第48話 魂ノ井家の騒動

「え、我が家って……えぇっ?」


 歓待の態度を示す環を見て、庸一は大いに戸惑う。


「魂ノ井っちゅーたら、玉井組の組長一族じゃぞ? 知らなんだのか?」


 そんな中、環の後ろからヒョコッと黒が顔を出した。


「私も知らなかったっていうか、たぶん普通の人は知らないと思うけどな……庸一が普通の人なのかっていうのはともかくとして……」


 更に、苦笑気味の光も姿を現す。


「お前らまで……なんでここに……?」


 まだ環の件を受け止めきれていない中で情報量が更に増え、庸一の混乱は加速気味である。


「光さんがどうしても心配だと言うので、仕方なしに連れてきて差し上げたのですわ」


「連れていく先は環の生家だろうと聞いても、実際に見るまでは流石に安心出来なくてな……」


「ちなみに妾はまぁ大丈夫じゃろうと思うとったが、なんか面白そうじゃったんで付いてきただけじゃ」


 と、三人から説明が入る。


「生家って……あれ? でも環、こないだ転校してきたよな……?」


 とりあえず光と黒については納得しておくとして、やはり一番の疑問は環のことであった。


「わたくし、小学生の頃まではこの家で育ちましたの。中学校に上がる年に父の仕事の都合で別の街に越したのですが、今年になって戻ってきたのです」


「あぁ、そうなんだ……」


 返答しているうちに、ようやく頭の中も整理されてくる。


「まぁ、そういうこともあるか」


 そして、納得した。


「お主ならそうじゃろうとは思ったが、猛烈な速度で受け入れおったな……」


「というかこれに関しては、環の家がヤクザだったというだけの話だものな。庸一でなくとも、別段そう引っかかるところでもないだろう」


「妾が言うのもアレじゃが、普通は引っかかるところじゃと思うんじゃが……コヤツも、ここは普通に受け入れとるんじゃよなぁ……」


 軽い調子で頷く光に対して、黒は微妙な顔である。


「さて、カシラ」


 と、環が表情を改めた。


「念のための確認ですけれど……本家は兄様に対して敵意を抱いてはいない、という認識でよろしいですね?」


 チラリ、と若頭の方に視線を向ける……というか、軽く睨む。


「へいっ、それはもう! 今しがたも、調子こいたガキ共を締め上げてくれたことに関して、よぅくお礼を言っていたところでさぁ! ねぇ、旦那っ?」


「はぁ、まぁ、そうですね」


 礼まで言われた覚えはなかったが、話を合わせて頷いておくことにした。


「なら、良いのですけれど……」


 スッと環の目が細くなる。


「万一、兄様と敵対するようなことがあれば……それは、わたくしとも敵対することになると覚えておいてくださいね?」


 フワリと、僅かにその髪が舞った。


 笑顔ではあるが、確かな『圧』が放たれている。


「くっ……なんという圧力……! まるで、本当に空気に押さえつけられているようだぜ……! これが、恋する乙女の強さってやつですかい……!」


 若頭は頬に冷や汗を流しつつ、気圧されたように頭を下げていく。


(いや、普通に魔法による強さなんですけどね)


 そして庸一は、その『圧』が必ずしも精神的なものだけでなく物理的な干渉も発生していることを知っていた。


 環は空気を操作し、実際に『空気に押さえつけ』させている形である。


「安心してくだせぇ。本家がお嬢の御学友・・・に手を出すようなことはありやせん。まぁ、よっぽどのおイタでも仕出かしゃその限りじゃないかもしれやせんが……学生を相手に遅れを取るような組のために本家が動くなぞ、恥でもありますんでね」


 それでも若頭は、ググッと顔を上げてそう返した。


 チラリと庸一に視線を向けてきたのは、釘を刺してきているということだろう。


(あー、まぁ流石に中学時代のことはバレてっか)


