第50話 アルバムに収められた姿
環が引っ込んでからしばらく、ドタバタと慌ただしい音が部屋の中から聞こえてきて。
「お待たせ致しました」
それが収まったかと思えば、再びドアを開けて環が顔を覗かせる。
時間にして、数秒程度のことであった。
「ささっ、入ってくださいまし」
環に促され、庸一たちは一度顔を見合わせた後に進む。
各々、一様に強張った顔で室内に足を踏み入れて。
「……シンプルな部屋だな?」
まず、庸一がそう感想を述べた。
壁紙は真っ白……ただし、何かを刺していたような小さな穴が大量に空いている。
フローリングの床にも、何も敷かれてはいない。
ベッドの上にはマットレスが載っているのみで、布団も枕も存在しなかった。
本棚や勉強机、衣装ケースなどの比較的大きな家具を除けば、ほとんど何も置いていない部屋だと言える。
クローゼットの扉が何やらミシミシと音を立てているような気がするが、そちらの方は意識して見ないようにした。
「えぇ、わたくしいわゆるミニマリストというやつですので」
環は素の表情で、しれっとそんなことを言う。
「ちゅーか、普通に凄いな……たかだか数秒で、ここまで片付けきれるものかえ……?」
「まぁ、霊を使役すれば人手は無限に等しいしな」
驚きを顔に宿す黒に対して、光は納得の表情であった。
「……お主、なんですぐ怖い話するんじゃ?」
恨めしげな黒の呟きは、小さすぎて光の耳には届かなかったようである。
「ささっ、兄様座ってくださいませ」
剥き出しのマットレスに腰掛けて、環はポンポンと己の隣を叩く。
「んじゃ、失礼して」
特に逆らう理由もなかったので、庸一は素直にそこに腰を下ろした。
「はぁ、わたくしのベッドに兄様と二人……! これはもう、性交と同等とみなしても良いのでは……!?」
「いや良くはない」
うっとりとした表情でイカれた発言をする環に、庸一が真顔でツッコミを入れる。
「……ちなみに、私たちはどこに座ればいい?」
その間、光はどこか所在なさげに部屋の中を見回していた。
「どこでも、好きにお座りなさいな」
環は塩っぽい対応だが、この状況では他に言うこともあるまい。
「全員がベッドに横並びでは話しづらいじゃろうし、妾は床でえぇわい」
そう言いながら、黒はその場に腰を下ろした。
「君、お嬢様なのに胡座のかきっぷりに躊躇がないな……」
そんな黒に対して、光が感心とも呆れともつかないような視線を向ける。
「言うて中学時代は、地べたに座るなんぞザラじゃったからの」
「つくづくお嬢様っぽくないお嬢様だよなー君は……」
「くふふ、お嬢様な妾はヨーイチによって汚されてしまったのじゃ」
「人聞き悪いこと言うなよ……つーかお前、最初っから地べたに座るの言うほど躊躇なかったじゃん」
謎の飛び火を受け、庸一は苦笑を浮かべた。
「まぁいいや、じゃあ私もここで」
と、光も腰を下ろす。
こちらは、いわゆる女の子座りである。
「……光さんは、なんというか女々しい座り方ですわね」
「いや、女子がこの座り方をして何が悪いって言うんだ!?」
「せめてもの女子アピールが女々しいな、と思いまして」
「思ったより酷い意味が込められていた!? 別にそんなこと意図してないし! あだっ!?」
環に抗議するため前のめりになった拍子に膝と床がゴリッ擦れたようで、光は若干顔を歪めた。
「……環、座布団とかないのか?」
「あるにはありますけれど、光さんや魔王のお尻の下に兄様のお顔が敷かれるというのはちょっと……」
庸一の問いに対して、環は物憂げな表情を浮かべる。
「自分の尻に敷くのは良いのかえ……?」
「兄様のお顔がわたくしのお尻に密着していると思うと興奮致しますので」
次いで黒の問いに対しては、何やらちょっと鼻息を荒くしていた。
「というか、庸一がプリントされた座布団であることを隠そうともしないんだな……」
「既に見られているのですし、隠す必要もないでしょう」
「……じゃあ君、なんで庸一グッズを片付けたんだ?」
「兄様ご本人がいらっしゃるというのに、兄様を模したものを飾っておくというのは失礼でしょう?」
「そんな理由だったの!?」
どうやら、見られたらマズいといった考えですらなかったらしい。
「どうやら妾は、まだコヤツのヤバさを見誤っておったようじゃの……」
「まぁ、前世じゃ生まれた時から見てきた俺でさえもちょいちょい見誤るレベルだからな……」
これには、黒も庸一も苦笑いである。
「あぁ、そういえば」
そんな周囲のリアクションなどお構いなしといった感じで、環がパンと手を叩いた。
「兄様、わたくしの幼い頃の写真を見たいとおっしゃっていましたわよね?」
「ん? あぁ、そうだな」
確かに、環が転校してきた当初にそんな話をした覚えがある。
環が、この世界でどんな風に成長してきたのか。
前世と同じなのか、違うのか。
その点には興味があった。
「では、ちょうど良い機会ですし」
と、環は腰を上げて本棚に向かった。
そこから分厚い冊子を取り出し、マットレスの上に広げる。
中には、環の赤ん坊の頃からの写真が几帳面に並べられていた。
「おー、懐かしいなー」
記憶にある妹の姿を思い出しながら、庸一は目を細めた。
「……って、厳密に言うと俺の知ってる姿ってわけじゃないのか」
それから、はたと気付く。
「とはいえ、マジで俺の記憶にある前世の姿とそっくりだな……転生って、やっぱそういうもんなのかな? 皆はどうなんだ?」
それから、片眉を上げて疑問を呈した。
「さて……この世界では、写真という技術があるからこそ客観視出来るわけだからな。そうでなければ、自分の幼少時の姿など記憶にあるまいよ」
軽く肩をすくめた後、光が黒の方へと目を向ける。
「それとも、魔王なら覚えていたりするのか?」
「あー……いや、別に……そういうことはない……んじゃ、ないかのぅ……?」
話を振られた黒が、もにょもにょと言葉を濁しながら答えた。
「ははっ、確かに数百年は生きていたという話だものな。逆に覚えているわけないか」
「まー、うん、そう、じゃのー……」
朗らかに笑う光に、黒は大層微妙そうな表情である。
「にしても……この頃の環、めちゃくちゃ可愛いな……これは庸一がシスコン気味になるのもわかるかもしれない……」
「この天使のように愛らしい少女が、なぜこのような成長を遂げたんじゃろな……」
「いやまぁ、見た目だけなら今でも愛らしい少女なんだがな……」
「中身との乖離が問題じゃな……」
「そこ、失礼ですわよ。というか、貴女方にだけは言われたくないのですけれど」
そんな風に雑談を交わしながら、全員でアルバムを覗き込んでいたところ。
(……ん?)
ふと、庸一は気付いたことがあった。
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