第47話 ヤの付く自由業な方々

「な、なぁ、やっぱり走って行かないか?」


「汗をかいてしまうので嫌です」


「単純に疲れるし、嫌じゃ」


 とある場所・・・・・に向かいながら、三人はそんな会話を交わす。


「というか光さん、わたくしの話を本当に聞いていたんですの? 兄様なら大丈夫ですわよ」


「いやぁ、そうは言ってもさっきの場面を見てしまうと……」


「ふむ……では、お主に一つ良いことを教えてやろう」


 ニッと黒が笑った。


「ヨーイチと妾は中学の頃、ヤクザの事務所にバイクで突っ込んだことがある」


「余計に心配になったんだが!?」


 光が目を剥く。


「まぁ、もう時効じゃろ」


「いやぁ、ヤクザの時効そんなに短くないだろう……」


「突っ込んだのも、三回だけじゃしな。あっ、道端でぶっ飛ばしたのも含めれば四回か?」


「君たち何個爆弾を抱えているんだ!?」


 光、だいぶ引き気味の表情である。


「ちゅーかお主、チンピラ共に対しては余裕じゃったのになんでヤクザのことはそんなに恐れとるんじゃ?」


「流石に、チンピラとヤクザじゃ脅威度が全然違うだろう……個々の戦闘能力はともかくとして、集団としてしつこく付け狙ってくる奴らは厄介だぞ?」


「まるで経験者のような口ぶりじゃな……」


 半笑いを浮かべる黒の隣で、光はどこか遠くを見るような目となった。


「前世じゃ、割と色んな組織に付け狙われたからなぁ……中でも、教会組織に狙われた時が一番厄介だった……あいつら、どこにでもいるからな……」


「あれは、貴女が無駄に正面から喧嘩を売ったからでしょうに」


「だって、無辜の民が……」


「あそこで堪えていれば、わたくしが後で上層部を洗脳するだけで済んだんですのよ?」


「うん、まぁ、その点につきましては私も反省しており……」


「お主ら、毎度謎の方向に話が脱線しよるよな……」


 今度は、黒が引き気味の表情となった。


「まぁえぇけども、それではその時はどうしたっちゅーんじゃ?」


 とりあえず話を合わせつつ、元の路線に戻そうと画策する。


「うん、とにかく襲ってくる奴らを二度と敵対する意思を持てないようなレベルでぶちのめしてたらそのうち来なくなった」


「……なら、今回も最悪そうすりゃえぇんじゃないか?」


「なるほど、それもそうだな」


 不安に彩られていた光の表情が、スンッとフラットになった。


「お、おぅ……やっぱりこれで納得するんかい……」


 自分で言っておきながら、なんとも言えない気持ちとなる黒である。


「まぁ……ないとは思いますけれど、万一兄様に敵対するようであればわたくしも……」


 なんて、三人が比較的のんびりと話している一方で──



   ◆   ◆   ◆



 『玉井組』。


 そう書かれた看板が設えられた門に向かって、庸一を乗せた車は走っていく。

 この街に住んでいて、その存在を知らない者はほとんどいないだろう。


 いわゆる、ヤの付く自由業の方々。

 その中でも、ここいらを取り仕切る総本山というやつである。


(さて……色々と心当たりはあるが……)


 中学時代、玉井組がバックに付いている者たちと事を構えたのは一度や二度のことではない。

 それどころか、系列の組の事務所にバイクで突っ込んだことすらある。


 むしろ、今まで本家が動かなかったのが不思議なくらいと言っても良い。


 ただ、少々解せない部分もあった。


(このタイミングで来たってことは、昨日の件だろうけど……意外とアイツら、重要なポジションでも担ってたのか……? どう見てもチンピラにしか見えな……いや、よく考えたら俺は信者状態の奴らしか見てないから判断出来ねぇな……)


 自分の後ろにはヤクザが付いている。

 そう脅すゴロツキは多い。


 そして実際、その何割かはヤクザと口約束程度は交わしているのだろう。


 しかし、だからといって彼らのためにヤクザが動くとは限らない。

 というか、動かないケースの方が圧倒的に多いと言えよう。


 取り締まりも厳しくなっている昨今、よほどの『益』がなければそこらの不良程度のためにヤクザが腰を上げるとは考えづらかった。


 と、そこまで考えて。


(ま、今の段階でアレコレ考えても仕方ないか。出たとこ勝負だ)


 庸一は、ふっと身体の力を抜いた。


「よう兄ちゃん……随分と肝が座ってるみてぇだな」


 右隣の強面が、そう話しかけてくる。


「まぁ、今更ジタバタしても仕方ありませんので」


 本音からの言葉であった。


「だが俺は、てめぇを認めたわけじゃねぇからな……!」


「え? あ、はぁ……」


 別段認められたいと思っていたわけでもなかったところに急にそんなことを言われ、今度の返答は曖昧なものとなる。


(ていうか、この人なんかキレてない……? たぶん初対面だと思うんだけど……もしかして、事務所に乗り込んだ時に顔に蹴り入れちゃった人とかか……? 謝っといた方がいいのかな……とはいえいきなり謝るのもおかしいっつーか、違ってたらアレだしな……)


 特にやることもないので、強面に睨まれつつ思考を巡らしていたところ。


「おい、客人に失礼な態度取んじゃねぇ」


「へ、へぃ……」


 左隣の強面に注意され、右隣の強面が軽く頭を下げてきた。


「すまねぇな、客人」


「いえ、別に……」


 庸一としては本当に気にしていなかったが、睨まれた理由だけは教えてほしかったところではある。


 左隣の強面も表面上庸一の味方であるような態度を取っているが、どうにも友好的な空気を纏っているようには思えない。


 と、そうこうしているうちに車は玉井組の門をくぐってしばらくしたところで停車した。


「どうぞ、こちらへ」


 強面に案内され、立派な純和風の邸宅へと上がる。


(つーかこれ、普通に住居だよな……? なんで事務所じゃないんだ……?)


 今更ながらにそんな疑問が浮かんだ。


「カシラ、客人をお連れしやした」


 とある部屋の前で立ち止まった強面が、障子越しに室内に声をかける。


「おぅ、入ってくれ」


 中からは、そんな声が返ってきた。


「どうぞ」


 強面が障子を開けてくれたので、促されるまま室内に入る。


「よく来てくれた、客人」


 中にいたのは、今までの強面たちよりも更にワンランク上の強面だった。


 カシラ、と呼ばれていたことから若頭の地位に就いている男だろうと推察される。

 つまり、組のナンバーツーだ。


 恐らく本人としては友好的な笑みを浮かべているつもりなのだろうが、威嚇しているようにしか見えない。


「座っても?」


 もっとも、だからといって庸一の平常心が崩れることはなかったが。


「あぁ、構わねぇ」


「失礼」


 そう断って、若頭の正面に腰を下ろした。


「ほぅ……?」


 そんな庸一を見て、若頭が感心したような表情を浮かべる。


「聞いてた通り、若ぇのに大したもんだ」


 恐らくは、この状況で全く動じていないことに対する評価であろう。


「で、だ。今日、アンタを呼んだのには二つ理由がある」


 と、指を二本立てる若頭。


(二つ……?)


 疑問には思ったが、ひとまず聞きに徹することにする。


「一つは……昨日、ウチの息がかかったガキンチョ共を豪快にぶっ潰したらしいな?」


 一つ目は、予想した通りの用件だった。


「えぇ、まぁ」


 事実ではあるので、軽く頷いておく。


「そいつぁよぉ……」


 若頭は笑顔を引っ込め、ギロリと睨んできた。


「……く、ははっ。やるじゃねぇか」


 しかし、すぐに破顔する。


 この反応は、少々予想外であった。


「しかも、たった三人でやったらしいな? 幹部とか名乗ってイキってた連中は頭がちぃとイカレちまったって話も聞いてるが、アンタ一体何をしたんだ?」


「いや、まぁ、その件についてはその……」


 これに関してだけは冤罪なのだが、まさかここで環の名を出すわけにもいくまい。


「ははっ、まぁいい」


 幸いにして、それ以上突っ込んで聞いてくることはないようだった。


「安心してくれ、ウチの息がかかってたっつっても下っ端が勝手に声かけてただけだ。少なくとも本家がこの件に関して動くことはねぇ」


「はぁ、そうですか」


 気の抜けた返事となったのは、呼び出された理由がますますわからなくなったから。


「そう……この件に関しては・・・・・・・・な」


 そう口にした瞬間、若頭から放たれる威圧感が一気に増す。


「ここからが本題、ということですか?」


 それでも前世で対峙した魔物たちとは危険度が比べ物にならず、庸一の精神は少しも揺らがなかった。


「……フン」


 先程とは違って、若頭はどこか面白くなさそうだ。


「正直、一人の男としてはてめぇのことを認めてもいいと思ってる。だがなぁ、それとこれはとは話は別だ。お嬢に、お前が相応しいかって話はな」


「はぁ……?」


「正直に言え? お嬢とは、どういう関係……」


 と、若頭がよくわからないことを話し始めたのとほぼ同時。


 スパン、と勢いよく障子が開いた。


「カシラ、こちらに……」


 その向こうに立っている人物へと、特に思うところもなく視線を向けて。


「あら」


「え……?」


 目が合った瞬間、庸一は呆けた声を上げた。


 なぜならば。


「ここにいらっしゃったのね」


「環!?」


 そこにあったのが、前世の頃からよぅく見慣れた顔だったためである。


「なんでお前、ここに……!?」


「うふふ、兄様ったらやっぱりご存じなかったのですね」


 環は、どこかイタズラっぽく笑う。


「兄様、ようこそ我が家・・・へ」


 そして、そう言いながら歓迎を示すように両手を広げたのであった。

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