 そして、その上でこう言いたいのだろう。

 『その程度』であれば見逃してやると。


「ですが!」


 圧力(物理)に逆らい、若頭はピンと背を伸ばした。


「今日は、オヤジから頼まれておりやす。ですので、これだけは確認させていただきたい」


 綺麗な正座の姿勢となって、若頭は環と相対する。


「お嬢はこの御仁と、どのようなご関係なので?」


 環のように、威圧感を放っているわけではない。


 もちろん、魔法を使っているわけでもない。


 ただ彼のこれまでの生き様を示すようなその真っ直ぐな態度は、確かな『重み』を感じさせるものであった。


「兄様は、わたくしの……」


 環もそれを感じ取ったのか、『圧』をメンタル的な意味でも魔法的な意味でも引っ込める。


「兄様、です」


 いつものように自らこそが恋人であるといった主張をしないのは、環なりに誠実な回答を意識しているためなのだろうか。


「なるほど。兄……つまり、お嬢とは兄弟の関係であると?」


 探るような目付きで、若頭が確認を取る。


「えぇ……ですが」


 それに対して、環は真っ直ぐに視線を返した。


「今度こそは、そこで終わるつもりではありません。願わくば、同じお墓に入るまで……いえ、その先でだってずっと一緒にいられるようあらゆる努力をするつもりです」


 前半はともかく、後半は普通の人からすれば意味不明な発言だろう。


「ふっ……」


 にも拘らず、若頭はなぜか何かに納得したような笑みを浮かべた。


「我ら生まれた日は違えども 死す時は同じ日同じ時を願わん……それどころか、ヴァルハラでも共に戦わんと。そうおっしゃるわけですね」


 恐らくだが、環がおっしゃった内容とは違うのではなかろうかと思う。


「承知しやした。お嬢がそうおっしゃるのであれば、オヤジにはそう報告しておきやしょう」


 あるいは、あえて・・・そう誤解した風に振る舞っているのか。


「客人……いや」


 庸一の方に向き直った後、軽く首を横に振る。


「庸一くん」


 そして、初めて名前で呼びかけてきた。


「さっきはついつい、ちぃと脅すようなことを言っちまったがな。本当は、まぁ……わかってんだよ・・・・・・・。アンタがガキ共の集会に突っ込んだのはお嬢のためだ、ってのも聞いてるからな。へへっ、今どきそんな気合いの入った野郎なんざ滅多にいるもんじゃねぇ」


 どこか嬉しそうに笑って。


「だが」


 表情を改め、ギロリと睨みつけてくる。


「お嬢を泣かせたら、承知しねぇぞ」


 脅しではない、本気の口調。

 それが、ありありと感じられた。


 けれど、庸一は恐怖を感じはしない。

 それは、前世での経験ゆえ……だけではなく。


 彼が、心から環のことを想ってそう言ってくれていることが伝わってきたからだ。


 前世では、本当の意味で妹のことを想っているのは兄である自分だけだった。

 けれどこの世界では、こんなにも本気になってくれる人がいる。


 それが、堪らなく嬉しかった。


 だから。


「はい、お約束します」


 庸一も、心からの言葉で応えた。


 実際、環を泣かせる気はもちろん環を泣かせる存在を許すつもりもない。


「いい目だ」


 若頭が破顔した。


「なぁに、オヤジや本家の野郎共は俺の方でいくらでも誤魔化してやっからよ」


「はぁ、いや、それは別に……」


「お嬢も、もう高校生だ。周りがあれこれ言う歳でもねぇだろ」


「そういうことを言っているわけじゃなくてですね……」


 困ったことに、どうやら彼は庸一と環が恋仲であると勘違いしているらしい。


 そうではなく、あくまで兄として妹を守りたいということなのだが……流石に、そのまま言うわけにもいくまい。


「カシラ、話は終わりましたわね?」


 どう説明しようか悩んでいたところ、環がススッと庸一の隣に歩み寄ってきた。


「それでは兄様、せっかくいらっしゃったのですからわたくしの部屋に参りましょう! ささっ、早く早く!」


 そして、庸一の腕を引く。


「えーと……」


 チラリと若頭の方に視線を向けると、頷きが帰ってきた。


 厳つい顔に全く似合わないウインクまで付いてきたのは、「上手くやれよ?」といった意図だろうか。


「じゃあ、失礼します」


「おぅ」


 短く返してくる若頭に頭を下げて、部屋を後にする。


「はぁ、ついに兄様がわたくしの部屋に……! この日のために、常に掃除は欠かしておりませんわよ! ふふっ、わたくしの部屋で兄様と二人きり……これは、間違いなく既成事実に至る流れ……!」


「おい環、ヨダレ垂れてるっていうかまず腕に絡みついて来んな。そして欲望をそのまま口に出すな。家の中でこういうことするとマズいんだろ……? いや、外でならやっていいわけじゃないけど……あと、黒と光のことを当然のようにスルーするなよ……」


「そんなもの、全部知ったことではありませんわ!」


「お前、若頭さんの気遣いなんだと思ってんの!?」


 なんて、環は堂々と庸一の腕に抱きついたまま廊下を進んでいくものだから。


「うおっ!? お嬢、誰スかそいつ!?」


「めちゃくちゃイチャついてるッスね!?」


「どう見ても彼氏じゃねーすか!?」


「そんな堂々としてていいんスか!? オヤジにもバレますよ!?」


 すれ違う強面たちが、例外なく驚愕の表情を浮かべる。


「ほほほ、ご想像にお任せ致しますわぁ!」


 そんな中、環はむしろ誇らしげに高笑いを上げるのであった。



   ◆   ◆   ◆



 なお、そんな声はもちろん客間にもクリアに届いており。


「おぉ、見よ天ケ谷。あれが、男の哀愁というものなのじゃな。先の一連の流れが完全に無意味じゃったことを悟っておるのじゃろう。なんぞ格好付けておっただけに、羞恥も一入じゃろうな」


「触れてやるなよ……」


 なんとも虚しい雰囲気に包まれる若頭を黒が物珍しげに眺め、光が苦笑と共に嗜めるのであった。

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