第49話 環の部屋
お嬢の彼氏、来訪。
どういう伝達手段を使っているのかは不明だが、どうやらその情報は庸一たちが歩く速度よりも速く広まっていった模様である。
結果。
「あれがお嬢の彼氏か……」
「お嬢もついに、彼氏を連れ来るような歳になっちまったんだなぁ……」
「まぁお嬢の可憐さなら、もっと前から彼氏の一人や二人いてもおかしくはなかったが……」
「今までは、お嬢のお眼鏡に適う奴がいなかっただけだからな……」
「しかし、お嬢のお眼鏡に適った割には平凡な面だな……」
庸一は、周囲から無遠慮な視線を浴びせられまくっていた。
(これは、あれだな……この男所帯で、環はアイドル的存在として育てられてたって感じか……)
背景を察し、庸一は微苦笑を浮かべる。
若頭の時もそうだったが、こんなにも多くの人が環に愛情を注いでくれていることを心から嬉しく思っていた。
が、それはそれとして。
「あれが、お嬢の彼氏か……!」
「今のうちに殺っとくか……?」
「待て、それじゃお嬢が悲しむ……勝負は、帰りの夜道だ」
「不幸な事故、ってやつだな……」
「俺、今のうちに表に車回しとこうかな」
一部の方々に関して、まぁまぁの殺意をぶつけてくるのはやめていただきたいところであった。
まさか、本気ではなかろうが……とは言い切れない強面ばかりなのがまた困ったところである。
「くっ……! 環の奴め、さては周りに彼氏アピールすることによって既成事実化していくつもりだな……!?」
「ヨーイチを連れてきたのはアヤツの指示ではなかったようじゃし、今回に限っては元からそういう意図だったわけではあるまい」
「君、やけに冷静だな……この状況を見て、何とも思わないのか……?」
「こんな閉じたコミュニティに関係性をアピールしたところで何がどうなるっちゅーんじゃ。一般人と関わり合いのない職業筆頭のような奴らじゃぞ」
「だけど、家族から外堀を埋めていくというのは常套手段って言うじゃないか……」
「それは普通相手の家族に対してやるものであって、己の家族の外堀を埋めたところであまり意味はないのではないかえ? あとこの場合、家族っちゅうかファミリーじゃな」
「上手いこと言ったつもりか……?」
庸一と環の少し後ろを歩きながら、光と黒がそんな会話を交わす。
良くも悪くも庸一が注目を集めているせいで、彼女たちに意識を向ける者はあまりいなかった。
普段であれば色んな意味で目立つ女性陣に注目が集まることが多いのだが、今回は真逆の構図と言えよう。
「……時に」
そんな中、ふと環が立ち止まって二人の方を振り返る。
「お二人共、いつまで付いてくるつもりですの? お帰りはあちらですわよ?」
そして、玄関の方を指した。
「兄様に危険が及ぶことはないとわかった以上、もう我が家にいる理由はありませんわよね?」
「いや、今まさに別の危険が発生しているから! 君の部屋で二人きりになどさせるわけにいくか!」
「あら、わたくしの部屋に何の危険があると言いますの? こんなにも屈強な皆さんに守られているのですし、お二人は安心してお帰りなさいな」
「そりゃ物理的にはそうだろうけど……」
「ほほほ、そして十ヶ月後を楽しみにしていてくださまし!」
「ほら、そういうところだよ!」
「ちゅーか、なんでいちいち煽るんじゃ……」
しっしっと追い払うように手を振る環に、光がツッコミを入れて黒が半目を向ける。
「まぁいいじゃないか、環。二人もいてくれた方が、きっと楽しいぞ?」
このままでは埒が明かなさそうなので、庸一がそう執り成した。
「……兄様がそうおっしゃるのでしたら、構いませんけれど」
表面上は渋々といった様子ながら、あっさり引き下がった辺り環も元々二人を本気で追い返す気はなかったのかもしれない。
「それでは皆さん、こちらへ」
止まっていた歩みを再開させる。
なお当然の如く環は庸一の腕に抱きついたままであり、庸一もそういうものとして受け入れていた。
前世の頃からよく見られた光景である。
光と黒も、言っても無駄だと既に悟っているのか特に口を出すことはなかった。
光は、少し……否、だいぶ羨ましそうな目を向けていたが。
「ここがわたくしの部屋です」
長い廊下をしばらく行った後、環が立ち止まる。
道中は障子で仕切られた部屋が続いていたが、目の前にあるのは洋風のドアだった。
「ささっ、兄様。入ってくださいまし」
ニコリと微笑んで、環がドアを開ける。
瞬間。
『っ!?』
環以外の全員が、顔を歪ませ絶句した。
「……?」
そんな一同を不思議そうに眺めた後、環は自室の方を振り返る。
「………………あ」
それから、何かに気付いたかのように小さく口を開けた。
「ほほほ、少々片付け足りないところがあったようですので少しだけお待ちくださいまし」
再び綺麗な微笑みを浮かべた後、部屋の中に入っていく。
パタン。
静かにドアが閉められた。
「……なぁ、魔王。今、私の目が狂っていたのでなければ」
「……言うでない」
深刻な表情で口を開く光の隣で、黒は何かに耐えるように目を瞑る。
「部屋の、六面全面に庸一の写真が……」
「言うでない!」
「あと、庸一の等身大人形とか抱き枕とか庸一っぽいぬいぐるみとか……」
「えーい、言うでないと言うとろうが! 妾たちは、何も見なかった! 良いな!? でなければ、流石にアヤツとの付き合いをこれまで通りに続けられる自信がないからな!」
「ちゃんとこれまで通りに付き合いを続ける気はある辺り、君って割と心広いよな……」
カッと目を見開いて叫ぶ黒に対して、光は普通に感心の表情を浮かべていた。
「ちゅーか、普通に恐怖映像じゃったからな今の!? 億歩譲って壁や天井が写真でびっしりなのはともかくとして、なんで布団や枕カバーやカーペットやらにまで全部ヨーイチの姿がプリントされとるんじゃい!? 洗脳するつもりじゃとて、もうちょい加減するぞ!?」
「何が恐ろしいって、私たちの反応を見るまで普通にあの中に案内しようとしていたところだよな……」
「まぁ、妾たちの反応を見てあれが異常じゃと認識出来ただけ救いがあるとも言えるが……」
「恐ろしく基準が低いな……」
二人共、戦々恐々といった面持ちである。
「……はっ!?」
とそこで、光が何かに気付いた様子で庸一の方を振り返ってきた。
「庸一……その……大丈夫、か……?」
気遣わしげに、おずおずと尋ねてくる。
「ん? 何が?」
しかし、当の庸一はケロッとした表情であった。
「いや、今の部屋……」
「部屋? 部屋がどうしたんだ? ははっ、片付け忘れだなんて環も結構抜けたところあるよなぁ」
軽く笑い飛ばす。
が、その目は完全に死んでいた。
笑い声も、どこか虚ろに響いている。
「コヤツ、先の記憶をなかったことに……」
「まぁ、出来てないみたいだけどな……」
そんな庸一に向けられる二人の視線は、生暖かいものであった。
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