよう、だいぶ早口で被せる。
割と酷い物言いだった気もするが、調理に集中しているため光の耳には入っていない様子だ。
「なるほど、最後にお嬢……もとい、魂ノ井選手」
今回もそれ以上は突っ込んでくることなく、次の話題は環へ。
「こちらは、安心して見ていられやすね」
「そうですね」
「しかし魂ノ井選手も、少なくとも小学校時代までは料理なぞしたことがなかったはずなんですが……これは中学時代に相当修行を積んだということか、はたまた天才だったということか」
司会の発言に微妙に贔屓目を感じるのは、庸一の気のせいだろうか。
「いやまぁ、普通に前世じゃかなり料理もしてたんで」
「前世……?」
「……あっ」
普段から人前でも気にせず前世の話をする庸一ではあるが、一応それを聞いて第三者がどう思うのかは理解している。
ゆえに、転生メンバー以外と話す時には前世について触れないようにしているのだが。
今回は司会の贔屓について意識がいっていたせいで、ついつい思ったことをそのまま口にしてしまった。
「あーいや、今のは……」
どうにか取り繕おうとするも、モロに言ってしまったせいで上手い言い訳が浮かばない。
「……なるほど」
にも拘らず、若頭はなぜか納得の表情を浮かべていた。
「つまり審査員は、魂ノ井選手と前世からの縁を感じていると! ははっ! こいつぁめでてぇや!」
何がめでたいのか、と戸惑う庸一であったが。
「いよっ! 前世より約束されし恋人!」
「こいつぁもう結ばれるしかねぇや!」
「他の女に目移りしてる場合じゃねぇよな!」
ギャラリーからそんな声が次々と上がってきた辺り、
なおギャラリーの一部は血涙を流さんばかりの表情で祝福の声を上げており、彼らの胸中も複雑な模様である。
(もしかして若頭さん、このためにこんな大規模な騒ぎにしたのか……?)
そう考える庸一だったが。
「おぉっとここで天ケ谷選手、シーチキンを手にしやしたねぇ! 一方、魂ノ井選手は圧力鍋に材料を入れ始めたようですが……? そして、暗養寺選手はいつになれば動き出すというのか!」
普通にノリノリで実況している姿を見ると、単に楽しそうだからやってみただけという可能性も否定出来ないのであった。
◆ ◆ ◆
それから、数十分の時が経過し。
「完成だ! 早速の審査を希望する!」
真っ先にそう声を上げたのは、光であった。
「承知しやした! それでは天ケ谷選手、料理をこちらへ!」
若頭の案内に従い、光は銀色の蓋が被せられた皿を手に庸一への方へと歩み寄ってくる。
そして、庸一の前へとそっと皿を置いた。
「さぁ天ケ谷選手、蓋を開けると共に料理の名前を言ってくだせぇ!」
「心得た」
静かに答えて、光は目を閉じる。
精神集中するように、一つ深呼吸を挟み。
「私が作ったのは……」
目を開くと共に、勢いよくクローシュを開けた。
白日の元に晒された、皿の上には──
「おにぎり!」
デン、とでっかいおにぎりが一つだけ載せられていた。
そのサイズは、並のおにぎりの優に数倍はあろう。
米の塊にちょっと不器用な感じで海苔が巻かれた、非常にシンプルな見た目である。
「まぁ、おにぎりだな……」
「普通に、作ってる時からおにぎりにしか見えなかったしな……」
「いや、あれだけ堂々としてるんだし何かしらの隠し玉的な要素があるんじゃないか……?」
会場が、ザワつく。
そんな声を受け、光は不敵に笑った。
「シーチキン・マヨネーズと共に!」
そして、宣高らかにそう告げる。
会場のザワつきが加速した。
「なんかフランス料理的なノリで言ったけど、普通に具のことだよな……?」
「すげぇなあの嬢ちゃん、全然凄くないことをなんて凄そうに言うんだ……」
「下手に顔がいいから、なんか謎の説得力みたいなのを感じそうになるな……」
戸惑い半分、感心半分といった感じの配分である。
「さぁ庸一、よぅく味わって食べてくれ!」
自信満々の表情で、光は己の『料理』を手の平で指した。
「……いただきます」
多くの人の視線を浴びる中で食べるという状況にやや息苦しさを感じつつも、庸一は手を合わせる。
そして、巨大なおにぎりにかぶり付いた。
一口、二口、三口。
「審査員、随時感想をどうぞ」
とそこで、若頭からマイクを向けられる。
「えー……ツナとマヨが非常によく混ぜ合わせられており……力強く握られたのであろうことがよくわかる米は大変にしっかりと高い密度がキープされていますね……ゆえによく混ざったツナとマヨにたどり着けた時の喜びも一入で……塩加減は、大変に健康的……あと、ツナとマヨがよく混ざっていると思います」
思案しながらの庸一のコメントに、また会場がザワついた。
「これ、褒めてんのか……?」
「米を強く握りすぎで、あと塩味が薄いって言ってる気がするな……?」
「つーか、すげぇツナとマヨの混ざりっぷりに言及するな……」
「あの嬢ちゃん、炊飯器のスイッチを押してから炊きあがるまでひたすらツナとマヨネーズを混ぜてただけだったからな……」
概ね、彼らが言っていることは正しい。
「……それから」
しかし。
「俺がおにぎりの具じゃツナマヨが一番好きだって前に言ったの、覚えてくれてたんだな。うん、美味いよ。ありがとう」
最終的には、それが偽らざる庸一の感想であった。
「なるほど、愛か……」
「愛だな……」
「愛が決め手か……」
会場から、謎の感心の声が上がる。
「ふ、ふふっ、なんだか照れてしまうな?」
そう言いつつも光の頬は緩みまくっており、満更でもない様子だった。
「天ケ谷選手、ありがとうございました! さぁ、一人目から好感触です! 続くのは、魂ノ井選手か暗養寺選手か……!」
光が自分のスペースに戻っていく中、若頭が場を盛り上げる。
そして。
「……ふむ」
次に声を上げたのは、黒であった。
「時は満ちた。妾も審査に移ろうぞ」
そう言いながら、ようやく立ち上がる。
そう、『ようやく』である。
結局この一時間近く、黒は座ってスマートフォンを操作していただけだったのだ。
にも拘らず、審査に入るとはどういうことなのか。
会場が戸惑いに包まれる中──
―――――――――――――――――――――
次の更新は1回分スキップで、来週の土曜とさせてください。
楽しみにしてくださっている皆様におかれましては、お待たせすることになってしまい誠に申し訳ございません。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます